第4話

「あの娘、人間じゃないって本当ですか? 」

 むしろ質問責めにされそうな気配に魔導士の老人は鼻白んだ。

 同僚の女官ということで三人の娘が呼ばれた。いずれも十六、七の小娘ばかりである。目につく特徴だけ列記すれば、小太り、痩せぎす眼鏡、ちびっことなる。一番威勢のいいのが、魔導士にいきなり質問をぶつけてきた小柄な娘で、引っ込み思案を絵にかいたような眼鏡娘、のんきそのものの小太り娘とならぶと、元気であふれ返っているように見える。

「滅心法師殿はそう見立てておられるな。わしはまだ確かめておらん」

「ありえませんよ! きっと僧正様のお見立て間違いです」

「おいおい、随分思い切ったことをいうな」

 度胸なのか無謀なのか魔導士は少女の言葉に驚いた。

「だって、ねえ」

 小柄な少女は二人の同僚に同意を求める。

「あの娘、言い寄られて悩んでたんです」

 眼鏡の娘がおずおずという。確か城に仕える騎士の娘だ。引っ込み思案なのは弱視を引け目に感じているせいだろうか。

「うれしいけど、このまま流されていいんだろうかって」

「んんん、すてきなお話ですよね。賢者様」

 小太りの娘はうっとり宙を見上げている。こっちは貴族の娘で、おっとり育ったようだ。

「驚いたな。つまりひなげしは恋をしておったと? 」

「ええ、人間でないもの、作られたものが恋をしますか? 」

 小柄な娘が挑むように言った。

「だから、何かの間違いです」

 ねぇっと三人はうなずきあった。

 これには魔導士も苦笑するばかりである。

「で、そのお相手というのは誰かね? 」

 三人の娘は顔を見合わせた。

「どうなさいますの? 」

 小太りの娘がおっとり尋ねた。

「話を聞くだけじゃよ。恋をしただけでは罪ではあるまい? 」

 三人娘は目配せをかわした。小さくうなずいて小太りの娘が答えた。

「お答えします。近衛隊の士官、勲様です」

 魔導士は大臣の顔をみた。

 大臣は苦い表情で小さくうなずいた。

 小柄な娘がその様子をまんじりとせずに見ている。

「ありがとう。さがってくれたまえ」

 大臣は彼女らをさがらせたが、ドアの外に出たとたん、ちいさく歓声をあげるのは聞き逃しようがなかった。

「察せられましたな」

「口止めを命じておきます」

「やれやれ、どうもこの線ではなかったようですな。あの恋する馬鹿者が主なら小娘どものいうように懸想なぞするかね? 命じればすむ話だ」

「いや、確かに」

「ひなげしの身元保証をやったものはどなたですかな? 」

「わしの前任者殿ですな。まっさきに事情は聞いておりますが、どうも金ほしさで保証人を引き受けただけのようです。そのへんが原因で官職を解かれたというのに、反省のない人ですな」

「あのじいさんか」

 魔導士は苦笑した。職務忠実、下のものは能力かつけとどけ次第でどんどん抜擢。それがとうとう目にあまるところまできたので年齢を理由に国王から引退を命じられた老人である。

「あのじいさんも宮殿には勝手に出入りしておるし、身内の小娘が結構行儀みならいしておる。高価な人もどきのゴーレムなど送り込むとは思えん。どっちかというと侍らせて自慢するじゃろうな」

「さよう、難癖つけて罪をなするのは簡単ですが、あの人はおそらく無罪。あまりおおやけにせず真相を見極めたいところでござる」

「ひなげしをうりこんできた人物については聞き出しておりますかのう」

「田舎の商人を自称しておったそうで、娘に箔をつけたいが、手づるといえばあのじいさんしか思い出せなかったと申しておったそうです。前金をもろうて、自宅で数日召し使って基本的なことがきっちりしておることを見定めてから口をきいたと本人は申しておりますな」

「その田舎とやらには? 」

「人をやって確かめさせておるところです」

「たぶん、そんな商人はおるまい」

「同感です。しかし、ほかに直接結びつくものはおりませんな」

 ふむ、と魔導士は大臣を眺めた。

「ほかに疑っておる人がおるようですな」

「ご明察。今この国におるものに限っても二人おります。外国におるものまで目を向けるともうどこが送ってもおかしうございません」

「ご存知とは思いますが」

 魔導士は自分の後頭部をこつこつたたいた。

「わしゃここを撃たれもうした」

「その二人の名前をご所望で? 」

 魔導士はうなずいた。

「物証はござらぬ。我が輩のカンでしかござらんがよろしいか? 」

「かまわぬ。無実なら無実と確かめて、下手人をおいつめていかねば」

「同感でございますな」

 目的がまるで違うのだが、もちろん大臣はそんなことはおくびにもださなかった。

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