第10話 相談

土曜日。雪吹さんとの約束を前にして、僕はとある想いを抱きながら、彼女を待っていた。


面白くない……と言う感情だ。


何が面白くないかと言うと、先日の水鏡さんとのライブでの出来事を思い出していたからだ。


路上ライブも終わり、僕が差し入れをする為に自販機に行った数分の間に水鏡さんはある男に声を掛けられていた。だが、それはいい。


彼女の声を聞いて、心を揺さぶられない人がいても仕方のない事だ。

だが、その後の言葉に苛つきを覚えたのだ。


『……俺と一緒にバンドを組みませんか?』

そう話すチャラそうな男の言葉は彼女を見続けていた僕からするとどこか歓迎は出来なかった。


別に下心がなく、本気で言っているのなら文句はない。だが、どこか軽い彼の言葉がどうも信用できなかったのだ。


いや、僕がどうこう言える立場ではない事はわかっている。


彼女と付き合っている訳ではないし、彼女と組んでいる訳でもない。会社での教育係であり、そして一観衆でしかないのだ。


だから口を挟む気はさらさらなく、彼女の答えを待っていた。


すると、彼女はあたふたと慌て始める。

そして下を俯き、「……考えさせてください。」と小声で呟いた。


「そっかぁ〜。まぁ、初めて会っての言葉ではなかったね。」

その言葉を受けて彼は残念そうに話すと、鞄から数枚の紙を取り出して何かをそこに書き始めた。


「俺は柴崎才人。バンドを組んでいて、そこのライブハウスでよく演奏するんだ。今度の土曜日にそこでライブをするから見に来てよ!!連絡先も教えておくからさぁ〜。」

何かを書き終わるとその紙を彼女にてわたしながら、自己紹介をする。


水鏡さんは「は、はい……。」と言って、その紙を受け取った。ライブのチケットであろうその紙を渡し終わると柴崎と言う男は「じゃあ!!」と言って夜の闇へと姿を消す。


そして、彼女はため息をつくと顔をキョロキョロさせていた。そして、僕の姿を見つけると小走りでこちらに向かってくる。


「ああ、どこ行ってたんですか?」

先程の男とは違い、僕にははっきりと話す彼女にどこか優越感を覚えながらも、買ったばかりの水を渡す。


「水を買いに行っていたんだ。それより、大勢の人の前での演奏はどうだった?」


僕の質問を受けた彼女は手に持つペットボトルをいじりながら、恥ずかしそうに答える。


「はい、緊張しました……。声……出なかったです。」


「……そうだな。最初は声、出てなかったな。」

僕の包み隠さない言葉に俯く彼女を見て、俺は頬を掻く。


「だけど、途中からはいつも通りになってた。集まってくれた人も楽しそうだったし、初めてにしては上出来だったんじゃないか?」


「えっ……?」

続きの言葉を聞いた彼女は、驚きの表情を浮かべる。別に会社で彼女を褒めていない訳ではないと思う。だけど、その表情は何?


僕の戸惑いをよそに、彼女は僕の顔をしばらく見つめていたかと思うと、急に表情を和らげる。


その顔を見た僕は、ただ「なんだよ?」と言うのが精一杯で彼女の顔を見る事はできなかった。


「そういえば……、さっきある人にバンドに入らないかって誘われました。」

急に何かを思い出したかのように、水鏡さんはバンドの件を話し始める。その話を出されて少し面白くない思いが胸の内から湧き上がる。


「ああ、見てたよ。」


「見てたんですか!?じゃあ、声をかけてくれてもよかったんじゃないですか!!」

仏頂面で先程の様子を見ていた事を告げると水鏡さんは責めるような口調に変わる。だが、すぐに不安げな表情に戻る。


「どうしたらいいですか?バンドなんて考えたことがなかったから迷ってしまって……。」


「……さぁ、わからない。」

僕は彼女の相談にそっけなく答える。


彼女ほどの才能の持ち主だ。いずれは誰かがその能力を見出すとは思っていた。


だが、僕以外の人が集まってすぐに声をかけてくるとは思っていなかった。だから、答えに窮する所もあったのだ。


彼女の才能を羨みはするものの、独占したいと言う気持ちは微塵にも思っていない。

だが僕の中にもう少し……近くで夢ををみていたいそう言う思いに駆られてしまう。


「ちょっとぉ〜、冷たくないですか?」

僕の態度に可愛らしい顔で頬を膨らませる。


「……僕は君のマネージャーじゃないからな。自分で決めるしかないよ。ただ……。」


「ただ?」

突き放した物言いをしながらも考えがある事を示唆する言い方に彼女は首を傾げる。


「君には絶対の才能がある……。だから、自分で見極めたほうがいい。彼が玉なのか、ただの石なのか……。」


……僕には彼女の考えを縛る権利はない。

だからこそ、目先にある石を宝石だとは思って欲しくない。


ただ、彼女は言葉の意味を理解できたかは分からないが、少し悩んでうんと頷く。


「わかりました。私、明日その人のライブに行ってみます!!」


「はっ?」

突拍子のない彼女の決意表明に僕は間抜けな声を上げる。


人見知りで臆病なのかと思うと、なんの危機感もなく物事を決める彼女におどろいてしまったのだ。


そう言うところはやはり姉妹だからなのか、雪吹さんにどこか似ていた。


「ああ、行くんなら気をつけてな。」


「ありがとうございます!!」

ふんすと決意を決めた顔で雨の後の夜空を見上げる彼女を見て、言葉とは裏腹に僕は……モヤモヤしていた。


「ごめーん、片桐くん!!」

ふいに僕の名前を呼ぶ声が耳に入る。


その声の方向に顔を向け、声の主人をさがすと少し離れた所に雪吹さんの駆け寄ってくる姿が見える。そして、その姿を目にした男性からは好奇な視線が集まっていた。


スキニーの黒いパンツにグレーハイネックのノースリーブ、そしてマスタードイエローのカーディガンを身に纏ったその姿はまるでモデルのように目立っている。そして妹である水鏡さんとは違った美しさがあった。


「おはよう、片桐くん!!待った?」

息を切らして僕のそばに駆け寄ってきた雪吹さんを見た世の男性陣がショックそうな表情をするのが分かる。


……分かる、分かるよ?なんでこんな人が僕みたいな男といるのかって、思ってるよね?ね?


「おはようございます、雪吹さん。僕も今来た所です。」

雪吹さんに挨拶を交わしながらも、自虐を唱える。


「……嘘ね。長く待ってたんじゃない?それにまた変な事を考えてる。」

複雑な表情を浮かべる僕の顔を見て、雪吹さんはにやりと笑う。


「雪吹さんには敵いませんね……。待ってたのはいちじかんくらいですよ。それに、今日も雪吹さんがお綺麗なので、他の人から睨まれてるなって思って……。」

僕は思っていた事を正直に口にする。


すると、彼女は顔を真っ赤にして俯くと、急に僕の胸を叩く。


「ど、どうしたんですか?」

雪吹さんの突飛な行動の意味が分からずにその理由を尋ねると、彼女は赤い顔のまま聞き取れない声で「……バカ。」と口にする。


「なんか言いました?」


「なんでもない!!さて、行こっか!!」

雪吹さんは赤い顔のまま、上機嫌に僕の腕を引っ張って行く。


その情緒不安定な様子を見せる彼女に腕を引かれ、僕は訳の分からないまま、彼女の進む方へと歩いていった。





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