第五話〈開戦前、それぞれの夜①〉



「お姉ちゃんが帰ったぞー」


今は晩ご飯が美味しく食べられる頃合い。そんな時刻に、キリッとした目に黄色い髪をした女、アスア・ベスドラドは自宅へ帰って来た。


「うぉぉぉ!スペシャルパーンチ!」


「おっと、甘いね!」


帰ってきて早々、1人の男の子がアスア目掛けてパンチを仕掛けてきた。しかし、そのパンチをアスアは易々と躱す。


「くっそー。また避けられた!」


パンチを外した男の子は悔しそうに足踏みする。


「当たり前でしょ。お姉ちゃんは『騎士』なんだから!」


すると、奥からさらに3人の子供が現れる。


「お帰り!お姉ちゃん!」


と、子供の中では1番背が高い女の子が、アスアに満面の笑みを向ける。


「ただいま、みんな!」


女の子の笑顔を見て、アスアも同じ顔になる。今ここにいる子供たちは、全員アスアの弟、妹たちだ。


「お母さんは?調子どう?」


「お帰り、アスア。今日もお疲れ様」


アスアが母の様子を伺うと、本人が杖を突きながらこちらへ歩いてきた。


「お母さん!歩いて大丈夫なの!?」


アスアの母は昔から身体が弱く、外に出るのすら困難な状況だ。だからいつも、家族で母の世話をしながら小さな家で生活している。


「ええ、今日は調子が良いの。それに……ね?明日から、行くんでしょう?」


「……うん」


母の言葉で、アスアに寂しさが襲ってくる。


アスア・ベスドラドは、5人家族の長女であり、身体が弱い母に代わってお金を稼ぐため騎士になった。

普段、アスアが騎士としての任務をこなしてる時間は、子供たちが母の世話をしたり、家事をやってくれている。

しかし、子供たちは1番歳上がまだ10歳だ。母の言葉で、明日から始まる戦争で自分が長期間家を空ける事実を思い出したアスアは、急に元気を無くす。


「おいおい姉ちゃん、そんなに心配するなって。戦争はここから遠い場所でやるんだろ?だったら俺たちに危険はないって。それに……な?みんな!」


元気の無いアスアを見て、1人男の子が気遣いの声をかけてくれる。


「うん!もしなにかあっても、おれたちがたすけあって、かならずいきのびるよ!」


「わたしもがんばるよ!」


そんな男の子の声に同調し、他の子供たちもアスアを気遣う。そんな子供たちを見て、アスアは目頭が熱くなるのを感じる。


「あれ?泣いちゃうの?みんなを守る『騎士様』が聞いて呆れちゃうなぁ〜」


泣きそうになっているアスアを、1番背が高い女の子がからかう。


「もう、イズイ、お姉ちゃんをからかわないの。ほら、アスア。みんな、こんなにも頼もしいんだから。絶対に大丈夫よ。だから、前だけ向いて行きなさい!」


そう言って、母親はアスアにゆっくり近づき、背中を思いっきり叩く。


「うん……。うん!そうだよね!前だけ見ないと、守りたいものも守れない!アタシ、頑張るよ!」


大好きな家族の言葉たちに、戦争が決まってからずっと曇っていた心が、晴れていくのを感じるアスア。


「そうそう。その意気だよ、お姉ちゃん!元気なお姉ちゃんじゃないと、ベール君だって守れないよ〜?」


「なっ!な、何を言っているんだイズイ!」


元気を取り戻したアスアに、1番背が高い女の子、イズイが、ニヤニヤしながら変な事を言ってくる。


「あ!言い忘れてたわねぇ〜。アスア、ちゃんと『ベール君』と一緒に帰ってきなさいよ」


そんな事を言う母は、イズイ同様ニヤニヤしていた。


「そうだよ!ベール兄ちゃんは弱っちぃから、姉ちゃんが守ってあげてね!」


「う……。ま、まあ?仲間を守るのは当たり前だからね。アイツの事もちゃんと守るさ……」


と、アスアは顔を少し赤くしながら言う。


「あー!ねえちゃんかおあかいよ!」


「うるさいよエドエ!そんなお前には……こうだ!」


自分をからかってきた5歳の弟、エドエに、アスアは報復として肩車をする。


「うぉぉぉ!」


「あーずるい!わたしもー」


「はいはい。みんな、今日のご飯はどうしたんだっけ?」


騒ぐ子供たちを、母が手を叩いて治める。


「そうだ!ねえちゃん、きょうはみんなできょうりょくして、たくさんおいしいごはんをつくったんだ!はやくたべよ!」


母の言葉で晩ご飯の事を思い出したエドエは、アスアの手を引っ張りながら食卓へ連れて行こうとする。


「待ちなエドエ。アタシはまだ手を洗ってないよ?」


アスアは姉らしく、やるべき事を忘れない。


「そうじゃん!ばいきんばいきん!はやくあらってたべよー」


「先行ってるわね」


「分かったー!」


家族と一旦別れたアスアは手を洗いに、水場に来る。


「やっぱり大好きだな……」


先ほどの作戦会議で、トーゼルが言っていた『大切なモノ守る』という言葉が、家族を想うと改めて脳に反芻される。


「絶対、生きて帰る……。騎士団のみんなで!」


少し特殊なレッテルを貼られていたアスアを、すんなりと受け入れてくれた第二王女直属騎士団のメンバー。アスアはそんな彼らの事も大好きだ。大好きな騎士団と、大好きな家族。この2つを守るという意志が、アスア・ベスドラドの力の源になるのだ。


*****


「あっはっはっはっはっー!マリミちゃんサイコ〜!もう一杯おかわり〜」


際どい格好をした女性がたくさんいるお店にて、金髪の青年騎士、ベール・オリュオの醜い笑い声が響く。


「ちょっと騎士様〜、明日大事な任務があるって言ってなかった〜?まだ飲むの〜?」


明日は大事な任務があると漏らしていたベールを、店の女性が嗜める。


「いいのいいの〜。ぼくはぁ〜、すぐに酔いが覚める男なのさぁ〜。と、いうわけでもっと持ってきて〜!」


「追加たくさんいただきましたぁ!」


店の売り上げにしか目がない男性店員が、追加で5本のジョッキを持ってくる。


「よっしゃ!ほれじゃあ、いただきまする〜」


追加されたジョッキを、両隣にいる女性の身体を触りながら飲み干していくベール。

果たしてこの男は本当に騎士なのか。ベールを接客していた女性たちは、そう思っていた。





「ありがとうございました!またお越しくださいね!絶対!」


まるで死地に赴く人を見送るかのような熱い言葉で、店を去っていくベールを見送る男性店員。まあ、明日、本当にベールは死地に赴くのだが。

しかし当の本人は、やっべめっちゃ身体熱いじゃん。ぼく今女の子に抱かれてる?イヤッフゥ〜!などと考えている。


「おいてめぇ、どこ見て歩いてんだ!ぶっ殺すぞ!」


ベールが酔った身体でフラフラ街を歩いてると、どこからか男の怒鳴り声が聞こえた。


「うるさいなぁ。ぼくは今疲れてるんだよ!あっちに……?」


てっきり自分に向けられた言葉だと思ったベールは、あまり考えもせずに怒鳴り返したが、近くに男はいなかった。しかし、


「……?あれは……」


辺りをキョロキョロしていたベールはとある光景を見た。それは先ほどの怒鳴り声の主と、その声を向けられている、小さな子供。


「ご、ごめんなさい……。はしっててまえみてなかった……」


子供はパンを抱えながら、素直に謝る。


「あぁん?俺は今イライラしてんだ。謝るだけで許されると思うな……よっ!!」


「ウッ!」


子供の謝罪を受け入れず、自分のストレス発散に子供を殴った男。それを見たベールは一気に酔いが覚め、現場へ走り出す。


「おい、何殴ってんだ、殺すぞ」


そしてすぐさま男の背後を取り、護身用に携帯しているナイフを男の首元に近づける。


「な、なんだてめぇ、脅しか?なら効かないぜ?てめぇに人が殺せるわけねぇだろ」


男は意外と適応能力が高い。最初こそ戸惑ったものの、すぐに冷静になった。だったら、もっとビビらせればいい。ベールはそう思い、首元に少しだけナイフを、刺す。


「はぁ!?ふ、ふざけんな!て、てめぇ、マジで殺る気かよ?てめぇはこのガキのなんなんだ!?」


本気で首に刺してきたベールに恐怖を感じた男は、ベールから離れる。


「僕は子供の味方なだけだ。これ以上子供に危害を加えるなら……殺すよ?」


ベールから、本物の殺意が伝わってくる。


「チッ!クソが!」


ベールの殺意に怯えた男は、足早にこの場を去る。それを確認したベールは子供に笑顔を向け、


「大丈夫?痛かったでしょ?」


「ううん、だいじょうぶ。ぼくがわるいんだ。まえみてなかったから……」


ベールの心配は必要なく、子供は自分の非を認められる男の子のようだ。


「そっか。偉いよ!ちゃんとが自分が悪かったって認められるのは!でも、こんな時間に1人で外にいるのは、お兄さん感心しないなぁ」


今はもう日もまたいでいる真夜中だ。小さい子供が1人で出歩いていい時間ではない。


「う、うん……。ごめんなさい」


子供は素直に謝るが、その顔は浮かない顔をしている。


「うん。じゃあ、今すぐ家に帰ろうね?分かったかい?」


浮かない顔をしている理由に検討のついているベールは、それを見逃し家へ帰るよう促す。


「う、うん。さっきはありがとう、おにいさん。ばいばい!」


そして子供は礼を言い、浮かない顔のままベールの前から去っていった。


「ああいう子が出てきちゃうから、戦争はクソなんだ。……もう二度と起こさせないよ。今回で最後だ……」


さっきの子供は、泥棒。汚い服装と裸足、そして抱えてたパンと、罪悪感があるような顔がそれを物語っている。ベールには分かる。ベールも昔、あの子供と同じだったから。

ああいう子供が生まれてしまうのは、国の資源不足のせい。

【オリュンシア王国】は、どこかの国の貴族様のように、上の人間が変に資源を牛耳ったりはしない。戦争による、単純な資源不足。

だったら、もう二度と戦争が起こらない世界にしてしまえば、解決だ。

そんな世界を作るのと、可愛い女の子たちとたくさんイチャイチャする。それらが、ベール・オリュオが戦い続けられる理由である。


*****


「兄貴……。とうとう来たぜ、帝国との戦争が」


オリュンシア市街地から外れた場所にある瓦礫の山で、1人の男がしゃがみこみながら空に向かって喋っている。その男の名は、ゼイロス・ハイトス。逆立っている赤髪が目立つ、第二王女直属騎士団の団員だ。


「兄貴の仇、絶対討ってやるからな」


ゼイロスの歳が5つ離れた兄は、8年前にゼイロスを庇って死んだ。

ゼイロスは、幼い頃に兄共々親に捨てられ、兄と二人三脚で生きてきた。優しい兄だった。どんな時も、自分よりゼイロスを優先してくれる人だった。

しかし、優しすぎたのだ。だから、あの時もゼイロスを庇って、それで死んでしまった。

兄が死んでから、ゼイロスは仇を討つ事だけを考えて生きてきた。

倒すべき相手は分かっている。【ロマネスト帝国】の闇魔法を扱う背の高い女。


「でもよぉ、兄貴……。もし、俺が仇を討てたとして、そこから俺は、何のために生きればいいんだ……?」


そんな悩みを持ちながらも、ゼイロスは兄の為に、刃を振るう。


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