第六話〈開戦前、それぞれの夜②〉


「『帝国の一方的な攻撃により、第二王子のメリウスが殺害された。この事実を受け、王国は争いの根絶の為、帝国を滅ぼす事を決意した』……か。これは、本当なのか?」


本がたくさん置かれている自分の部屋で、メガネの騎士、フブキ・ノーミルは悩んでいた。

今のフブキの発言は、団長より伝えられた国王陛下からの言葉。フブキは、『友好会』で起こった事件の内容を聞かされた時から、その内容に懐疑的だった。


「現場に残された大量の水。わざわざ自分の魔法の痕跡を残すか?」


今回の殺害事件は帝国の水武神・ロメンの仕業だと言われている。というのも、『友好会』参加者一覧が公開されており、ロメンの名前がそこにある。だからすぐに犯人と断定されたのだ。

だが、そんなすぐにバレるような証拠を、殺害を企てていた犯人が残すとは思えない。フブキは、何か裏があると思っているのだ。


「いや、戦争を起こしたかった帝国が、わざと火種を撒いた可能性もあるか」


正直、こう考えるのが1番しっくりきている。


「……考えてもらちがあかないな。家族に挨拶して寝ようか」


今分かっている事実では、何かを断定する事は出来ない。行き詰まったフブキは、明日から当分会えなくなるだろう家族に挨拶をしに行く。


「この事件には何かがある……気がする。その事を脳の片隅に置いておきながら、行動しよう。まあ、第一は国民の安全だけどね」


フブキ・ノーミルは『騎士』だ。自分が気になることよりも、守るべきモノを優先しなければいけない。それを忘れないよう、フブキは改めて胸に誓う。


*****


「はぁ、フォルテ……私はどうしたらいいんだ……?」


第二王女直属騎士団の副団長を務めている女性騎士、スティア・サターロスは、自室にてため息を吐いていた。


「アンタがいないと、私は動くことすらできない……。出来損ないな女だな、私は。もう戦争が始まるというのに……」


彼女のため息の理由は1つ。同じ騎士団メンバーのフォルテがいない事により、『とある作戦』が遂行できないからである。その『とある作戦』とは、


「団長、今日も思い出していたんだろうな……。そういう顔だった」


作戦とは、第二王女直属騎士団の団長、トーゼル・デオニスへ告白する事だ。

ちなみに、トーゼルは既婚者だ。子供もいる。しかし、奥さんとは既に離婚している。だからスティアはそこを狙っているのだ。

そして、フォルテはスティアの恋の相談役。トーゼルと同じ『男』として、スティアにアドバイスをしていたのだ。

だが、今はその相談役が行方不明。それに加え明日から戦争が始まる。戦争が始まってしまえば『恋』なんてしている暇は無い。生きるか死ぬかの戦いになる。


「いや、悩むのはヤメだ。昔の私に戻ってしまうぞ。私はもう『副団長』なんだからな。しっかりしなければ」


スティアは自分の頬を叩き、自らを鼓舞する。そうだ。スティア・サターロスは、自分を慕ってくれる部下の為にも悩んでなんていられない。そして何より、スティアを変えてくれた、愛すべきトーゼルの為にも……。


「生きて戦争に勝てばいい。そしたら、また時間はたっぷりと与えられる。だから、フォルテ……生きててくれよ……」


戦争に勝った後に訪れる未来を夢見て、スティア・サターロスは、戦いへと臨む。


*****


「お父さん……」


「ん……?」


日も跨いでしまった夜更け、トーゼル・デオニスの耳に、1人の少女の声が届く。


「ルーか、どうした?寝れないか?」


少女の名前はルー。トーゼルの1人娘だ。

ルーは心配そうな表情で、トーゼルにくっつく。


「お父さん、明日から戦いに行くんでしょ?そう思うと、寝れないよ……」


ルーはまだ12歳。心も身体も成長途中の彼女は、父と離れる事がまだ不安なのだ。


「大丈夫だよ、ルー。俺は前回の戦争からも生きて帰ってきただろ?だから今回も帰ってくるさ」


そう言って、ルーの頭を撫でる。だか、未だにルーの顔は晴れない。そんなルーにトーゼルは、


「本当に心配するなよ。ルーは言ってくれたよな?大人になって結婚して、父さんを泣かせてやるって」


トーゼルは、1度も娘の前で泣いた事はない。そんなトーゼルを、ルーは泣かせてやりたいと思い、そんな事を言ってきたのだ。


「お前のお嫁姿を見るまで、俺は死ねねぇよ」


それは、トーゼルの夢の1つでもある。

そりゃそうだ。娘が小さい頃から1人で育ててきた。立派になって自らの元から旅立って行くのを見たくない父がいるだろうか?


「だから、俺は必ず帰ってくる。なんてったって、帰って来なきゃならねぇ大事な『理由』があるからな!」


そう言って、トーゼルは豪快な笑顔を見せる。その笑顔を見たルーは、安堵した表情になってくれる。


「うん……。そうだよね!お父さんは私の結婚で泣かないとダメなんだから!それで、結婚した後も時々会って、また泣かせるんだもん!だから、絶対帰ってきてね!」


そんな事を言って、ルーも最高級の笑顔を見せる。


「ああ、当たり前だ!さあ、明日、俺は早い。送り出してくれるんだろ?だからもう寝な」


明日は早朝の出発だ。流石にもう寝ないと、身体に休息を与えられない。


「分かった!おやすみ、お父さん!」


「おやすみ」


手を振りながら寝床へと向かうルー。それを見届けて、トーゼルは泣きそうな顔になる。


「ああ……可愛いな、俺の娘。そんな可愛い娘をこれからも愛でるためにも、絶対生き残ってやるさ。覚悟しろよ、帝国……」


第二王女直属騎士団の団長が、闘志を燃やす。この状態の彼を止める事は、どんな人間でも、難しい……。



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王女様に裏切られて、世界が破滅に向かってます 永健 @token2

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