あと1日

結局、琥珀が倒れて数分後。少し冷静さを取り戻した俺が救急車を呼ぼうとすると、それは、琥珀の手によって止められた。琥珀が意識を取り戻したのだ。

「琥珀! おい、大丈夫か?」

「うん、貧血…だよ。よくあるんだ。数分したらすぐ戻る。全然大丈夫……だから……」

そう言われ、それから琥珀はいつも通りに戻り、その日はそのまま解散した。


あれも、もうすぐ死ぬ前兆なのだろうか。そう考えるとゾッとする。


琥珀の話によると死ぬ日は分かるものの、死因は分からないらしい。交通事故か、心臓発作か……人によって様々だそうだ。


琥珀に、あと3日のカウントダウンが表示されたのは【8月27日木曜日24:00】ぴったり。つまり琥珀が死ぬのは3日後の【8月30日日曜日24:00】。


ここまで詳しく聞かされると、本当に琥珀が死ぬんだという実感が訪れる。何よりあの雰囲気が、目が、嘘を言っているように思えなかった。


そして今日は8月29日土曜日7:30。琥珀が死ぬときは刻一刻と迫っている。


俺は琥珀のために何をしてあげられるんだろう……。そんなことを考えながら、俺は再びベットの中で、うとうと意識を落とした。


◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎


ふと目を覚ますと、まずいと思った。あと10分だけ寝ようと思っていたのに寝過ぎた気がする。時計を見ると、針は12時を指している。


俺の中に嫌な予感が流れる。おかしい。琥珀が来ていない。昨日は「また明日」と言って別れたし、ピンポーンとチャイムが鳴らされれば、さすがに起きるはずだ。俺はベッドから降りて、LINEを確認する。新着メッセージは3件。どれも公式アカウントからだ。


俺はすぐ琥珀に電話をかけ、家を飛び出す。プルル……という機械的な呼び出しが続き、やがて「おかけになった電話番号は……」と無機質な声が俺を苛立たせる。2回目の電話をかけていると目的の家に到着した。表札には前原の文字。何度も遊びに行った琥珀の家だ。俺は何十回押したであろうインターホンを押す。ピンポーン、ピンポーン……。何度押しても応答はない。家の中を覗いても人がいる気配はまるでなかった。


こんな時にどこ行ってんだよ……琥珀!


それから俺は公園や学校、商店街からデパート。琥珀が行きそうなありとあらゆる場所を探した。でも結局、琥珀を見つけることは出来なかった。


◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎


ありとあらゆる場所に行き尽くした俺は再び自分の家に戻ってきた。街はすっかり日が暮れて、湿っぽい風が吹き始める。俺は今日、何十回と開いた琥珀とのトーク画面を開く。


“どこにいるんだ、琥珀!”

“大丈夫か?”


俺の送ったメッセージには、あいかわらず既読マークさえ付いていない。


確かに明確に一緒にいる約束をしてたわけじゃない。でも、昨日あんなことがあったばっかりだ。どう考えても頭が悪い方へ悪い方へ考えてしまう。


あぁ……だめだ。1回落ち着こう。


俺は一旦思考を放棄し、お茶を飲もうと冷蔵庫に向かう。その時だった。


ピーンポーン


家にチャイムが鳴り響く。琥珀! 俺は急いで階段を降り、ドアを開けると、そこにはいつも通りの琥珀が立っていた。

「よぉ!」

まるでさっき会ったばかりのように挨拶をする。

「お前! よぉ、じゃねーよ! どこ行ってたんだよ!」

「え? いや、昨日の夜から爆睡でさぁ、起きたら夜だもん。僕もびっくりしたよ〜」

琥珀が頭をかきながらヘラヘラ笑う。

「俺は本気で心配したんだぞ……」

「ははっ、ごめん、ごめん」

琥珀がヘラヘラしてるのを見ると、俺は怒る気も失せて、体の力が抜けた。

「本当にごめん……って! ごめんな? ってか、僕は謝りにきたんじゃなくて! そう! 明日は県外に行くよ!」

琥珀が高らかに宣言する。

「は? け、県外? どこに行くんだよ?」

「まぁ、まぁ、まぁ! それはついてからのお楽しみ! 明日は6時集合だからなー! ちゃんと起きろよ〜」

「お前が言うな!」

そう言うと琥珀はケラケラ笑いながら、帰っていた。


本当に台風みたいなやつ……


俺はドッと疲れが来て、玄関に座り込む。でも本当に不思議なもので、あれだけ悪い方へ悪い方へ考えていたモヤモヤがさっき琥珀に会っただけで一瞬で消えた。あいかわらずヘラヘラしてた、いつも通りの琥珀。俺の胸に安心が広がる。本当、とんでもないやつの親友……いや、彼氏になってしまったものだ。


俺はそろそろご飯でも食べるか、と腰を上げ玄関の電気を消した。するとガチャと玄関のドアが開く。しまった、ドア開けっぱなしだった、と一瞬身構えるもドアを開けたのは琥珀だった。

「なんだ……琥珀か……びっくりさせんなよ」

暗闇で顔は見えないが、クスクスと笑う琥珀の声が聞こえる。


「どうした? なんか言い忘れたことでもあるのか?」

そう言いながら電気をつけようとすると、その手はガシッと琥珀に捕まえられた。

「あのさ……」

緊張した琥珀の声が聞こえる。

「あのさ……ハグ……してくれない?」

今にも消え入りそうな声で琥珀が呟いた。俺を掴む琥珀の手が、震えているのを感じる。


…………。

俺は何も言わずその手を自分の方へ引いた。そして何の躊躇いもなく琥珀を抱きしめる。——冷たい。そして何より琥珀は華奢だった。


「ごめん」

琥珀はそう小さく呟いて、俺の背中に手を添える。俺の腕の中にやすやすと収まる琥珀。琥珀は見た目よりはるかに華奢で、強く抱きしめればすぐに折れそうで……。


そんな2人を、小さな月明かりだけが包み込む。


何で琥珀がいきなりこんなことを言い出したのか、何でいきなり俺の肩を濡らしているのか……何もかも分からないけど


とにかく俺は優しく優しく、背中をさすった。



琥珀が死ぬまであと1日】

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君と過ごした最後の3日 なのか はる @nanokaharu

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