第11話 深淵
雪吹さんと合流した僕は彼女に手を引かれるまま、繁華街を歩いていく。
2人で雑貨屋を見たり、服を見たりするウィンドウショッピングをする姿はまるでカップルがデートをしているようだった。
そんなに浮かれるほどのものなのかとも思うが、雪吹さんの楽しそうにはしゃぐ姿を見ていると来てよかったとは思う。
しばらく歩き、食事がてらにカフェに入った僕たちは向かい合わせに座り、それぞれにドリンクを注文する。
彼女とご飯を食べるときのいつもの癖で、雪吹さんを奥のソファーの席に座ってもらう。
だが、いつもと違うところが一つだけあった。
それは普段目にする仕事の制服ではないと言う事だった。
普段から美人で有名な彼女の私服は新鮮で、僕は目が釘付けになる。それを見た彼女はニヤニヤしながらテーブルに肘をつき顔を近づけてくる。
「何〜?私服は見慣れないからって、見惚れちゃった?」
「へ?あ……はい。見惚れちゃいました。いつも以上にお綺麗です。はい……。」
と、聞かれた事をバカ正直に答えると、彼女は真っ赤な顔に変わる。
「何を真面目にいってるのよ?バカ……。」
前のめりになっていた体勢を戻し、恥ずかしそうに顔を逸らしながら悪態をつく彼女の言葉に僕は冷静になる。
そして自分が何を言ったかを思い返す。意図していない本音を恥ずかしげもなく口にした事に恥ずかしくなる。
「ちょっ、あの、今の無しで!!」
男らしくない自分の言動に幻滅しつつも、雪吹さんに慌てて取り消しを要求する。
その姿を見た彼女は一瞬目を丸くするが、すぐに怒ったように頬を膨らませる。
「なに?さっきの言葉は嘘だったの?」
うらめしそうな目つきでこちらを見つめてくる。
その表情もまた綺麗で、僕はたまらず目を逸らす。
「いえ、綺麗なのは嘘ではないんですが……。」
……見惚れていたというのは聞かなかった事にしてほしい。
僕がそう言いかける前にと彼女は真っ赤な顔で俯いている。その様子に恥ずかしくなって、後に続く言葉が出なかった。
……十代か!!
アラサーを迎える雪吹さんに心の中で悪態をついてはみるものの、そういう自分の顔も熱を持っているのがわかる。
側から見たらいい年をした大の大人が二人揃って真っ赤な顔をして無言で食事をする姿をみるとこっけいに見えるだろう。
我ながら情けなく思うが、相手が悪い。
何度もいうが、彼女は街を歩くだけで誰かが振り返る。そんな人と一緒にいるのだから、照れてしまっても仕方がない。
自分とは生き方が違う……。
彼女の経歴は詳しくは知らないが大卒で要領が良く、仕事に誇りを持って取り組む姿は同い年でも尊敬してしまう。
夢を追い求め、志半ばで折れてしまった自分とは違う生き方がかっこよく、羨ましかった。
「……そういえば、雪吹さんと水鏡さんって姉妹だったんですね。」
さっきまで流れていた重い空気を変えるために、僕は雪吹さんに水鏡さんの話題を出す。
その言葉に彼女はご飯を食べていた手を止める。
そして、箸を置くとこちらを憮然とした表情で見る。
「デー……こほん。女性とお出かけをしてて、他の女の話をするのって失礼じゃない?」
「あ……はい、すいません。」
彼女の言葉にデリカシーのなさを恥じて急いで謝ると、彼女は呆れたようにため息をつく。
「もう……。まぁ、いいわ。音愛に聞いたのね。姉妹だってこと……。」
雪吹さんに不機嫌そうな口調で情報の出どころを問いただされ、頷く。
「そう……。どこまで聞いたの?」
「ご両親が離婚した話くらいですが……。」
水鏡さんに口止めをされていた路上ライブの件は口にはせずに、聞いた事を尋ねる。
「ふーん。あの子がそこまで話たんだ。」
複雑そうな顔に変わる雪吹さんの表情に、この話を話題にした事を後悔する。
「あの子はずいぶんあなたを信頼しているみたいね。」
「いえ、そんな事はないですよ。」
「……この前も話したと思うけど、あの子は男性が苦手なの。この意味がわかる?」
雪吹さんは真剣な顔で僕の顔を見る。
彼女のその口調、その視線はまるで値踏みするかのようで僕は背中をのけ反らせてしまう。
「両親が離婚したのは5年くらい前。私はもう大人になってたからそのままだけど、あの子はまだ高校生だったから母について行ったの。だから姓が違うのは知ってる?」
彼女の質問に僕は無言でうなづく。
「そう……。なら、離婚の原因は?」
「知らないです。」
「父の浮気よ……。私は家を離れてたから詳細は知らないけど、あの子は……音愛は見ちゃったのよ。
父の浮気現場を……。それで怒った母が離婚をすると言い出していろいろと揉めて一年後に離婚……。そんな姿を身近で見ていたあの子はそれ以来人間、……男性不信なのよ。」
「そうなんですか……。」
会社で見る他者への彼女の態度と路上ライブの時に見せる僕への態度が妙に違うように見えていた。
だが雪吹さんの言葉を聞いて妙に納得した。
過去へのトラウマがあれば自ずと身体が否定するのは当然だとおもう。
しかし、一つ納得できない面があった。それは僕にはそのそぶりを見せないと言う事だった。
男性が苦手なら尚更僕とは関わりたくないはずだ。
彼女はそれをしないのだ。
僕が教育係だから?路上ライブの初めてのファンだから?だとしても納得できるものではない。
「なのにどうしてあの子はあなたに懐いたのかしら……。」
僕が必死に理由を探していると、彼女も同じことを考えていたらしく、疑問を口にする。
「さぁ……?」
懐いた理由が路上ライブであるなら口にはできないので分からないフリでお茶を濁す。
その言葉に納得ができないのか彼女はテーブルに肘をつき、手に顎を乗せて小さな声で一言呟く。
「あの子は私の大事なものを全部持ってく……。」
その声は僕の耳には届かなかったが、それを聞き返すには勇気はなかった。
彼女達の深淵を覗き込む勇気はまだ……、なかった。
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