エピローグ ~『世話焼きお姉さんと一緒に復讐した結末』~

『エピローグ:復讐譚の結末』



 恋人ができると、代わり映えのしない日常が輝きだす。窓から差し込む光で目を覚ますと、ギュッと背筋を伸ばす。椅子に座りながら寝ていたというのに、なぜだか爽やかな朝である。その顔はいつもよりどこか凛々しい。


「どうやら寝落ちしたみたいだな」


 執筆途中の原稿がパソコン画面に表示されている。山場の部分で文章が止まっているため、執筆意欲がムクムクと湧いてくる。


「朝活するのも悪くないか」


 続きを書こうと意気込んで、服の袖を捲る。キーボードに文章を打ち込む準備は整ったと、手を動かそうとした瞬間、彼の執筆を邪魔するように電話が鳴る。


「こんな朝早くから誰だよ……」


 机の上で充電していたスマホを手に取ると、怒りのままに着信元を確認せずに電話に出る。


「もしもしっ」

『おはようございます、杉田くん』

「さ、桜木っ!」

『ふふふ、愛しの彼女のモーニングコールですよ♪』


 先ほどまでの怒りはどこへやら。桜木の声を聞いた途端に、杉田は上機嫌になる。


「わざわざありがとな」

『いえいえ、これは私のためでもありますから』

「桜木のため?」

『せっかくの二人でお出かけですからね。寝坊でもされたら、一緒にいられる時間が短くなりますからね♪』

「任せておけ。こんな大事な日に寝坊なんてするものか」


 二人は何日も前からこの休日に出かける約束をしていた。待ち遠しかった休日を寝坊で台無しにするはずがない。


「ですが昨晩は夜遅くまで執筆していたじゃないですか」

「それは桜木も同じだろ」

「私はほら、完璧超人ですから♪」

「それを理由にするのはズルくないかっ!」

「ふふふ、ちなみに昨晩だけで一万文字は書けましたよ」

「やるな。だが俺も負けてないぜ。昨晩だけで短編小説を二つも書いたからな」

「さすが私の恋人です。簡単には勝たせてくれませんね♪」

「それはこちらの台詞だ」


 二人は恋人であるが、作家としてはライバルでもあった。だがそれは蹴落とし合うような関係ではない。競争の中で互いを高め合う真の意味での好敵手だった。


「桜木は寝落ちしなかったのか?」

「私は机で眠るような品のない真似はしませんよ」

「さすがは育ちの良いお嬢様だ。なら昨日はベッドで眠れたんだな?」

「いえ、昨日は徹夜しました」

「上品さはどこへ消えたんだよ!」

「し、仕方ないではありませんか。今日のデートが楽しみで眠れなかったのですから……」

「そっか……『完璧超人桜ちゃんの恋』の二巻発売日だもんな。そりゃ楽しみで眠れなくもなるか」

「二巻ももちろん楽しみなのですが、もっと大事な事を忘れていませんか?」

「え?」

「今日は私との初デートですよ♪」


 桜木と交際を始めたのは丁度、今より一か月前からだ。しかし二人は執筆が忙しく、恋人らしいデートができていなかった。念願の初デートを心待ちにしていたのだと伝えるように、電話の向こうから鼻歌が聞こえてきた。


「初デートって、動物園に行っただろ」

「あれは仮の恋人の時ではありませんか。本物の恋人になってからは初デートです♪」

「細かいところを気にするんだな?」

「杉田くんは私との初デートを意識しないのですか?」

「――――ッ……そ、その質問はズルいぞ。桜木と結ばれて初めてのデートを大切にしないはずがないだろ!」

「なら私も今日の想い出は一生の宝物にします♪」


 桜木の期待に満ちた声を聞くたびに、杉田もデートが待ち遠しくなる。彼女をどうやって楽しませようかと妄想するだけで多幸感が満ちていった。


「でもまさか俺が恋人とデートする日が訪れるとはな……」

「私が初めての相手ですか……ふふふ、何だか光栄ですね♪」

「桜木の方こそ初めての相手が俺でいいのかよ?」

「もちろんですとも。なにせ杉田くんは私が人生で愛した唯一の男性なのですから」

「そ、そうか……」

「では今日のデートを楽しみにしています」

「いつもの場所で約束の時間にな」


 スマホの電話を切る。切り替わった画面には埋め尽くすようなメール通知が表示されていた。送信主は杉田の舎弟である竹岡だった。


「竹坊の奴、もしかして友達いないのか?」


 休日になると必ずと言っていいほど、竹岡から遊びの誘いが届く。他に誘う奴がいないのかと心配になるほど、杉田にベッタリだった。


「残念だが、今日は桜木とデートなんだ」


 断りの連絡を送ると、竹岡からすぐさま返信が返ってくる。


『兄貴と陽菜さんの初デートですね! 二人が幸せになれるのを応援していますから。頑張ってください!』


 励ましのメッセージに杉田の口元に笑みが浮かぶ。こんな優しい男に友人がいないはずがないと、今更ながらに気づいたのだ。


「竹坊のためにも今日のデートを成功させないとな」


 杉田は身支度を整えると、気合を入れるために自分の頬を叩く。パシッという音と共に痛みが元気を引き出した。


「約束の時間までは余裕があるな」


 スマホで時刻を確認すると、朝食を取る余裕がありそうだと気づく。腹ごしらえをするために、ダイニングへと向かった。


「おはよう、稔。今日も寝坊しないのね」

「完璧超人の桜木に少しでも相応しい男にならないといけないからな」


 朝食の準備をしていた梅月が出迎えてくれる。ベーコンと目玉焼きにトーストと、いつもの食事が並ぶが、一つだけ異物が紛れ込んでいた。


「この本、もしかして……」

「出版社から献本が届いたのよ。あなたの著作よ」


 MAIのイラストで表紙が飾られた小説は、作家名に『スギタミノル』の名前がしっかりと刻まれている。『小説家を目指そう』の新人賞ランキング一位を掴み取り、見事、書籍化を叶えた夢の結晶だ。


「私の華麗なるイラストのおかげで重版確実ね」

「いいや、俺の文章の力も大きいさ」

「稔も言うようになったわね。家族の成長を喜ぶべきか、生意気になったと悲しむべきか」

「家族なんだから。軽口くらい叩いてもいいだろ」

「ふふふ、そうね。家族だものね♪」


 桜木との騒動のおかげで、梅月との絆も強くなり、血の繋がった家族以上に仲良くなることができた。二人の間から遠慮や気まずさは消え去っていた。


「私は先に出かけるわね」

「もしかしてデートか?」

「まさか。する相手がいないわ」

「なら作ればいいだろ」

「ふふふ、稔くらい良い男が見つかればね。それまでの間は世話焼きお姉さんを続けるつもりよ」

「ツキちゃん……まさか、まだ俺のことを……」

「未練なんてあるはずないでしょ。私と稔は家族なんだから」

「そ、そうだよな」

「でもたまにはデートに誘ってよね♪」

「ああ。必ず誘うよ」


 家族なら一緒に出掛けても何ら不思議ではない。デートを快諾すると、梅月は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「そうそう。私の事はもちろん大切にして欲しいけど、もう一人の大切な恋人を待たせたりしちゃ駄目だからね♪」


 梅月はそれだけ言い残すと、杉田を残して先に家を出る。彼もまた食事を済ませると、待ち合わせの時間にはまだまだ余裕があるものの、遅刻しないために家を出発した。


 小鳥の囀りを聞きながら、アスファルトの道を進んでいく。まだ時間が早いためか、人の姿は見えない。道路と道路が交差する信号前まで辿り着くと、ようやく人影が現れた。


「杉田くん、おはようございます♪」


 人影の正体は桜木だった。彼女は手をヒラヒラと振りながら、出迎えてくれる。金髪青目の完璧美少女は、彼が来るのを心待ちにしていたのだ。


「悪い、待たせたな」

「約束の時間より早いですから。謝る必要はありませんよ……ただ私があなたと会うのを待ちきれなかっただけですから♪」


 音響信号機が青に変わり、ピヨピヨと鳥の声を鳴らす。二人で横断歩道を歩いているだけなのに胸が高鳴る。


 期待するように視線が桜木の手元へ向かう。彼女もまた同じ望みを抱いているのか、白い手をもじもじと動かしていた。


「手、繋ぐか?」

「は、はい♪」


 白くて冷たい手が、ゴツゴツとした指と絡まる。心臓のドキドキが手の平を通じて伝わってきた。


「あ、あれ、桜木さんじゃない!」

「嘘でしょ。竹岡くんと付き合っているんじゃないの!」


 繁華街へと近づくと、同じ学校の生徒ともすれ違う。学園一の美少女である桜木は注目の的であるため、冴えない男と手を繋いで歩いていれば噂にもなる。


「あれはいつぞやの後輩だな」


 竹岡と桜木の噂を教えてくれた女子生徒たちが、ヒソヒソと話をしていることに気づく。相手もこちらの視線に気づいたのか、バツの悪そうな顔で足を止めた。


「久しぶりだな。この前は竹岡のことを教えてくれて、ありがとな」

「別にそれくらいは……それよりも先輩は、桜木さんとどういう関係なんですか?」

「見ての通り、こういう関係さ」


 繋いだ手を示すことで、暗に関係性を伝える。どうして竹岡でなく、こんなオタクを選んだのかと興味はあったようだが、さすがに訊ねる勇気はなかったのか、逃げるように、その場を後にした。


「悪いな。これで俺と付き合っていることが学校中の噂になる」

「謝る必要はありません。むしろ望むところです。杉田くんと付き合っていることを恥じる理由がありませんし、それに何より、あなたを狙うライバルたちへの牽制になりますから」

「俺を狙うライバルなんていないだろ」

「自覚がないようですが、あなたは誰よりも魅力的ですよ。なにせ完璧超人の私が骨抜きにされるほどなのですから♪」


 誰にも渡さないと主張するように桜木は腕を組んで、ギュッと密着する。ふくよかな胸の感触が腕越しに伝わる。


「あなたの隣はずっと私だけのものです。絶対に誰にも譲りません♪」

「俺だって同じさ。桜木の恋人でいられるのなら、どんな困難だって乗り越えてみせる」


 そのための強い絆は世話焼きお姉さんのおかげでシッカリと繋がれていた。すれ違いの困難を超えたからこそ、桜木が誰よりも自分を愛してくれていると自信を持てる。


「私、いまとっても幸せです♪」

「俺も……誰よりも幸せだ」


 最愛の人が隣にいる幸福を噛み締めながら、杉田は世話焼きお姉さんに感謝する。完璧超人桜木の恋はハッピーエンドで幕を閉じたのだった。

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世話焼きお姉さんと一緒にラブコメ作家に復讐しませんか? 上下左右 @zyougesayuu

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