無知ゲーム

電咲響子

無知ゲーム

△▼1△▼


 頭がひどく痛い。しかも前日の記憶がない。

 俺はアルコールも、ドラッグもやってない。


 ふらふらとベッドから抜け出し、テーブルの前の椅子に腰掛ける。


 ああ、夢じゃなかったのか。


 俺はテーブルに置かれた封筒に手を伸ばす。その中身は"夢"で見た内容と同じだ。


『20XX年XX月XX日XX時XX分、指定の場所に来い。来なかったらどうなるか。理解しているはずだ』


 それすら理解できない低能に、こんな異常な手紙を寄こすはずはない。

 一面に絶望がつづられた、狂いに狂った文章を理解できない者には。


△▼2△▼


 痛み続ける頭部をなぜる風は心地よく、しかしこれから向かうに俺の心は疲弊していた。

 おそらく数名だけ生存可能なデスゲーム。

 数百人の参加者のうち、生きて帰れるのは五指に足りるかどうか。


 手紙の内容は、要約すると簡素なものだ。


『このゲームを攻略できた人は、すべての借金を帳消しにいたします』


 事業に失敗し、多額の借金を背負った俺は行かざるを得ない。

 たとえだとわかっていても。


△▼3△▼


 会場には、のっぴきならぬ事情を抱えているであろう人間たちがひしめいていた。

 俺がこれをデスゲームだと判断したのには理由がある。なぜなら、そんなうまい話は存在しないからだ。

 主催者はどこかで帳尻を合わせてくる。


 それは人の死。

 フィクションでさんざん見たが、この類のゲームは安全圏から観ている者に興奮を与える。

 当事者の必死を眺め、誰が生き残るのだろう、などと妄想するのだ。場合によっては多額のカネが動く。


「はい! 皆さんお気づきの通り、これから命を賭けたゲームに参加していただきます!」


 壇上に現れた仮面の男は、この場にいる誰もが知っていることを高らかに宣言した。


「皆さんに抗う余地がないのは、ご自身が最もよく理解していらっしゃるかと。このままゲームに参加せずへ帰ることも可能です。しかしそこで待っているのは地獄です。ならば、わずかな可能性に賭けてみてはどうでしょう。もちろん、賭けるのは皆さんの命ですが」


 よくもまあ、痛いところをえぐるげんをべらべらとしゃべりやがる。

 ここに集められた人間は、ゲームとやらに参加するか、帰って死ぬかの二択しかないはずだ。


「質問。確認しておきたいことがある」

「どうぞ」


 くたびれた壮年の男が手を挙げ、仮面の男に対し質問した。


「ゲームに勝てば本当に借金を帳消しにしてくれるんだろうな? そして万が一負けたときは、ほ、本当に死ぬのか?」

「その通りでございます。我々が約をたがえることは決してありません」


 会場がざわつく。

 俺は内心、そんなの当たり前のことだろう、と毒づいた。


「さて! それではゲームを始めます! 皆さんに参加していただくのは『詐欺ゲーム』でございます!」


△▼4△▼


 ……?

 会場がざわつく。今回は皆と同じ心境だった。


「これから皆さんには、同室になった相手を騙してもらいます。うまく騙せた人が勝者となり、次のステージへ進めます」

「どういうことだ!」


 いかにも、という風貌の男が叫ぶ。


「落ち着いて。詳細はこれから説明いたします。が、口頭ではわかりづらいでしょうから、ディスプレイに表示します」


 仮面の男が手元を操作すると壇上の壁にモニタが出現し、そこには、


ゲームのルール

・複数名ごとに別々の部屋に入っていただきます。

・そこでは簡単な知識が要求されるクイズが出題されます。あなたはそれに答えてください。

・間違えるとゲームオーバー。

・あなたは同室の人間をいかに誤答に導くかをお考えください。

・正解者が出た時点でその部屋は終わりです。

・不適と判断された参加者は処分されます。以上。


 と書かれていた。

 これは。これは想像をはるかに超えるえげつなさだ。詐欺ゲーム。そういうことか……


「処分ってつまり、殺されるってことよね?」

「当然だろ。それ以外に何があるんだよ。……クソッ」


 周囲のとまどう声が耳に入ってくる。

 しかし、それほど混乱している様子でもない。それもそのはず。自身のは、今現在以上に悲惨な状態なのだから。


「それでは、ゲームスタート!」


△▼5△▼


 見渡す限り、部屋、部屋、部屋。俺たちはその無機質な空間で待機させられていた。


「ただ今、コンピュータがランダムに選んだ組み合わせが出ました。結果はディスプレイに映しますので、各々自分の部屋にお入りください」


 あの仮面の男の声が響き渡る。

 画面に映されたのは、参加者の本名と入室すべき部屋番号。同姓同名はいない。

 ぞろぞろと人が動き始め、それぞれ指示された部屋に入って行った。


 俺は指示通り、部屋番号E-02に入った。


「お? なんだこりゃ。殺風景極まりねえ」


 最初に入ったであろう男が言う。その意見には賛成だ。


「確かに。真っ白な空間に液晶画面がひとつ。先ほど私たちが居た空間と大差ありませんね」


 俺より後に入ってきた女が言う。その意見にも賛成だ。


「で。これでこの部屋は全員そろったのか?」


 俺が言う。アウトロー風の男、お嬢様っぽい女、学生らしき少年、そして俺。合計四人。


「多分な。入室間隔を考慮してもこのE-02はこの四人で」


 一瞬の間のあと、


「殺し合う、のか?」


 部屋の空気が張り詰めた。


△▼6△▼


 目の前には回答用のマイクと、それに連動するであろうスイッチ。


「な、なあ。提案があるんだけどよ」


 アウトロー風の男が言う。


「全員で正解しないか? 説明聞いてただろ? 簡単な知識が要求されるクイズ、って」

「……それは逆の解釈も可能だ」


 今まで押し黙っていた少年が突然口を開いた。


「なんだてめえ!?」

「そこまでそこまで。仲違いしてもしょうがないでしょ」


 女が割って入る。

 ……?

 俺は強烈な違和感を覚えた。


「ふん。まあいいさ。どんなクイズが出るのか楽しみだぜ」


 ――ピコン。


 現状とは不釣合いな間抜けな音が鳴り、クイズが表示された。


江戸幕府初代将軍の名前を答えよ。


△▼7△▼


 即座に少年が答えた。


「徳川家康」


 ……終わった。


「と、徳川家康!」

「徳川家康!」


 彼に続いて答えを連呼するも無駄だろう。ルールで述べられていた条件は"正解者が出た時点でその部屋は終わりです"。

 すなわち最初の正答者が出た時点でこの部屋のゲームは終わったのだ。


 俺は運命を受け入れることにした。


「……徳川家光」


 人生最期に会心の誤答。せめて笑ってくれ。俺はうつむき、処刑を待った。


△▼8△▼


 どこからともなく飛来した刃が首をねる。

 自分以外の三人の首が切断され、足元に転がってきた。


「おめでとうございます! あなたは第一ゲームの勝者となりました!」


 ……?


「それでは第二ゲームへご招待いたします」


 壁が開いた。……なんだ、これ。

 鮮血に染まった床を呆然と見ながら、俺は鈍磨どんました頭をフル回転させる。


 まず、最初に少年の首が飛んだ。次に異端系の男の首が。最後にお嬢様の首が吹き飛び、三人の生首が俺の足元に転がってきた。


 最大にして唯一の疑問は、そう。

「なんで俺が生きてるんだ」


 思わず声に出していたのか、どこからか聞こえるは疑問に答えることはなく、俺に行動を促した。


「見ての通り、E-02での勝者はあなたです。さあ、次の部屋へ」


△▼9△▼


「B-04へようこそ。ここでも前回同様、簡単な質問に答えていただきます」


 今現在、この部屋には俺を含め七名の憔悴しょうすいしきった人間たちがたたずんでいた。

 内訳は男五人、女二人。誰も彼もが目を虚ろにおびえきっている。


「それでは第二ゲーム開始!」


 パッ、と画面にが表示された。

 が。

 それに反応する者はいない。


「馬鹿野郎! これに答えないと死んじまうんだぞ!」


 そんななか、体格の良い人物が発破をかけた。自分自身への鼓舞こぶもあったのかもしれない。


「俺は答えるぜ。1、3、7!」


 画面に表示されていた問題文は、


素数を三つ言え。


 ……。ああ、そうか。そうなんだな、このゲームは。


「あれ? 1は素数でしたっけ?」


 俺はつい口に出した。無意識のうちか、それとも――


「あ、悪い。訂正する。訂正してもいいよな?」

「問題ありません。こちらが判断を下す前は自由に変更できます」

「じゃあ訂正だ。素数は2、3、7。これでどうだ」

「私も同じです」

「私も」

「僕は2、3、5です」

「素数ならなんでもいいんだろ? 11、17、23だ」


 同室者は次々と"正解"を言う。だが、このゲームは……


「俺は4、8、12」


 全員がぎょっとして俺を見る。


「変更はない。4、8、12」

「それでは回答を締め切ります。今回生き残ったのは」


△▼10△▼


 くず折れた俺の身体からだの周囲を、粉々に砕け散った肉片が彩っていた。


「おめでとうございます! あなたは第二ゲームの勝者となりました!」


 飛び散った血液が俺についてないのも演出のうちだろうか。


「なお、無回答はと判定いたします。無回答者が出たのは今回が初です」


 ……。何をごちゃごちゃと。


「早く次の部屋へ行かせろよ。もう満足だろ? なあ?」

「それでは第三ゲームへご招待いたします」


 壁が開いた。


「B-04での勝者はあなたです。さあ、次の部屋へ」


△▼11△▼


 四人か。最初の思考は人数計算。吐きそうだ。

 俺の心はすっかり汚染されたのかもしれない。


「……みんなわかってるよな? これがどういうゲームなのか」


 口火を切ったのは高級スーツに身を包んだ、いかにもやり手といった出で立ちの男だ。


「ああ。……ここは地獄だよ」

「知らずにここまで来れる?」


 俺は返答に迷った。これは相手を騙すゲームだ。正直に答えてもいいのだろうか。

 数秒の思考の末、俺は正直に答えた。


「もちろん。わかってないならとっくに死んでるさ」

「よし。ならば最後の騙し合いをしようじゃないか。当初の人数と部屋数を考えて、これが最後で間違いない」


 彼の計算は正しい。当初の参加者は現在、ほぼ残っていまい。


「F-13へようこそ。ここでも前回同様、簡単な質問に答えていただきます」


 聞き飽きた声が無機質な部屋にこだまする。


「それでは第三ゲーム開始!」


 パッ、と画面に問題が表示された。


イスカリオテのユダは何番目の使徒でしょう?


 ……は?


「質問される前に言っておきます。全員なら全員処分されます」


 なんだこの問題は。今までと毛色が全然違うじゃないか。


「俺は十三番目だと思うぜ」


 やはり最初に言葉を発したのはあの男だ。


「わ、私もそう思います……」

「いいや、違うね。僕は十二番目だと思う」


 俺は答えを知っている。だが。


「正直、俺はそれ系の知識は持ってないんでね。知らんよそんなもん」

「はっ。嘘つけ。知ってるだろう?」


 次の瞬間、スーツの男が苦言を呈してきた。

 ここが運命の分岐点。さあ、どうする……?


△▼12△▼


「すまん。わざと嘘をついた。だが、このゲームの性質上、これぐらいは」

「おいおい、無回答は無条件で」

「死ぬ。嫌ってほどわかってる」


 どうせ死ぬならもろとも、などとは考えない。それは外道の思考だ。誰かが生き残る最適解を探っての返答だった。


「もはや誰もがゲームの本質に気づいている。嘘を言うメリットはどこにもない。誰かに生き残って欲しかった。これは本心だ」

「……嘘よ」

「うん、嘘だね」


 他のふたりが非難するなか、


「いや。俺は彼を信じる」


 スーツの彼が言い放った。


「自分を犠牲にしてまで俺らの誰かを救おうとする気概。認めるよ」

「ありがとう。……それで、結論は?」

「十三番目だ」


 彼は力強く他の二人に対して圧力をかけた。


「そうね。そうだわ、きっと」

「彼と同じ。僕も知ってる。だからあんたの提案に乗るよ」


 彼、とは俺のことだろうか。


「どうやら意見がまとまったようですね。それではお答えください」


△▼13△▼


「十三番!」

「十四番!」

「十五番!」


 …………。


「十二番」


 静寂が部屋を覆う。

 数秒後、仮面の男の声がそれを切り裂いた。


「ピンポーン! 大正解! ユダはイエスキリストの十二番目の使徒でした!」


 そういう。そういうゲームなんだよな、これ。


「え…… 嘘……」

「は? どういう」


 以外の二人は動揺している。が。

 スーツの男は眼鏡を外し、微笑んで言った。


「おめでとう。きみは立派な詐欺師だ。そして、有能な無知だ」


 おそらく褒められているのだろう。

 俺は最後の最後で騙した。そしてそれは彼以外の二人であって、


「さようなら」


 彼は理解していた。このゲームのすべてを。


△▼14△▼


「おめでとう! 五百八十人のうち、生き残ったのはきみたち三人のみ!」


 仮面の男が大仰な仕草とともに賛辞を述べた。

 罠だと知っていても参加せざるを得なかった、命を賭けると知っていても参加せざるを得なかった人間たちのの上に俺たちは立っている。


「…………」

「…………」

「…………」


 生き残りは誰も言葉を発することはなかった。


△▼15△▼


 日常に戻った俺は、口座の確認すらしなかった。奴らの約束は絶対のはず。

 従業員たちに、借金は問題なく返済された、と告げた。

 だが。もう俺には人の上に立つ資格はない。幸い、家族もいない。


 近所の公園に適当な木がある。


<了>

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無知ゲーム 電咲響子 @kyokodenzaki

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