第4話ヒーロー登場?…それとも?
鳴ったチャイムは、果たして救いの使者か?それとも悪魔か?
愛は、他に救いを求める程の希望なんてなかった筈だ。
筈なのに、何故か頭に浮かんだのは、リリスと翡翠の事だった。
そんな自分に苦笑しそうになる。
ねえ、愛。忘れたの?
バカな子ね…何回裏切られたと思っているの?…自分で何とかしなければ駄目な事くらい、もう学習したでしょう?
もう一人の自分が暗闇から呼び掛ける。
でも、ここから助けて欲しいと、助けてくれるなら、あの二人(?)しかいないと愛は不思議だが、そう確信していたのだ。
愛がそんな事を考えているとは露知らずおじがイライラしながらも、モニターを確認し、怪訝そうにモニター越しに話し掛けた。
「こんな時間に何方です?…当家にどのようなご用意でしょうか?」
その話の内容からも、おじの知り合いでは無いことは確かだった。
『私は、○○と申しましす』
愛には、聞こえてきた声に聞き覚えがあった。
だから、その声の主におかしいと思ったのでは断じて無い。
無いのだが……。
始めにおかしいと感じてたのは、皆の表情。
翡翠さんの声を聞いてからのこの家族はまるで夢の中にいるような、そんなトロンとした目になっていた。
そして次に、おじの行動に違和感を感じた。
『ここを開けてください』
翡翠さんがそう言うと、おじは催眠にでもかけられた様に虚ろな表情のまま言われた通りに、玄関のドアを開けた。
そこに立っていたのは、来て欲しい、でも来る筈がないと半分諦めていた、翡翠さん。
そして開いたドアの隙間からリリスがスッと入ってきたかと思えば、愛の足にすり寄ってきた。
まるでその行動は、もう大丈夫だよ、と言っている様だった。
ヤバい……涙が出そうだ。
自分で思っていた以上にこの空間は愛にとって苦痛だったらしい。
「愛、遅いから迎えに来た。帰るぞ…」
ぶっきらぼうな翡翠の言動。
知らずに聞いたなら、不機嫌以外の何者でも無い。
でも愛にとっては、今まで出逢った誰よりも、優しかった。
「私、そんなに待たせました?」
うっすらと涙で潤った目を知られたくなくて、強がりを言ってしまう。
「俺は待つのが苦手なんだ…」
嫌いではなく、苦手といった翡翠に、どうしようもなく心を救い上げられた。
プイッとそっぽを向いても、嫌じゃない。
それは愛を否定する行動ではない。
「迎えに来て頂いて有り難うございます、今、行きます」
愛が玄関に近づくと愛のボストンバックを黙って受け取って、翡翠は歩きだしてしまった。リリスだけは、黙ってお行儀良く愛の側にいてくれた。
まるでその姿は番犬の様で頼もしい。
愛は最後に未だ朦朧としているおじ家族に、さようなら、と声をかけて翡翠の待つ車に乗ったのだった。
◇◇◇
愛を助手席に乗せた車はゆっくりと住宅街を抜けていく。
荷物は後部座席に置き、膝の上にはリリスが気持ちよさそうに丸くなり眠っている。
愛がその背中をゆっくりと撫でながら、窓に写る見慣れた景色を感情もなく流していた愛に翡翠は話し掛けた。
「……何も聞いてこないんだな」
「何をです?」
「……お前だっておかしいと感じた筈だ」
「私には……今まで暮らしていたあの空間より異質な物は有りませんから。……正直助かったな、と言う感情以外あまり感じませんでした」
勿論愛にも翡翠が何をさして言っているのか位解っていた。
おじたちの表情……あれはどうみても正常ではない。
「……知りたいか?」
「今私が言いたいのは二人に対する感謝だけで、他はどうでも良いです」
「……そうか」
翡翠の表情からは何も読み取れない。
翡翠はそれ以上何も言ってこなかった。
愛も何も聞かなかった。
それが正解か?何て解らないけど、それすらもこの時の愛にはどうでも良かった。
リリスが首を伸ばしたなって思った瞬間何処をどう通ったのか、愛には途中から解らなかったが、いつの間にか車は店の反対側の駐車場に到着し、本来車が収まるべき場所に収まった。
夜で暗いから余計解りづらいだけなのかは解らないが、あの店の入り口と位置からしても、この家は想像が出来ない。
翡翠車から降りて荷物をとると、
「部屋に案内する」と愛に声をかけた。
あくまでも荷物は翡翠が持っている。
こんなところが律儀、見た目とは裏腹にな男である。
2階に上がり、置くに進むと3つほどドアを通り過ぎた。赤いドアと向かいには青いドア。その前で翡翠は立ち止まった。
「赤いドアが愛の部屋。……青が俺の部屋だ」
何と、初めてのちゃんとした部屋はとても可愛いドアが入り口だった。
取手を引き扉を開けると自動で電気がついた。部屋の中は8畳程の広さだろうか?
窓際に木製の机、その上にはチューリップ型の電気スタンド。もうひとつの窓側には可愛らしい天蓋付のベット。
何とも乙女チックな部屋である。
これは一体誰の趣味かしら?…愛には先程の不思議な現象より、こちらの方が余程興味があった。
「……部屋は自分が好きなように替えていい。……詳しい話は明日するから、今日はもう休め」
「……はい、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
まさかおやすみと返答が有るとは思ってなかった。一度も返された事がなかったからだ。
それがこんなにも嬉しいだなんて、愛には初めて知った感情だった。
その夜はちゃっかり入ってきたリリスと一緒にベットで眠りについた。
不思議に何時も見る怖い夢を見なかった。
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