第5話

 魔導士のいる王国は要所にある。と、いっても交通の要というわけではなく、海の国と山の国、雪の国と砂漠の国、そして熱帯の国に通じる交通の要に臨む要害の国であり、どの国が強盛になろうと蹂躙されることは免れてきた。時代によっては他に覇をとなえた歴史もあるが、そうでないときでもその動静は各国の関心事である。

 ゆえに今回のような事件があれば、国際的な謀略を疑われるところであるし、大臣の言う通り国外からしかけられたのであれば犯人を特定することなど不可能だ。

「だがの、これは国内からしかけられたのだと思うのだ」

 魔導士はひげについた蜂蜜酒をぬぐった。

 聞き役は結界の補修から戻ったばかりで疲れた顔の彼の弟子である。

「さようですか」

 若者は道具をつめた背負子をおろしもせず、外套も脱がず、手袋も帽子もそのままの格好で憮然と答えた。ついでにほこりがすごかったのでマスクをしたまま。

「なぜかわかるか」

 魔導士はおかまいなしだ。

「見当もつきませんね」

「ひなげしが疑われてからわしが呼ばれるまでの時間を考えれば、いま国内におるものの仕業としか考えられぬからだよ」

「お師匠様を撃った件と美少女ゴーレム事件に関連があるならそうなりますね」

「関連はあると考えたほうがよい」

「目下、お師匠様の推理は前提に前提をつんでおりまして、あやういものを感じますが」

「なんだかからむな、愛弟子よ」

「もうしわけありません。荷物の片付けと着替えと若干のくつろぎをお許しいただければ改善できると存じます」

 ここで魔導士はようやく弟子のいでたちに気づいた。

「許す。まったくそういうことはさっさと言え」

 そういう所があるから、と若者は思ったが口には出さなかった。

「ありがとうございます。それでは少々お時間をいただきまして」

 二十分くらい後、若者はゆったりした部屋着に師匠同様に蜂蜜酒のカップを手にその向かい側に腰をおろした。そしてさすがに何かいおうとした老魔導士の機先を制して実に感じ入ったようにこういった。

「いや、さすがは我が師。見事な推理です」

「調子いいな、おまえ」

「どうぞご容赦を。衣食足り礼節をしるというやつです」

「ああいえばこういう」

「そんなことより、続きを聞かせてください。お師匠様のこと、めぼしはだいぶついておられると思いますが」

「うむ、おまえと押し問答やっててもつまらんしな。まずは酒のおかわり」

 おかわりを口にすると魔導士は指を二本たてた。

「大臣より聞いたことではあるが、怪しい人物が確かにおる」

「怪しいだけの人ならいっぱいおりますが、どこらへんが怪しいのですか?」

「一人はゴーレムの召し使いをたくさん保有しておる。海の国で貿易商をやって成功し、隠居して戻ってきた老人だな」

「ゴーレムつながりですか」

「彼の持っている中には人間そっくりな外見のものもおる。ゴーレム製造を得意とする魔導士たちを何人もしっておるのだろうよ」

「動機は? 」

「そこだな。あのじいさんには危険を犯して他国のために密偵を放つ理由なんぞない。海の国とて、いうことをきかすことはあってもいいなりになることはなさそうだ」

 だからといって容疑を解くにははやい、と魔導士は言った。

「なにしろ、ここまでの関係者で人間より高価なゴーレムの密偵をしのばせる理由のある者なぞ一人もおらん」

「やはりお師匠様への遺恨では?」

「わしが調査しておるのは国家の一大事件ぞ」

 むっとするのを涼しい顔で聞き流して弟子はいい募った。

「その事件がまだおきておりませんよ。ひなげしは、ゴーレムはただ、そこにいただけではありませんか。もしかしたら滅心法師様の見立て違いということもるやもしれません」

「むむ」

 そうであれば快哉をさけびたいところだが、だとするとなぜ自分は頭を打ち抜かれる羽目になったのか? 借金の取り立てで恨みを持ったものがたまたまあのとき自分を狙ったというのか。

「いや、それはありえん」

 偶然といえないタイミングだ。それに翌日にはもう蘇生してるのだから時間稼ぎにもならない。あの晩が取り立て期限の貸し付けも特にない。

 くだらん腹いせ、ということも過去なかったわけではない。が、その犯人たちは残らず生まれてきたことすら後悔するような目にあっている。

 本当ならよほどの馬鹿に相違ない。

「今一人はどなたでしょう? 」

 弟子の問いに魔導士はぽりぽり頭を掻いた。

「うむ、それが遊学中の雪の国の太子での」

 ありゃ、と弟子は声をあげた。

「週一回、ここにかよってるあの方ですか」

「おまえの飲み友達じゃな」

「はい、あさっての授業の後も酒蔵一軒訪れて味見する約束となっております」

「好奇心旺盛なうえに、将来の自分のやくどころを心得ている。阿呆ではない」

「むやみにはいれない後宮に興味はあるでしょうが、今回のようなことを起こすとは」

「だが、あの偶然がなければひなげしはいまでも出仕しておったし、誰も疑ってはおらんかったろう。一番疑わしいと言える」

「相手が相手だけに直にきくわけにもまいりませんな」

「いやきいてみようと思うのだが、違ったときが、な」

「彼が犯人だったら口は割りませんよ」

「そうじゃなぁ、拷問するわけにもいかんし、魔法使ってなんとかしようとしたら問題にされるし。それで間違いでしたはさすがのわしも困る」

「ああゆうひとたちは魔法への耐性をつけてませんでしたっけ? 」

「そうかそうか。ますますまいったな」

「とりあえず、明日にでも先ほどおっしゃったゴーレムをたくさん使ってるご老人に面会してみてはいかがでしょう」

 魔導士は我が意をえたりとにっと笑った。

「そうおもってな、ほれ、これが伺い状」

「……いまからとどけろと?」

「すまんな」

「いえいえ、もっていってお返事を持ち帰ればよろしいのですね」

「そんなとこだ。あと色よい返事なら戻ったら明日の支度もたのむぞ」

「忙しいことで」

「弟子とはそういうものだ。いやならさっさと一人前になるんだな」

「いえいえ」

 弟子はにっこり微笑んだ。

「まだまだ学ぶことが多くございますから」

「ふん」

 魔導士は不機嫌に鼻をならした。

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