第31話 魔王討伐隊発足

 


「レオンハルト殿下、失礼します」


 部屋に入って来たのは厳格そうな中年の男性だ。

 彼は上座に座るレオンハルトに敬礼をした後、真っ直ぐにクローディアを見据える。

 クローディアはどこかでこの声を聞いたことがある、と思った。


「クローディア、君に話したいことがある。……と、その前に自己紹介だな。俺は金剛騎士団団長と白金騎士団団長をやっている金騎士のスジンだ、以後よろしく頼む!」

「よ、よろしくお願いします」


 重苦しい表情から一変、軽快な笑いと共に自己紹介をした男性。

 やっぱり、とクローディアは表情には出さずに思った。

 聞いたことがあると思っていたら、ハクアと通信で話していた人の声だ。

 その時もハクアは金騎士と話していたので目の前の人と同一人物だろう。


「それで、だな。君をここに呼んだ理由だが……。レオンハルト殿下にも今ここで御報告します」

「はい、構いません」


 その返事で、スジンの雰囲気が一変して張り詰める。


「隣国の紅華皇国皇女が魔王軍に攫われた」


 金騎士スジンは唐突にそう告げ、そこから説明を始めた。

 そこから語るスジンの話は、クローディアが理解するのが大変なものであった。

 この世界に蔓延る魔族と魔物を統べる存在、魔王が復活し、紅華皇国皇女を攫ったと紅華皇国から使者がやって来た。

 この報を受けたルミッドガード王国は、過去に五度起きた人魔戦争が起こることを予期。

 騎士団の戦力を整え、ギルドや各国と連携をとり、魔王軍との戦争に備えることを決定する。

 そして魔族や魔物の大軍と戦う騎士団とは別ルートで魔王と直接戦うパーティーが選出されたという。


「そのメンバーにクローディア、君がいる」

「……」


 その魔王討伐パーティーに自分が入っているのだ、とクローディアは話を聞いている途中で既に気がついていた。

 そうでなければここに呼ばれ、説明される理由がない。


「正確にはここに集まってもらった三人とハクアだ。君たちにはこれから各国に向かってもらう」

「ま、待ってください。それは、決定事項なのでしょうか」


 手も声も震え、頭が真っ白になる中、なんとか言葉を絞り出す。

 クローディアが事前に説明されていたのはレオンハルトの護衛だ、魔王と戦うことではない。


「申し訳ないが、決定事項だ。君には我が国のため、いや、世界の為に戦ってもらう」

「そんな、の、私には」

「この国にはもう君にしか頼む相手がいない。……説明しよう。過去に五度、魔王と人族が戦争を行なった。その全ての戦争で魔王を打ち破ったのは氷竜の力を持つ者と召喚士だった」


 ーーー召喚士。

 ここでもまた、召喚士であることが理由だと言われる。


「魔王は召喚士が喚べる聖火神の炎によってのみ、深い眠りにつくほどのダメージを負わせることが出来る」


 故に、召喚士が討伐メンバーに入るのは必然なのだとスジンは言う。

 それでも何故自分なのか、という疑問もあるがそれに答えるようにスジンが続ける。


「ルミッドガード王国には君以外に召喚士はいない。君がやらなければ魔王領に近いこの国の者は多く死ぬだろう。君抜きで出発することになる討伐隊は最初に犠牲になる」

「……」


 最初に犠牲になる討伐隊とは、この場にいるレオンハルト、シノノメだけではない。

 クローディアをたくさん助けてくれたハクアもだ。

 正直、この国の人が犠牲になる、なんて言われてもピンとこない。

 この世界にきたのは本当に少し前で、関わったのだってほんのひと握りの人数だ。

 クローディアは、会ったこともない人々を守るために命を懸けて欲しい、なんて言われても承諾しない人間である。

 だが、それは逆に助けて貰った恩のある相手や情を抱いた相手の場合は違うということだった。


(私が行かないと拒絶すれば真っ先に犠牲になるのはレオンハルト殿下やシノノメさん、そしてハクアさん)


 無論、拒絶したところで行かなくていいというわけにはならないだろう。

 心構えもないまま、戦場に出されるだけだ。

 そして何より、拒絶したところでクローディアには行くあても頼りになる者もいない。

 クローディアはこの世界に来たばかりで、独りきりなのだ。

 クローディアを助けてくれたのはハクアで、そのハクアは国の意向で動いていた。

 ここから逃げても、クローディアにはどうしようもない。


(そう、頷くしかない)


 元々頷くしかクローディアには選択肢がなかった。

 これはただの形式的なもののはず。

 それなのに、目の前の人は硬い表情でクローディアに頭を下げた。


「すまない」


 その声には本当に謝罪の意味が感じられた。

 彼は心の底から謝罪し、頭を下げているのだ。


「頭を下げるのはスジンだけではありません。私も薄々気づいていましたので。クローディアさん、ルミッドガード王国第一王子としてお願いします、私たちと共に戦ってください」


 レオンハルトがクローディアの前で腰を折り、頭を下げる。

 その行動に、混乱していたクローディアでさえも状況を理解し、悲鳴に近い声を上げる。


「お二人共、頭を上げてください!」


 一人は王族で、一人は国の騎士のトップだ。

 その二人がただの娘に頭を下げていることは正常ではない。


「私は、はい、としか言いませんから……」


 消えるようなクローディアの声に、二人が頭を上げる。

 だが、二人とも申し訳ないという表情は消えていない。

 だからこそ、クローディアは強制感だけではないのだと伝えたくなった。


「この世界に来て、この国の人に親切にして貰ったんです。怖いけど、その人たちの為に頑張ります」


 クローディアは自分が戦う理由を話す。

 何故、どうして、怖い。

 そんな気持ちは残ったままだが、それらを上手く飲み込む。

 言葉にしては駄目だ、崩れてしまう。

 クローディアはそう自分を理解していた。

 だから必死に、自分が会った人たちを思い浮かべる。

 フィン、イマリ、マリア、門兵、ボードン、シノノメ、レオンハルト、ハクア。

 どの人たちも死んで欲しくない人たちだ。

 その人たちを死なせないように頑張ろう。


「すまない、ありがとう」

「私からも、ありがとうございます、クローディアさん」


 話がまとまった丁度その時、見計らっていたのだろう、三人以外の声が割り込んだ。


「で、話はついたか?」

 

 言葉を投げかけたのはシノノメであった。

 先程まで閉じられていた瞼が上がり、紫がかった黒の瞳が促すようにスジンに向けられた。

 スジンが頷き、立ち上がっていたレオンハルトに座るように勧める。

 レオンハルトが先程と同じ場所に腰掛けたところで、スジンが言葉を発する。


「クローディアが同意してくれたこの時をもって、蒼騎士ハクア、聖治癒魔法士レオンハルト、ギルドマスターシノノメ、召喚士クローディアによる四人の魔王討伐隊が発足した。四人にはこれからの旅路について説明しよう」


 スジンは扉の外で控えていた金剛騎士に声を掛け、資料を持って来させる。

 スジンは資料を受け取り、テーブルに世界地図を広げた。

 ハクアが見せてくれるということだったが、色々あって流れてしまったため、クローディアにとっては初めて見る世界地図だ。

 しかしクローディアは文字が読めないため、文字通り眺めるだけなのだが。

 スジンが大陸の中央を指差し、ここが我が国と言った。


「聖火神スルトを召喚するため、七大国にある聖魔石にクローディアが触れ、特殊な魔力を受け取ってもらいたい。全ての聖魔石から魔力を受け取り次第、魔王領に向かってもらう」


 つまり、レオンハルトの護衛の時と同様で、各国を巡ることになる。

 巡った後に魔王領に侵入し、魔王と戦うというわけだ。


「討伐隊は召喚士クローディアを守りつつ、各国を巡ることを最優先とし、動いて欲しい」


 各国を巡り、聖魔石の恩恵を受ける受け手が脱落しては意味の無い旅路である。

 となると、魔王と戦う最終目的以外は、召喚士の護衛にあたるという認識でよいということだ。


「なるほど、ついでに私の巡礼を済ませる、というわけですね」


 各国を巡る、という点てレオンハルトが気づく。


「ついでというのは些か無礼ですが、概ねそういうことでしょう」


 ついで扱いされていることに気に障った様子もなく、レオンハルトは合理的だと微笑んでいる。


「なお、ここでのことはまだひと握りしか知らないため、機密事項扱いとなる。明日の正午、国王陛下から正式に発表があるまで情報が漏れないように充分気を付けてほしい」


 話を聞いていた三人がそれぞれ頷くのを確認し、スジンは続ける。


「出発は明後日の朝七時。明日は大聖堂に行ってもらい、聖魔石に触れてもらう。その後、旅の支度をお願いしたい」


 大聖堂の聖魔石については、すぐに申請し、明日触れるように手配してくれるとのこと。


「それで用が終わりなら俺は帰る。この国の大聖堂を訪れた後、出発する時に使いを出してくれ。それでいいな、スジン殿」


 じっと聞いていたシノノメが立ち上がり、言う。

 その表情はどこか具合が悪そうにも見える。


「あぁ、構わん」

「じゃ、俺はこれで。またなクローディア、レオンハルト殿下」


 ひらりと手を振ると、足早にシノノメが退出していく。

 その姿に、前回会った時とは随分性格が違うようにも見えた。


(どこか、具合でも悪かった?)


 思えば入室してきて即寝ているし、説明を受けている時でさえ黙っていた。

 結果的に、彼が話したのは最初と最後だけである。

 初対面の時や、ギルドで会った時は気さくな感じだったし、コミニュケーションが苦手というわけでもなさそうだった。

 だとしたら、やはり調子が悪かったのだろう。

 ならば気遣う言葉くらいかけるべきだった、とクローディアは反省する。

 これから共に旅する相手なのだし、関係は良好な方がいい。


「クローディア、君も宿に帰っていい。気持ちの整理もつけたいだろう。明日、使いを出す」

「……はい。そうします」


 スジンに退出の許可を貰ったので、クローディアも宿に帰ることにする。


「クローディアさん、また明日」

「はい、レオンハルト殿下。スジンさん……も」


 どう呼ぶべきか、少し迷ったが無難な『さん』付けにした。

 スジンはぎこちない笑みを浮かべ、クローディアを見送ってくれる。

 レオンハルトは笑顔で手を振ってくれた。

 クローディアが部屋を出ると、金剛騎士によって外まで案内され、迷うことなく城を出ることができた。

 宿までの帰り道を金剛騎士に教えてもらい、帰路に着く。

 城を出て宿への道を歩く途中、七騎士の会議は終わったのだろうか、とクローディアはふと思う。


(少しだけ、ほんの少しだけハクアさんに会いたかったな)


 この世界に来てから共に過ごした時間が一番多い相手だからそう思うのか、クローディアはハクアが今どうしているだろうかが気にかかった。

 会議は終わっているだろうし、今頃は自宅か蒼玉騎士団詰所か、はたまた別の場所か。

 もしかしたらまだ王城に留まっているのかもしれない。

 どちらにせよ、こちらから会いに行くことは難しいし、相手から会いに来ることもないだろう。


「きゅ?」

「あ、ソールおはよう」


 今の今までぐっすり眠っていたソールが目覚め、鞄から顔を出した。

 寝惚け眼だが、主人の表情が暗い事にすぐに気がついたらしい。

 気遣うかのようにクローディアの手に頬を擦り寄せてくる。


「大丈夫だよ、ありがとう。さっ、宿に帰ろ」


 ソールを抱き上げ、その小さな存在に頬を寄せる。

 ソールは起きたばかりということもあって、とても温かい。

 ここに誰かがいてくれるだけでよかった。

 そう感じながら、クローディアは帰路につくのであった。



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最弱召喚士、魔王を倒して運命をみつける物語 はちみつ飴 @kikyo3272

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