第9話

「さて、そなたは事態を把握できたかな? 」

 解散となった戻り道、ロバにのった魔導士は弟子にそうたずねた。

「師匠が嘘をいった事実は把握しております」

「うむ、ひなげしも一緒に助けたことじゃな」

「その後、隊長の息子にひなげしのことを思うなら自分一人救われたことにせよといったこともあります」

「事実のみなら目が見え、耳が聞こえるなら誰でも知り得ること。その裏をよみたまえ」

「師匠がなぜ殿下をあの場に呼んだかを考えております」

「うむ、あのご仁は酔狂であるから喜ぶだろうと思わなんだか? 」

「それなら師匠は金一封まきあげるでしょう」

「はっはっは」

 魔導士は鶏のようにやせた首をのばして天をあおぎ笑った。

「その通り、殿下はあの場におってもらわねばならなんだ。ついでにその意図も察していただかねばならんかった」

「殿下が黒幕! 」

「うかつなことを言う前に、よく考えよ。あかしはどこにもない」

「確かめぬので? 」

「益がないでのう。殿下はきっと黒幕に伝えてくれるであろう。それが殿下本人であろうとなかろうとこの際どうでもよい。黒幕にこれ以上は無理無意味と知ってもらうのが肝心」

「暴かないのですか」

「結局未遂ではないか。河賊を使ったあたり、いかにも剣呑な連中である。後戻りできるうちはしてもらうのが無難じゃし、そもそもその手合いをつぶしだすときりがないばかりか、どんなところから用心のためにちょっかいだされるかわからん。何より先々の金ヅルの期待が一つ見えたのは収穫じゃ。種まいたばかりの畑を鎌で掘り起こすのは愚か者の所行じゃ」

「ははぁ」

 そこに落ち着くか。弟子は自分の声の情けなさ、間抜けさに嫌気がさした。

「しかし、そこまでだまされてくれますかね」

「あきらめないなら、こちらもそれなりのことをするまで。その損得を計算してもらわんとな」

「結局、殿下か誰かの目的はなんだったのです?」

「彼らはこう思ったのだよ。これは不死の一つの形ではないかと」

「蘇生のほかに?」

「蘇生術は限界があるが、もしかするとこれは肉体のくびきより完全に解き放たれると思ったのであろう。人間そっくりのゴーレム体に、魂を移し替えるのだ」

「そんなことができるのですか? 」

「できると思うか? 」

 魔導士はにたーっと嫌らしく笑いながら聞いた。設問で弟子を試し鍛える師匠の顔だ。

「できないと思います。いや、あのゴーレム屋敷のゴーレムたちを見たら可能かも知れないという気にはなりますね」

「まあ結論からいえば無理じゃ」

 魔導士は白いひげをひっぱりつつそう言った。

「あの屋敷のゴーレムたちは実に見事にお手本とした執事やコックたちの仕草を再現しておったが、人間ではない」

「わからなくなりました」

 弟子は混乱し、素直にそういった。

「先生、人間と人間を模倣するものの違いはなんでしょう」

「そうだな」

 魔導士はにやにや笑う。

「実はわしにもわからん。おまえ、研究してみんか? 」

「私が? 」

「そうすれば今回のこと、真相がみえるかもしれんぞ」

 この人は何か知ってる、弟子は確信したが、それを聞いても絶対答えないであろうということもまた確信した。

「ひなげしは結局、人ではなかったのですか? 」

「いや、彼女は人だよ。三人娘のいう通り、人ならぬものは恋などせぬ。くそ坊主もいっておったよ。あれに魂を感じたと。しかし体は間違いなく作られたもののようであったと」

「どうもいってることが矛盾しておるような。嘘つきがおりませんか? 」

「おらんよ。ひなげしの体はご隠居が作ったものだ。彼は趣味が嵩じて実は今いきてる中では一番のゴーレム作成者だが、人間の魂を移し替えるようなことはできん」

「では、だれが? 亡くなったというゴーレム作りの名人の誰かですか?」

 賢者はかぶりをふった。

「まさか」

 あまりの突飛なことに弟子は言葉をつづけるのをためらった。

「言って見なさい」

「宿った…? 」

「まさに」

 賢者は静かにうなずいた。

「彼女の前半生の記憶は存命せぬご隠居の娘のものだそうだ。だが、あきらかに別人というておられた。そして本人に自覚はあり、迷い悩んでもいたと。独り立ちを促し、女官として送り込んだのは彼だ。体の完成度だけではなく、まわりの人間の思いも受けて魂を宿したのであろう」

 事実とすればなんということだ。弟子は身の震える思いをした。

「ひなげしはこれからどうなりましょう」

「しばらくは田舎の僧院で身を隠し、それからだな」

「それから?」

「ああなっては宮中の者の目にふれるところにはおれまい。身のふりかた、よく考えねばなるまいよ」

「はあ、隊長の息子とはどうなるので」

「しょせん世間知らずの恋じゃ。これまでにきまっとろう」

 また殺されそうなことを、と弟子は苦笑した。

「そっちはそっちで面倒ですね」

「まあの。ご隠居は自分の面倒を見れるよう、彼女にゴーレムの基礎的なことを教えるつもりらしい」

 魔導士は眼鏡ごしに弟子をながめた。

「おまえも、一緒にならっておいで」

「え」

「ならったことはわしに毎日話しておさらいすること」

「それってつまり」

「話はついとるよ。おまえはわしの魔法と、ご隠居のゴーレムのわざを学ぶ機会を得たのだ。めでたいことではないか。ゴーレムのわざは義肢などにおおいに役立つというたろう。いくさや事故で不自由になった者たちの福音となってやるがよい」

「いや、それはすばらしいことですが」

「何か、気に入らないことがあるのかな」

「いえ」

 弟子はあきらめた。なるほどこれが金にかえがたい価値か。

「お前は自分の幸運を感謝すべきじゃ」

 老魔導士は彼の表情を読んだに違いない。

「わしとご隠居の知識交換を取り次ぐことで、そのすべてを会得する機会を得るのだ。わしもご隠居も金にかえがたいものを得るだろう。お前はそのすべてに立ち会うのだ。これまでとった弟子で、これほど心躍る立場になったものはおらんぞ」

 ひらめくものがあり、老貴人と師匠の間でどんな話し合いがあったのか若者は悟った。次の世代を育てるため、ということであれば否やはいいにくいだろう。だが、それが意味するものは…。

「ご隠居になにかあったとき、ひなげしの後見をすることもおりこみましたね」

「まあ、あれの身のふりかたが決まる前に何かあったときの話だ。いやかね? 」

 弟子はかぶりをふって、深々とお辞儀した。

「たまたまとはいえ、このうえない機会をいただき感謝いたします」

「わかればよい。わかればよい」

 にこにこと師匠も微笑む。

「では、この話は終わりとしよう。さっそくだが、隊長とご隠居からの取り立てにいってくれ。もちろんどっちにも蘇生費の二重取りのことはいうでないぞ」

(いいとこだったのにこのひとは)

 弟子はため息をついた。

「ん? 弟子よ何度もいっておるが」

 魔導士はまた金にまつわるご高説を語り始めた。


おわり

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魔導士殺人事件 @HighTaka

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