第8話

 魔導士は高僧の元を辞するとそのまま貴人の屋敷を訪れた。

 木彫執事が不意の来訪に一瞬とまどったとような顔をして、しかし間違いのない対応で取り次ぎ、老魔導士を主の指定した応接室に通した。

「正直に答えていただきたい。決して、決して悪いようにいたしません」

 魔導士は開口一番そういった。


 隊長は不機嫌な顔で初めて訪れる屋敷の門をくぐった。

 乗馬をあずかるために出てきた厩番の顔は仮面に覆われている。無礼な、と思ったがその手が人のように器用に動くものの、木目もあざやかな人形の腕であることに気づいてぎょっとする。

 今日の隊長は平服姿で、剣も護身用の細身一本。おかげで警戒以上のことをしたくないという気持ちが働いて厩番の仕事を邪魔するようなことはなかった。

 これが有名なゴーレム屋敷か。不気味さを感じながら館の玄関でドアをたたくと、今度は木彫の顔の執事が現れ実に完璧な口調、仕草で招じ入れてくれる。

 広間には大臣、某国の貴公子、そして館の主である老貴人がすでについていて、かすかな緊張をともなってはいるが和やかに談話している。

「遅くなりもうした」

 武人らしく挨拶しながら彼は面々を見回す。これはどういう組み合わせだ。

 それに……

「賢者様は? 」

「まだだ」

 大臣がぶっきらぼうに答える。

「まもなくおいでになると思いますよ」

 老貴人が穏やかにそういう。

「まずはそちらにおかけになって。お茶をお持ちしましょう」

 勧められた椅子に手をかけたとき、ばんっと乱暴に扉が開かれ、ずぶぬれの老魔導士と同じくその弟子が入ってきた。弟子のほうは足でも怪我をしたのか、さやにおさめた長剣を杖がわりにしているし、簡単なものだが防具をつけている。

「いやいやいや、お待たせましたのう。そしてこんな格好で失礼しますぞ」

「お風邪をめしますぞ。よろしければお召替えを」

 老貴人が驚いた顔でそういう。

「かたじけない、では、しばしお時間をいただくとして一つだけ」

 魔導士はまず隊長の顔を見た。

「ご子息は保護いたしました」

「保護、ですと? 」

 隊長は意表をつかれて目を丸くした。

「捕縛、ではないのですか? 」

「くわしくは後で、まずはしばしお時間をいただきもうす」

 師弟が一旦姿を消すと、場にはざわついた空気が流れていた。

「大きく進展ですな。殿下」

「そのようですな。しかし何がどうなってるやら見当もつきません。賢者殿のご説明をまたねば」

「確保されたのは倅だけなのだろうか。あの人ならぬ女官はどうなったのだ」

「さあて、それも説明はいただけましょうな」

 師弟が用意された部屋着に着替えて戻ってきたのはすぐだったが、一同は一日千秋の思いでこれを迎えた。

「いやいや、最近の河賊はなかなか凶暴ですわい」

 老魔導士は暖かいお茶をすすりながら腰をかけた。

「河賊がおりましたか」

「はい、大臣。驚くべきことに、下の町に通じる運河にでよりました」

 隊長がごほんと咳払いした。

「河賊の出る話はありますが、下の町から少し離れた大河です」

「ああ、船を襲うような連中ではない」

 魔導士は無遠慮にさえぎっていった。

「連中は抜け荷をやっておったのだ」

「抜け荷ですと」

「さよう、人身売買、魔薬密売、なんでもござれ。河を使ってこっそりもちこみ、もちだしておる」

「むう」

 隊長はうなった。

「その連中なら内偵中だったはずですな。隊長は知るはずもない」

 大臣が言った。

「しかし、賢者殿もご存知とは驚きですな」

「まあ、取り立ての余録ですな」

 魔導士はしれっという。弟子が目をそらす。

「なぜそのような連中と一緒に? 」

「さよう、順を追ってはなしましょう」

 魔導士は眼鏡をふいてかける。

「そもそも、ひなげしはゴーレムではない」

「なんと。しかし僧正殿は人ではないと」

「さよう、そこから誤解が始まり申した」

 魔導士の眼鏡がきらっと光る。

「みなさんは優れたゴーレム作成者が優れた義肢作成者でもあることをご存知ですかな」

 隊長と大臣が小さくかぶりをふった。貴公子と貴人はじっと続きを待っている。

「ひなげしが怪我をしたのはどこでしたか、大臣」

「右の掌であったかと」

「さよう、まずそこが魔法の義肢であったのですよ。彼女の体の大半は作り物。滅心僧正はそれ以上知り得なかったし、ゆえにわしが呼ばれたのです」

「とても義肢には見えませんでしたが」

「そしてとてもゴーレムには見えませなんだでしょう」

「うむ」

 確かに、と大臣はうなずく。

「しかし、そのような義肢は大変貴重なものです。求めるものは多いでしょう。さて、そうなると調べられるわけにはいかない」

 親指をたて、魔導士は自分の頭を小突いた。

「恋というものは怖いものですな」

 声をかけられた隊長は恐縮して頭を下げる。

「まあ、蘇生代金をもっていただければそのことは不問にいたそう」

「かたじけない」

 不承不承頭を下げる隊長ににっこり微笑む師匠を弟子の青年はあきれ、感心した。

「さて、あとはみなさんもご存知の通り、青年は一服もって少女を助け出した。さあ、逃げなければならない。さぞかしその瞬間は気分が高揚してたでしょうな。いやはや若いというのはいい」

 隊長は小さくなって首をふっている。

「ま、ちょっと悪い遊びを知ってれば河賊どもにつなぎをとるのは簡単だ。ま、そこが世間知らずの楽観的なところですな。それなりに身分ある若者が飛び込んできたらどうなるか。殿下、あなたはどう思われますかな」

「ふむ、身代金かな」

「まあそんなところです。ただ、彼の父親がこの町の兵をあずかる隊長であったためでしょうか、身代金をただちに要求はしなかったようですな」

「それでよく河賊どもと知りましたな」

「まあ、そこんとこは蛇の道は蛇ということで」

 老魔導士はこの上なく上品ににっこり微笑む。ごまかしやがった、と弟子はまた感心する。

「そこでこやつと二人、河賊どもの船に乗り込んでちょっとひと暴れしてきた次第。ま、一人も殺してはおりませんが」

「なるほど。そして若い二人を救出して戻ったと」

 大臣が問うと、得意げに笑っていた魔導士がだまりこんでしまった。

「どうされた? 」

「いや、ひなげしのほうは手遅れでござった。河賊どもがどこかに連れ去った後。おそらくは人買いの手に引き渡されたのであろう。こうなるとさすがに追いきれぬ。気の毒なことをいたした」

「ふむ、すると彼女の身の上は不明のままと? 」

「さよう、ごぞんじでありますかな? 」

 魔導士は老貴人をまっすぐ見据えて尋ねた。

「なぜ私にお尋ねになるのかな」

「ゴーレム制作者に強いつながりがありそうな人は、貴方しか思いあたらぬので」

「それだけの理由ですか」

 貴人はため息をついた。

「いや、こうなっては正直にもうしたほうが面倒がないでしょう。確かにあの娘は私が斡旋しました。身の上については、彼女の同僚たちのほうがくわしいでしょうな」

「ああ、あの三人娘ですな」

 大臣は微笑んだ。

「頼まれたという点では前大臣とかわらないですな」

 魔導士は一同を見回した。

「さて、ことはさほどおおっぴらになっておりません。あったのはあらぬ疑いをかけられた恋人の悲劇の駆け落ちのみ。大臣、関係者を罪に問うべきだと思いますかな」

 大臣は隊長のやつれた顔を見た。隊長も力なく見つめ返した。

 ややあって、大臣はかぶりをふった。

「いや、穏便にすませるほうがよいと判断いたします」

「おのおのがた」

 魔導士は一同を見回した。

「これにて一件落着といたしましょう」

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