第12話 違和感
昼食を終えた僕たちは再びショッピングモールを二人ならんで歩く。
雪吹さんが昼食中に話していた「あの子は私の大事なものを全部持っていく……。」という言葉の意味がわからないまま、僕は彼女の後をついていく。
先ほどまで見せていた少し寂しそうな表情も今では切り替わり、楽しそうにアパレルショップを横目に飾ってある服を眺めている。
「雪吹さん、なんでショップに入らないんですか?せっかくショッピングモールに来たんですし、ゆっくり見ればいいじゃないですか」
俺は雪吹さんの視線が気になり、ショップに入ろうとしない彼女に声をかけると、彼女は立ち止まり僕を見る。
「……せっかく一緒に来てるのに、私の買い物に付き合わせるなんて悪いじゃない。」
会社のようなハキハキとした口調で話す彼女とはうって変わったように、口元でゴニョゴニョとしか話さない彼女に違和感を覚える。
プライベートだからなのか、僕と一緒にいるからなのかは分からない。分からないのだが、いつものような自信を持った彼女とは違うのだ……。
雪吹さんの一歩前へと進み、僕より背の低い彼女の顔を覗き込む。
「な、な……、なに?」
彼女は顔を真っ赤にしながら、怪訝な表情を浮かべる。
「雪吹さんらしくないからどうしたのかなって思って」
「いつもの私らしくない……?」
僕の言葉にきょとんとした顔をする彼女の顔を見ていると、雪吹さんと出会った頃の事を思い出して笑いが込み上げてくる。
無表情だった頃の彼女の姿を……。
「な、なんで笑うのよ!!」
笑い始めた僕を見て、雪吹さんは慌て始める。
「くっくっく。いや……、入社した頃の雪吹さんのことを思い出して……。」
「片桐くんが入社した頃の私?」
笑いを堪えながら説明をしていた僕の話を聞いて、雪吹さんは首を傾げる。
「雪吹さんは仕事の時は自信満々でなんでもはっきりと言う人だと思っていましたけど、今日の雪吹さんはなんか雰囲気が違うなって思ったんですよ。」
笑いが止まらない僕を恨めしそうな表情で睨み付けてくるが、その表情も可愛らしい。
口が裂けても言えないのだが……。
そんな事を考えていると、彼女はどことなく恥ずかしそうにしながら小さな声で口を開く。
「えっと、実はいくつか欲しい服はあったんだけどね。試着しないといけないのもあったから遠慮してたのよ……。」
「そんな事ですか?僕に遠慮する事ないじゃないですか。欲しいものがあるなら見ましょうよ!!」
僕は遠慮をしないように話すが彼女は何故か少し目を泳がせて悩んでいる。
雪吹さんが何を遠慮しているのかはわからないが、僕に何を遠慮することがあるのだろうか?少なくとも僕は雪吹さんとはなんでもいいあえる仲だとは思っている。
覚悟が決まったのか、雪吹さんはそらしていた視線を僕に定め重い口を開く。だが、彼女の口からは僕が想像していなかった言葉が飛んでくる。
「じゃ、じゃあ……一つ約束をして。笑わないって……。」
雪吹さんの口ぶりからどこか不安のようなものを感じた僕はごくりと息を呑む。
……何か重大な秘密でもあるのだろうか?
彼女の服装を見る限りシンプルな服をおしゃれかつ可愛く着こなしている。笑える要素などどこにもない。
それは彼女の横を通り過ぎて行く男達が物語っている。おしゃれかつ美人な彼女を見て視線を奪われていった男たちを今日一日で何人も見てきた。
そんな人の服を見に行くだけで何を笑うと言うんだろうのだろう……。
「いや、服を見に行くだけですよね?何を笑うんですか。笑わないですよ。」
疑問に思いながらも苦笑いで笑わない事をつたえるたのだが、彼女はまだ不安そうに悩んでいる。
だが、何かを決意したのか、彼女は口を真一文字にしたかと思うと、再び不安げに口を開く。
「じゃ、じゃあ……ついてきてもらえる……かな?」
……積極的なのか消極的なのかわからない雪吹さんの行動に戸惑いながら、僕は腕を引かれ、ショップへと入っていく。
店の中は普通の服が置いてある至って普通のショップだった。
彼女がざっと服を見たかと思うと、「ちょっと試着してみるから見てくれない?」と言って試着室に僕を引っ張っていく。
「ご試着ですかぁ〜?」
雪吹さんはいかにも接客慣れしていそうな店員に声を掛け、いそいそと試着室に入って行く。
そんな彼女を僕は着替えるまで試着室の前で待つ。
その姿はまるで……。
「可愛らしい彼女さんですねぇ〜。」
雪吹さんを案内しおわった店員が僕に声をかけて来た。
……彼女とは一体。などと思いながらも上司に恥をかかせる訳にはいかないので、「そうですね。」と言って話を流す。
しかしそれがまずかったのか、店員はますます饒舌になる。
「まだ付き合い始めたばかりですか?初々しい感じがします?」
……二人合わせて赤ちゃんちゃんこの歳なのに、初々しいとか。
店員の言葉に鼻で笑いながら、「残念ながら、僕たちはまだ付き合ってないですよ。」と返すと、店員は驚いた顔をする。
「えー、そうなんですか?あんなに可愛らしい方なのに勿体ない!!」
「そうですね。僕には勿体無いですよ。あんなに綺麗な人なので……。」
……そう。彼女は可愛くて、綺麗で、仕事も出来て……、僕には高嶺の華でしかない。
だがこの時、僕の口から思わず出た言葉に気づかないでいた。店員は、そんな僕の口から出た本音をきいてにやりと笑みを浮かべる。
「そうなんですかぁ?それにしても、彼女さん遅いですね。」
と言って、店員さんが雪吹さんの様子を伺いに試着室へと向かう。
しばらく雪吹さんと店員さんは話していたが、店員さんがこちらに来て、「彼女さんが待ってますよ」と言ってくるので、「彼女じゃないですって」と訂正する。
しかし店員さんはまたも笑顔を見せたと思うとずいっと近づけてきて、「頑張ってくださいね!!」と言って離れて行く。
その店員さんの様子にをほおを掻きながら雪吹さんの待つ試着室へと向かうと、そこにはオフショルダーのワンピースを着た雪吹さんが恥ずかしそうに立っていた。
その姿を見て、俺は言葉を失う。
どちらかと言うと可愛らしい雪吹さんが大人っぽい服装のギャップが堪らない。
こんな人が未だに独身だなんて信じられるかい?
失礼極まりない事をついつい考えてしまう。
「か、片桐くん……、どうかな?」
雪吹さんの姿を見て呆気に取られていると、雪吹さんは恥ずかしそうに尋ねてくる。
「あ、はい。に、似合うと思います。とても綺麗です!!」
普段にも増して魅力的な彼女を目の前に、恥ずかしさや建前はどこへやら……。馬鹿正直に答えてしまう自分がいた。おそらく顔は真っ赤だろう。
そんな僕の言葉を聞いた彼女も顔を真っ赤にさせ、シャッとカーテンを閉め、さっきとはうってかわって早々に着替える。
そして出て来たかと思うと、事前に持って入っていたであろう服の束と一緒にさっきのワンピースを持ってレジへと足早に向かう。
その姿を呆然と見ながら、彼女に何が違和感を感じるのであった。
五線譜の未来〜雨の夜に君の声だけが響いた 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma
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