第5話ここは不思議な宝石屋さん

激動の1日から一夜明け、目を覚ましたら、まだ猫のリリスは夢の中だった。


「一晩中側にいてくれたの?」


愛はリリスの頭をそっと撫でた。

小さな猫とは言え、一緒に寝てくれると暖かい。何より物心ついてから誰か自分以外の温もりを感じた事がなかった愛にとっては、それすらも嬉しかったのだ。


カーテンと窓を開けると青空が広がっている。はて、今は何時だろうか?

申し出に家主は起きているのだろうか?

だとしたら、急ぎ朝御飯の用意をしなくてはならない。

愛はジーパンとTシャツに着替えるとそっと部屋から出た。

部屋のドアはリリスが自由に出入りするため少しだけ隙間を開けたままにした。


階段を下りて、キッチンに向かうとまだ誰かがいた気配はない。


「良かった…」


寝坊じゃなかった事に、安堵した。

時間的に遅い時間では無いが、主より遅く起きる事は、それだけで寝坊になってしまう事は愛にも解っていた。


「何が、良かったんだ?」

「!!」


驚いた。…だって、誰の気配もしなかったから。


「…おはようございます、翡翠さん」

「おはよう…良く眠れたか?」

「はい、お陰さまで、ここ数年で初めてぐっすり眠れました。…リリスも一緒に寝てくれましたし」

「…………そうか」


少しの間が気になったが、愛は特に追及する事はしなかった。


「で?…何が良かったんだ?」


そこは逃してはくれないらしい。

特に隠す事では無いのだろうが、隠したい本人に言うことは憚られただけで……でも愛は腹をくくり正直に伝える事にした。


「…寝坊しなかったか、心配だったものですから」

「…何時もは俺はもっと起床時間は遅い」

「では…何故今日は早いのですか?」


当然な質問だが、愛にとっては珍しい事だった。

なぜなら、他人に興味を持つほど情緒が育っていなかったから。

その日その日、ご飯を食べるのに精一杯で、そこまで考えている余裕何て無かった。


「……」

「翡翠さん?…どうしたんです?」

「……からだ…」

「はい?」

「だから、お前が困ると思ったからだ!」

「何がです?」


本気で解らなかった愛は真顔で聞き返した。

ちょ!!…お前、空気読めよ!と突っ込まれてもしょうがない位に愛は空気を読めない。

読まないんじゃない。読めないんだ。


「使い方が解らない物も有るだろうが!」


なまじあまり御目にかかれない位の美形だ。

少しでもイライラしている表情をすれば、迫力満点だった。

でも、何故か愛にとっては怖いと感じる事は無かった。

空気が読めなくても、人の本質は解る。

愛にとって翡翠は信じるに値する者、不要に怯える事は無かったが、突如大きな声を出せば、びっくりしてしまうのは仕方がなかった。

でも、当の翡翠は愛が怯えていると思ってしまった。


「済まない…別に愛に怒っている訳じゃない」


こちらも日頃は気にする事もない、自分以外の他人が自分をどう思っているか?を気にしていた。

一緒に暮らす程、愛に気を許していた事を翡翠もまた、自身で気付いていなかったのだ。


「別に恐くないですよ?…ただ大きな声に驚いただけです」


「……そうか」


「そいですよ、でも有り難うございます。教えていただかなければ解らない事も多くて……ああ、だから早起きしてくれたんですね。有難う御座います」


「別に…早く覚えてくれれば、俺の手間も省ける」


顔は人形の様に整っていて、表情は解りづらいけど、愛には翡翠の考えている事が何となく解った。

だから………。


「はい、有難う御座います。嬉しいです」


素直にお礼を述べたのだ。

驚いたのは翡翠の方。いつも表情が解りづらい為、感情を勘違いされる事が多いが、こんなに相手に伝わった事は、は初めてだった。


「お礼を言うなんて、おかしな奴だな」


「そうですね、私、おかしな奴何です」


リンは微笑んだ。

おかしな奴と言った翡翠の方が今までにない位に微笑んでいたから、嬉しくて、リンもまた微笑んだとは、当の本人は気付いていなかった。


「何で笑ってるんだよ!」


「気にしないでください。…私、おかしな奴何ですから」


「ったく何だよ、その言い訳」


呆れながらも、丁寧に家の中の事を教えてくれる。

元々面倒見は言い方なのかもしれない。

台所の使い方。お風呂の使い方。洗濯機にと教えてもらうなかで、1つの疑問が浮かんだ。

詳しいのだ。…普段家事をしない人なら絶対に解らない筈の事も全部知っている。

ということはだ、もしかしなくとも、全然家事なんてやりません、見たいな顔をして実は家事のエキスパートだったりするのだろうか?


「翡翠さんは、家事が得意そうですね」


「何でそう思うんだよ?」


「家の中の事が詳しいからです」


「俺は汚いのが許せないだけだ…」


「成る程ですね、詰まりは自身で掃除をしていると…」


「……料理はしないぞ?」


何故か少し狼狽えるのが、よく解らない。

恥ずかしいのだろうか?

解せない。


「何故です?」


「試しに何回か挑戦したんだが、何故か上達しないんだ」


「でも掃除はするんですよね?…しかも家中綺麗なところを見ると、得意何ですね」


「何で俺がやってるって思うんだよ?……家政婦さんかも知れないだろ!?」


何で、そんな不器用な嘘をつくのかよく解らないが、愛は元々細かい事を気にする性格でもない。


「……う~ん、翡翠さんは自分のテリトリーに他人を入れるの、好きじゃないですよね?」


「だから、何で全部断定してんだよ?それに質問を質問で返すな」


ため息をつきながら翡翠は頭をくしゃっとした。


「隠す意味が解らないのですが?…出来ないより出来た方が良いことなのでは?」


「……男が、台所に立つのは女々しい、そんな家だったんだ」


「成る程ですね。…でも、良いことですよね?私には良く解らないお家なんですね」


「奇遇だな、俺にも良く解らん」


「そうですか…私は掃除もしてしまっていいんですか?」


「何でそんなことを聞いてくるんだ?」


「いや、翡翠さんの趣味なら取らない方が良いと思いまして」


「……趣味じゃねーよ……でも、手伝える範囲で掃除はやってくれると助かる」


「承知しました」


愛は元々家政婦のようなことを預けられた家でも行っていた為、一通り出来ない事は無かった。

まだ小さいうちは通いの家政婦、お祖母さんの様に暖かい、優しい人が来ており、(愛にとって唯家族の様に接してくれた人だった)その人に一通り教えて貰っていたのが、まさかこんな所で役にたつとは、あの頃の自分に愛は教えてあげたい衝動にかられた。




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宝石屋・翡翠 藤八朗 @touhatirou

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