第6話

 老人はさびしい隠居であった。

 若いころは船にのって荒海、海賊や河賊、船員の不満といったものに対決し、財産ができてからは何隻もの船と、それがもたらすトラブルとともにくらしていた。

 その頃は敵もふくめてたくさんの人間と関わりがあったが、だんだんに事業を息子たちに譲って表舞台から去るにつけ、彼を訪れる者はだんだんにへり、ついにここに隠棲するにいたって皆無に近くなった。

 彼がその財力にあかせてゴーレムを多数召し使うようになったのは、そのせいだと噂されている。しかし彼の屋敷の使用人は移り住んだときからほとんどがゴーレムだった。

「おまちしておりました」

 丁寧なものごしで出迎えた執事ゴーレムは木彫人形が礼服をきているような外見。しかしその言葉遣いとものごしは実に完璧だった。

「どうぞ、こちらへ」

 鉢植えや窓にはう蔦など、緑を多くあしらって少し薄暗い応接間で真っ白な長髭、長髪の老人が起立して待っていた。年齢は魔導士より上だが、それを驕ることなく彼を賓客として扱う姿勢が見える。

「よいお住まいですな」

「恐縮です。どうもこのほうが落ち着くのでご容赦。手入れ万全ですので変な虫などはおりませんのでご安心を」

 魔導士はこの老貴人をしばらく値踏みするように眺めていたが、やがて小さくためいきをついた。風格、財産、品格ともにこちらのほうが賢者にふさわしい。弟子はそう思った。

「いえいえ、こちらも失礼をいたしました。人間嫌いの偏屈かと思うておりました」

 弟子の顔が青ざめるのもかまわず魔導士はからから笑った。

「みなさんそう思っておるようで」

 貴人は大して気にした様子もない。そして卓上のハンドベルを優雅に一つふった。

 木彫執事がうやうやしく姿を現した。

「お客様にお茶を」

 そして賢者とその弟子に豪華な椅子を進めた。

「どうぞおかけください」

 木彫執事はすぐに戻ってきた。あらかじめ準備万端整えてあったらしい。

 お茶を給仕する仕草も完璧で、外見以外はまったく人間の最も洗練された執事そのものといえる。

「まるで人間のしもべですな」 

「おそれいります」

 返事をしたのは木彫執事。これには魔導士もびっくりした。

「賢者殿。ゴーレムは工兵隊の虎の子のあの起重機のようなものばかりではございませんぞ」

 貴人は楽しそうに笑う。

「わかっとる。しかしこやつはここまで執事としてなんら落ち度がない。まるで熟達した人間のそれではないか。これほどのものを作れるとすれば一人しか心当たりがない」

「さよう、まさにその作品でございますよ」

 魔導士はうなった。

「きゃつは七年前に命がつきておる。これがその遺作であるなら、公よ、あなたはいかほどの代価を支払ったのか」

「ご想像におまかせいたします」

 魔導士はふたたびうなった。

「公は高価なゴーレムをいくつもお持ちのようだ。では一つ尋ねてよろしいか」

「どうぞ」

「真実しか答えぬ旨、魔法を受け入れていただけるか」

「かまいませんとも」

 貴人は微笑んだ。

「いつでもどうぞ」

 魔導士の手が空中に真実をしめる文字をすばやく描き出す。

「これにふれて」

 貴人はためらいもせず炎のように空中で輝く文字をさわった。これで一つだけ真実しか答えることができなくなる。自発的にさわらなければこの魔法は有効にならない。

「ではおたずねする。先日、王宮で見つかった女官のゴーレムは公の所有している、あるいはしていたものであるか」

 老貴人はにっこり微笑んではっきり答えた。

「いいえ、私が主であったことはありません」

「ご回答、感謝いたす」

 魔導士は機嫌が悪かった。


「悪いね、それはだめだ」

 貴公子は残念そうに弟子に答えた。

「君は事件の質問しかしないと誓ってくれるだろう。だが、僕は自分の国を守るために話すことのできないことをたくさん知っている。君を信じているが、個人的な友情で国家の安全を危険にさらすわけにはいかないよ」

「ですよね」

 弟子は苦笑した。だめもとで頼んでみろ、案外すんなり聞いてくれるかもしれんぞと無責任なことを言い放った師匠がうらめしい。

「しかし僕が疑われるのもわかるし、それはそれで面白くない。ふむ」

 貴公子は杯をくいっと干した。

「答えは簡単。犯人を捕まえてしまえばいいんだ。そうすれば消去法で僕は無実だ」

「簡単にわかってれば苦労しませんよ」

「いやいや、賢者殿は確かに大変な知恵の持ち主だが、僕のように武人のはしくれというわけではない。君のお師匠の頭にささった矢は残ってるかい? 」

「ありますよ。でも普通にそこいらの兵隊が使ってる矢ですが」

「いいから見せてみたまえ。僕の予想が正しければ、見かけ以上にいい矢のはずだ」

「では取ってきますのでお待ちを」

「いやいや、一緒にいくよ。この酒瓶をお供にね」

 貴公子はほがらかに魔導士の弟子の背中をたたいた。

「おいでになったか」

 魔導士は眼鏡をかけたまま書物から顔をあげた。

「やあやあ、赤の賢者殿。少しお邪魔いたしますよ」

「ここにおいでということは、魔法の質問に同意されたと」

「いやいやいや、それは聞けないと断ってきました」

 偏屈な老人は弟子をじろりと睨んだ。

「ではなにをなさりに? 」

「賢者殿の頭にささった矢を拝見に」

 貴公子はどこまでも快活に答える。

「ほう、なにかわかると? 」

「わかるかもしれません。たぶん何かわかるでしょう」

「そうか、何かわかったら聞かせてくだされ」

 魔導士は書物に目を戻した。

「お許しがでたし、さ、見せてくれ」

 貴公子はぽんと弟子の肩をたたいた。

「あ、はいこちらに」

 すっかり飲まれたように弟子はうなずいた。彼の部屋にある、いままで師匠を殺すのに使われた武器コレクションの中にくだんの矢は入っている。ごそごそかきまわして探すのを貴公子は面白そうに覗き込んだ。

「なんだか武器ばかりだねぇ。おや、なんかよさそうなのもあるな」

「もとはいいものだけど、変な呪詛仕込んで台無しになってますよ」

「ありゃありゃ、もったいない」

「まったくです。あったこれだ」

 弟子は短く太い矢を貴公子に差し出した。

「どうみても普通のボルトですよ」

「まてまて、そう決めつけては見えるものも見えてこないぞ」

 貴公子はためつすがめつ矢を検める。

「ふむ! 」

 自信満々の声とともに貴公子は矢を返した。

「何かわかりましたか」

「この矢は普通にここの近衛とかが使ってる上物のやつだ。以上」

「それだけですか?」

「事実はこれだけだな。だが、いくつか察することはできる」

 貴公子は指をたてた。

「一つ、この矢は少し芯がずれてる。これでかなりの距離から賢者殿のたいして大きくもない頭に当てたのなら、射手は相当の名人だ。これだけの名人だとそうそう数はおらんと思う」

「ふむふむ」

「一つ、射手は矢を厳選する時間がなかった。あったらこんな矢は選ばないよ。となると、射手が狙撃することになったのは、ほとんど直前ということだ」

「なるほどの、そそのかされて撃ちおったと」

 賢者の声に弟子は飛び上がりそうになった。

「まことにまことに、で、ありますから賢者殿にそのゴーレム女官を調べてほしくなかった者と、賢者殿を撃った者は別ですな」

「殿下、あなたの弓の腕はいかほどか?」

「戦場で相手の指揮官のかぶとのかざりを射抜いて投降させたことがありますよ」

「む、つまり殿下があの娘の主だとしたら」

「そうですな、自分で撃ちます。他人を頼むような危ないことはしません」

「なるほど。では殿下が誰かに頼まれて狙撃することは」

「この私にそんなことをさせることができるとすれば、父王か、父の宰相ですな。残念ながら二人とも遠くにいます」

「ふむ、殿下の潔白はほぼ確かなようですな」

「ほぼ? 」

「ええ、可能性は完全に否定はされていませんからな」

「はっはっは、賢者殿は正直だ」

「いえいえ、しかし殿下を疑っておらぬのは事実ですぞ。聡明と聞こえる貴人は針小棒大、言われるほどではないのが世の常です。しかし、殿下は間違いなく聡明な方だ。感服いたしましたぞ」

「恐れ入る」

 貴公子はにっこり微笑んで会釈した。

「しかし私が聡明ならなぜ無実なのだ」

「危険を冒す必要がないからです」

 貴公子は目を丸くして、それから破顔大笑した。

「はっはっは、なるほど。いや賢者殿、あなたにそこまで見ぬかれるとは思いませなんだ。うかうか探りをいれたりして情報をくれるそちらの宮廷の方々に教えてあげたいくらいだ」

「教えても無駄でしょうな。小心者は小心な心配を離れることができぬもの。それはそうと、殿下は射手は名手とおおせだが、心あたりはございますかな」

「隠れた名手まではさすがに知りませんな。でも、近衛隊の名人は二、三人知ってますがそれでよろしければ」

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