第7話

「さて、これで疑わしいといわれる人物にはあったわけだが」

 貴公子を送り出すと魔導士は弟子にそういった。

「弟子よ、どう思うかね? 」

「先生を撃ったのは隊長の息子だと思うので、そこから取り立てるべきでしょうね」

「うむ、よくわかってきたな。大事なのは確かにわしの蘇生費用の回収でほかはどうでもよい」

「問題は、隊長の態度が非常にかたくなになる可能性が高いということですね」

「まあのお、何か恩をきせねば居直って払おうとするまい。どうしたものと思う? 」

 これは相談ではなく、設問だった。弟子がどう答えるかを師匠は見ている。

 とはいえ、これは魔導士の師匠から弟子への試練というより、商売人のそれではないか。

 弟子のそんな気持ちを師匠は眼鏡ごしにじっと眺めている。

「まず、支払い能力があるのはあの父子では父親のほうです。でも、今回の件で難しい立場になっているあの人にどういう話をもちかけたものかわかりません」

「うむ、しかも当然払うべき金を手間かけてとるわけだから損よな」

(そう考えますか)

「取れないよりましでしょう」

「弟子よ、魔法と金儲けの共通していることはなんだったか」

「取れるところからとる、無意味に使わない、でしたね」

「とすると、今の回答はどうだ? 」

「ほかに取れるところがあるんですか? 」

「あると思う。それを理解するためには、このばか騒ぎの真相を知るべきであろう」

「そんなものに関心があるとは驚きです」

「ちっちっち、理解が浅いぞ。知って関心をもたないのと、知りもしようとしないのはまるで違う。弟子よ、そなたが理解不要と思ったことにもわしはちゃあんと思惟をおよぼし、ある程度の把握を行っておる。大変な価値をもつもののがあるとわしはにらんでおるぞ」

「恐れ入りました」

 実のところ、前に言っていたのと少々違うのだがこの老人が得意になって語ることにはあまり間違いがない。弟子はご機嫌をとって恐縮してみせる。

「よろしい、ではだいたいでよい、わしの考えをあててみよ」

 無茶な、弟子は目を丸くした。正直、すぐに見当がつくものではない。

 しかし、待てよー弟子は探ってみることにした。

「鍵は、ひなげしですか? 」

「隊長とバカ息子から一旦離れるならそこしかあるまい」

「本人は行方不明ですから、送り込んだ者ということでしょうか」

「うむ、おまえはばかではないな」

 ばかだと言われている。弟子の青年は頭を抱えた。

「どうした。続けたまえ」

(その黒幕を脅して金をまきあげる? まさか)

 それをそのままいえば破門される。彼は直感していた。

(なぜなら、師匠は金に汚いが法は犯さない)

 ここで彼にひらめくものがあった。正解でなくてもかまわない。そう言う答えをすることが大事だ。青年は緊張でねばねばになった口を開いた。

「もしかして、ひなげしがゴーレムの密偵であるという認識が誤ってるのですか? 」

 赤の賢者はぱんと手を打った。

「ご名答。そもそもその証拠がない。彼女についてわかっている事実は一つ。魔法の手の入ったからだをもっていることだけだ。あとはただの疑心暗鬼よ」

「しかし、密偵でないならなんだというのです? 」

「それを確かめにいこうではないか」


 滅心法師は旧友の来訪に驚いた。

「おぬしが生きて訪れるなど何十年ぶりであろう。どうした風のふきまわしだ」

「生きてるわしに用はないと?」

「金のにおいがせんからの」

 むっとした魔導士に禿頭の高僧はからからと笑う。

「しかしまあ、よく来てくれた。まあ茶でも飲んでいきたまえ」

 滅心がうなずくと、見習い僧侶の少年が芳香ただよう暖かい飲み物を運んできた。来訪を知って即座に申し付けたらしい。

 高僧のこの心遣いにさしも偏屈な魔導士も笑みを浮かべた。

 お茶も心を和ませ、安らかにする効果のある薬膳茶である。

 さすがじゃのう、と魔導士は旧友の好々爺とした禿頭を眺めた。

「まったく、おぬしにはかなわんな」

「ほめても何もでんぞ。それより用件をうかがってよいかな? 」

「話をな、聞かせてほしいのだ」

「ひなげしのことかな」

「うむ、おまいさんの鑑定についてちとくわしう聞かせてくれ」

 高僧はゆるりとした仕草で姿勢をただし、彼の旧友の目を見た。

 魔導士は驚いた。その目に深い悩みがあった。

「聞いてくれるか。わしは誤解を敷衍してしもうたかもしれんのじゃ」

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