最終話 手紙
扉を開け事務所へ出ると、先日、好きな女の子の趣味を聞いてくれと依頼してきた少年がいた。服の裾を掴み、もじもじとしている。
「なにしてるんや、きみ」
少年は困ったような顔を上げた。「前渡した千円、返してくれへん……?」
「千円? ……ああ、あれか。でもなんで? 迷惑料やって言ってなかったか」
「そうやねんけど、欲しいほんがあるからぁ」少年はより一層体をもじもじさせた。
「なに、その欲しいもんて」
「星の図鑑が欲しいねん」
十和田は体に力が入っていくのを感じた。「……星のか」
「うん、買おう思ったけどお金が足りひんくて……」
「そうか、図鑑をな」十和田はくすりと笑った。「タイムリーなやっちゃなあ」
「だめ?」
「いや、そんなことあらへん。ちょっと待って」十和田は財布を取り出し、千円札を抜き取ると少年に渡した。「ほら」
「あ、ありがとうお兄ちゃん!」
「今度からは軽い気持ちでお金なんてやったらあかんで」
「うん!」
「図鑑も大切にせえよ」
「うん、ありがとうね!! じゃあ」
少年は満点な笑顔を浮かべ、手を振りながら去っていった。十和田もかすかな笑みを浮かべながら手を振った。時代は巡っていくということなのかもしれない。藁も喜んでいることだろう。
十和田は雑居ビルを出ると車に乗り込み、藁雄一に本を返しに向かった。雄一はわざわざありがとうと言い、十和田も改めて礼を言った。手紙を書きたいので武藤寛文の住まいを教えてくれないかと頼むと、少し悩んだ末教えてくれた。
その帰り道、エアメールの封筒と便箋を買った。
この数日間のことと、藁の最後のことを書いた。満足し成仏し、指のことは一切気にしてはおらず、大切にしてほしいと言っていたこと。それを最後に伝えてやりたかったと言っていたこと──。返事があるかはわからない。可能性としては低いだろう。胡散臭いと思われても当然だ。だがどうしても藁の最後と想いを伝えたかった。
すると数日後、武藤寛文から返事が届いた。十和田は興奮し思わず封を切ろうとしたのだが、思い留まった。宛名が、藁士道へとなっていたからだ。藁への手紙なのである。それを見るのは野暮というものだ。
十和田は藁の墓へと向かった。パンチラを特集しているアダルト本も買って持ってきてやろうかとも思ったが、さすがに相応しくないと止めた。買ってこいやと、藁は怒っているかもしれないが。十和田は墓に手を合わせ、株を買ったことも報告すると、しゃがみ込み手紙をそっと置いた。
息子からの手紙だ。ゆっくりと読んでほしい。あなたに聞いて欲しいことが沢山あるはずだろうから。
立ち上がると、十和田は歩き出した。踏んだ小石が、じゃりじゃりと小気味よい音を鳴らしている。天を仰いでみると、雲ひとつない青々とした空だった。綺麗だ。夜になれば、素敵な星々も輝き出すことだろう。
藁の墓石の方から、ガサガサとなにかを探るような音が聞こえた。十和田は立ち止まり、振り返ろうとしたのだが、後ろを見ることはなかった。
依頼はすでに終わっている。あとは二人だけの時間だ。
忘れられない星空 タマ木ハマキ @ACmomoyama
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