11.小さな独立国

 ただ、制度とはまた別のところで、周りの見る目の改革はムズカシイ。ここなの母親が気に病んでいるのはそこだろう。

 あの家はシングルマザーで四人も子どもがいる、若い男が出入りしてしてた、なんて好奇の目から、育児放棄や虐待の危険はないのか、なんて穿ったものまで。


 家庭が密室になっているといわれる現代、外からの視線も必要で、でもその眼差しは善意のものでなければならない。寛大な気持ちで子育て世代を見守るのが理想だけど、みんながみんなそうじゃないのが悲しいところ。


 人にやさしく、そうすれば、自分も人にやさしくされる。そんな単純な循環で成り立つほど世間は甘くないから、人は強くならざるを得ない。そうじゃなくて本当は、弱いままでもありのままで生きられる世界ならいいのにね。


 大多数に従って依存して我慢なんてしなくたっていい、小さな小さな自分の独立国で責任を持って胸を張って、ときには小さな国同士協力し合えればそれがいいのにな。鶏口牛後。リーダーになってこそ能力が発揮されたりするもんね。


「いや、ニワトリよりウシだろ」

 昨夜、夜道を歩きながらの私の独り言みたいなものに、シモンは口元を歪めてくれたけど。私の現状を揶揄してるのだとしたらたいした性格だけど。まあ、自分の食事(血液)の好みのことだろうけど。





 ここなとまた会おうねってあいさつして、その後は真面目に学校へ行って講義を受けた。

 昨日、マモルが代返してくれたらしく、恩着せがましく学食のカレーを要求され、頼んでないのにと文句を返しながらも、マモルのおせっかいなところはキライじゃないし、カレーなんて安いものだしと最終的にはおごってあげた。


 まだ明るいうちに神明社に帰って日課のトレーニングをこなし、ようやく山の際に太陽が隠れて薄暗くなってきた頃、鳥居の上に黒い影が踊っているのを見つけた。ムササビなら裏の山でよく見かけるけれど、あれはコウモリだ。


 人家に住み着くイエコウモリなら市街地にいることの方が多くて、このあたりに飛んでくるのは珍しい。山中の洞窟をねぐらにしているような種類ならばもっと珍しい。それでじっと目を凝らしていると、小さな影がゆらっとぼやけて膨張したように見えた。


 咄嗟にジャージのポケットの中の木製の指輪に触れながら身構える。影がゆらゆらと布を広げるように大きくなりながら私の前に下りてくる。

「非道な下賤の半妖め! さっさと旦那様を解放せぬか!」

 真っ黒で襟が立ってて裾が長いマントに身を包み、白髪をきれいにオールバックに撫でつけた青白い顔の老人が、私に向かってがなり立てた。


 ええええ、どこから突っ込んだらいいのかわからないくらいツッコミどころ満載なんですけど。とりあえず。

「ええと、どこのおじいちゃんかな……?」

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それはキッスで始まった 奈月沙耶 @chibi915

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