ハデス様のウルトラ八つ当たり方法

 読者諸君は友人と連絡を取る時、スマホのメッセージアプリは何を使っているだろう。

 もしくはアプリではなく、古式ゆかしくメールアドレスを使っているだろうか。


 もちろん、神々の間で使われる連絡手段は今となってはスマホになる。その中で最もメジャーなメッセージアプリが存在している。

 それを開発・管理しているのは前回ご登場いただいた、ヘルメス神である。

 そう、ヘルメスは開発の神としても奉られているのだ。


 読者諸君にだけ、内緒に教えたいことがある。

 それは、電話を開発したかの有名な発明家、ベルにまつわるものだ。彼はヘルメスが連絡手段を新たに作り出すため、現世に送り出した使いなのだ。

 しかし、電話からメッセージアプリに進化するまでの間、ヘルメスが一人で行動したというわけではないことも併せて教えておきたい。インターネット分野で重要な共同開発者が現れる。



 前回、職場待遇を実現することができたハデスの元にはひっきりなしに面会の依頼が届いていた。アポロンがハデスと協力して死者の魂を新たなアンデッドとして生み出し、更にカロンの負担軽減が天界で話題になったからである。

 なんとかして、自分の宮でも職場改善を図りたい。そう考えるのはすべての神々の祈りであった。いつ何時パワハラ上司と訴えられるかわかったものではない。この恐怖は神々の間でも浸透していた。

 その中でも一番自分がパワハラ上司と訴えられることを恐れている神がいる。それはかの有名なヘラ神である。

 読者諸君が一番最初に思いつくヘラ神のエピソードとはなんだろう?様々なエピソードがあるとは思うが、共通点はただ一つ。”怖い”ということだ。

 

「それで、お主はまた怖いと言われて涙を流しているというのか…」

 ハデスは数多ある神々からの面会を断り、シトシトと泣いているヘラを慰めていた。

「だって、わたくし、怖いなんてどうして言われるのでございましょうか。わたくしはただ、ゼウス様によそ見をして欲しくないだけですのに…最近の若い世代からはネトストメンヘラパワハラモラハラなんて言われてしまって。意味を知ってしまった時本当に悲しかったのですよ」

「お主がゼウスのことをきちんと管理するために作ったインターネットだというのにな…」


 先ほど、前振りとしてヘルメスの話が出てきたが、ここまで読めばわかるだろう。共同開発者はヘラだった。

 ゼウスの浮気を察知する能力として発達した彼女の特技、情報収集。

 それは今では欠かせない能力であることは決して間違いではいない。だが、何千年とゼウスの浮気をチェックしているヘラは狂気の沙汰ではないと古今東西様々なところで言われ続けてきた。

「ハデス様でしたら、このつらい気持ち、わかってくださると思いましたの…」


 あまり知られてないハデス様のエピソードとして、愛妻家というものがある。愛妻家というものは、多くはフェミニストがなるというのは、作者の主観かもしれない。しかし、この作者の主観にもれず、ハデスも同様にフェミニストであった。

 そのため浮気をされて心を痛めるヘラの相談相手にのることは昔から日常の一コマとして定期的に開催されていた。


「お主があまりにも泣いてしまうと、6月に雨が降らなくなってしまう。このままだと、今年も空梅雨になってしまって、7月頭に一気に降ることになってしまうのではないだろうか」

 何千年も昔の話、半獣人のヘラクレスがヘラの母乳をあまりにも強く吸い過ぎて、その乳を夜空に撒き散らし、天の川を作ったことがあった。その天の川はアジアの一部の国では一年に一度の逢瀬を楽しむカップルのデートスポットなのは、日本びいきのアポロンから以前聞いていた。そして、ハデスはそのエピソードをいたく気にいっていた。


『夏の雨がお主が流した涙ということは、天の川ができたということから分かるであろう。その天の川で、東洋の恋人同士が一年に一度の逢瀬を楽しむという。しかし、お主の流した涙が、7月まで雨として降り続くと天の川が流れてしまう。天の川が流れてしまうとその逢瀬もなくなるという。それはお主にとって不本意であろう?』


 ヘラが傷つき泣きついてきた時、必ずハデスはこの話をする。何度も何度も。何十年、何百年、何千年も。穏やかなその口調に慰められ、いつしかヘラは心を取り戻し、宮に戻っていく。

 ただ、今年の夏は違った。ヘラが泣いているのはただゼウスに傷つけられたからではない。そのゼウスに対する態度を彼女の友人の女神が悪口を言っているところをエゴサで知ってしまったのだ。それが冒頭の『ネトストメンヘラパワハラモラハラ』発言である。

 ゼウスに傷つけられたのであれば、例年通りの対応で十分であっただろう。ただ、ゼウスの浮気相手ではない女神からの攻撃には滅法弱かった。女神会カーストの中ではヘラは立場は悪かったのだ。


 確かに、人間界でもメンヘラのカーストは低いと言える。メンヘラというだけでいじめの対象になったり、いじめの対象になったからメンヘラになったり。全く、女子会のカースト制はどうにかならないものか。

 失礼、またしても作者の余談を挟んでしまった。


 とりあえず、今回に限って言うならば、ハデスはヘラの対応に手を焼いていた。どんな慰めの言葉も効果はなかった。

「どうせならば、わたくしもお友達の女神様も一緒に怒れる矛先が欲しいのですが…」

 ふむ。なにかいい案はあっただろうか。ハデスはここ最近のニュースを振り返ってみる。そして、ヘラの涙が止まるようなびっくりするような出来事はなかったか考える。そこでついにハデスがひらめく。

「ヘラ、今日はもう夜が更けてきたので、宮に帰ってゆっくりやすみなさい。そして明日の朝起きたらまた、インターネットを開けばいい。女神たちの怒りがヘラに向いてることはきっともうないから」

 ヘラを慰めるハデスはいつのまにか不遜な笑顔を浮かべている。


 ハデス様の次の一手。


 翌日、ヘルメス様に頼んでとある未公開の記事を女神がよく見ているというネットの掲示板に流してもらうようお願いしました。

「ハデス、この複合商業施設のお手洗いでの秘め事の話、どこから手に入れたんだ?今、女性たちの間で問題になってるぞ、珍しくヘラもつるんで怒っているぞ」

 リークしたことと結果を報告するために、ヘルメス様が冥府にやってきました。さらにいえば、伝令神としてネタ元が気になるから、ネタ元を公開してくれと、ハデス様に頼みます。


「このルートはな、私が一番困った時に使うとっておきだから内緒だ。

 しかし、この同衾は私個人がずっと許せなかったことであり、大々的に報じて欲しいと思っていたから、お主にリークしたのだ。

 …ふふん、これで女人を酷く扱うゴミが一つ減ろう」



 ハデス様は心優しく、そしてフェミニストであり、愛妻家。

 だからこそ、それを声高らかに宣言しておきながら女性につらく当たる男性にはとても厳しいのです。

 じゃあゼウス様はって?ゼウス様は女にだらしないことを公言しているし、その都度ヘラ様からお説教を頂いてるから、ハデス様はそこのところは気にならないそうです。

 やっぱり自分の性格に嘘ついて世間を騙すことが一番神々にとっては嫌なことなのかもしれませんね。


 しかし、ハデス様。

 いくら厳しいとはいえ、赤裸々に情報公開しすぎではないですかね。

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冥府の王の企み事 豊晴 @min2zemi

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