第10話 エナの鐘は響き合う

 じめじめとした不快な雨季は過ぎ、感謝祭の日がやってきた。

 感謝祭の日は学校の夏季休暇とかぶっているので、エナの日ほど騒がれたりすることはない。

 今頃、こっそりエナの日で想いを贈り、受け取ってもらえた女の子が、相手と幸せな一日を過ごしているのだろう。

 鬱屈しそうな気持ちを誤魔化すように、ソーダのような澄み渡る空に向かって伸びをするように腕を伸ばす。

 動きやすいシンプルなノースリーブのワンピースに白い帽子。その下には、エナの日の後でばっさり切った金髪が微かにゆれる。

 以前だったらこんな味も素っ気もない服を着ることはなかっただろう。変に飾るよりも動きやすい服が好きになったのは、先生の影響だ。


「先生も忙しいかな」


 感謝祭の日に、駆け込みで相談が来ることもあるだろう。先生は人気の高い贈与士だ。引っ張りだこに違いない。

 贈与士ギルドに顔を出そうかとも一瞬考えたが、邪魔するのもよくないだろう。


「なら、いつものように大通りや百貨店を見てみようかな」


 先生とめぐってから、もはや今では休日の習慣になってしまった。

 一部のお店の人からは顔を覚えられてしまったぐらいだ。

 公園を出発しようとしたところで。


「あの、エリザ、さん……」


 声をかけられて振り向くと、焼けた茶色に無表情な顔の、先輩。表情が無いので涼し気にすら見えるが、シャツや襟元から覗く首筋が汗で濡れている。


「キーリス先輩? どうしたんですか?」


 声をかけると、キーリス先輩が硬直した。

 リーダム先輩の友人で、エナの日の前に、いろいろ教えてくれたやさしい先輩だ。


「たまたま通りかかって……じゃない。その、渡したいものがあってここに来たんだ」

「ここに? 私がこの公園来るようになったの最近なのですけど?」


 気になって問いかけると、う、とキーリス先輩が言葉に詰まった。

 無表情で淡々と話す、頭脳明晰な人。ただ、無反応なのが怖くてリーダム先輩と一緒の時じゃないと話しかけられない。というのがみんなの評判なのだけど、私の前ではたいてい古いレコードのように、声が飛んだり、同じような話をしてしまうんだよな。


「べ、別に君の行動を逐一見ていたとかそんなことはないし、ここに来る数時間前からこの公園で待ってたから出くわせたとか、そ、そんなことは断じてない。汗をすごいかいてる、のも……そう、シャツとかびっちゃりなのも、さっき水を飲もうとしたらかぶってしまっただけでそれだけだから、それ以上のことは何もないから!」


 そう、こんな感じ。

 怪しくないよ! ということを言いたいのは十分わかるけど。

 あと話を聞くに、キーリス先輩、この炎天下の中数時間も公園に居たらしい。この暑さだと体調が心配になってしまう。


「あの、キーリス先輩のことを疑ってはないです。とりあえず、木陰の方で話しませんか?」

「い、いや大丈夫。それより渡したいものがあるんだ」


 キーリス先輩は私の手の上にそっとピンク色のビロードの小袋をのせた。この袋は百貨店で見たアクセサリーショップのブランドのもので、特に若い年代に人気の店だ。ミア先生が私の好みそうな髪飾りを言い当てた店でもある。

 紙の感触を感じて袋を裏返すと、結ばれたリボンのところに、


『君からの祝福に感謝を込めて』


 とメッセージカードが添えられていた。

 エナの日が『祝福を込めて』と自分の想いを祝福に込めるのに対して、感謝祭は贈られた想いに対して感謝で返す。

 つまり……キーリス先輩の意味するところに気づいて、急に私の顔が熱を帯びる。


「で、でも先輩私は何も贈ってなんかいないですよ?」


 すると、先輩は首を振った。


「ある人が教えてくれたんだ。想いを贈られていなくても、その人の行為や想いで心が揺れたなら、感謝を示してもいいんじゃないかって」


 ふと、先輩の話す言葉に先生の影を何となく感じた。その理論は先生がとても好きそうな気がしたから。

 私が贈った想いは受け取ってもらえたけど、相手の鐘を響かせたのは私ではなかった。

 だけど、まさか、他の人に響かせていたとは。


「僕はどうしても、この想いを伝えたかったんだ、一生懸命でまっすぐな君に。エナの日、いやエナの日に至るまで、僕の心臓エナの鐘を鳴らしたのは」


 キーリス先輩の言葉とともに、頬はさらに熱を帯びて紅潮し、心臓がばくばくと音を立てる。

 これは暑さのせいじゃない。

 ああ、きっと間違いなく――。



「間違いなく君だったよ」

 

 

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間違いなく君だったよ~贈与士ミアの贈与録(ギフト・ブローシュア)~ 螢音 芳 @kene-kao

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