第30話 七騎士秘話
「え」
ここでこの話は終わり、次の話題に移るのかと思っていたが、レオンハルトはまだ続ける心積りらしい。
止める間もなく、七騎士の話を始める。
最初はクローディアも、聞いてもいいことなのか戸惑いつつも耳を傾けていたが、その内容に途中からついつい聞き入ってしまっていた。
話を簡潔にまとめると次になる。
金騎士スジンの女癖の悪さ、銀騎士ホウトクの親馬鹿、紅騎士レンの武勇伝、黒騎士アオイの連日徹夜記録、白騎士フィリアの不器用さ故の大事故、翠騎士シスイの実験失敗談。
どの話も、クローディアが会ったことのない六人を身近に感じるには十分すぎるほど人間味溢れたものであった。
特に紅騎士レンの武勇伝に関しては、クローディアの知らない世界が盛り沢山で、素直に凄いと口から感想が出たほどだった。
レオンハルトはレオンハルトで、その内容をぼかしてはいるが、分かっていてぼかしているのか、ただ聞いたことを話しているのかわからない。
「そして蒼騎士ハクアですね。ハクアは、そうですね……。秘蔵という程でもないのですが、彼の偉業を少しお話しましょう」
「偉業、ですか?」
どうやら、ハクアの話は失敗談の類ではないらしい。
他人から聞くことが失敗談ではなくて少しだけほっとした。
「クローディアさんはハクア以外が戦っているのを見たことはありますか?」
唐突な質問だが、クローディアはすぐに答える。
「えっと、シノノメさんなら一度だけ。魔族から守っていただきました」
こちらに来て、この世界の超人的な戦闘を初めて見たのはシノノメだった。
今思い返しても、凄いものを見たのだと思う。
「シノノメ殿ですね、彼も相当な実力者と聞きます。僕は彼の力を知らないのですが、そうですね……彼の五十分の一が一般騎士の戦闘力としてください」
「は、はい」
つまり、シノノメに一人で倒してもらった魔族を一般騎士五十人がかりで倒すということだろう。
(うーん、なんとなくイメージできたような)
「この世界には魔族が多く生息しています」
「え? あ、はい」
突然の話題変更に、一瞬頭がついていかなかったが、とりあえず返事だけはする。
「魔族は一般的に身体能力が高く、知能の高い存在を定義します。知能の低い存在は魔物と認定しますが、基本的な戦闘能力が魔族に劣っているわけではありません」
魔族と魔物の区別を大まかに伝えられる。
クローディアはコクコク、と繰り返し頷く。
「つまり大型の魔物を倒すことは、魔族を倒すこととほとんど難易度が変わりません」
知能が高く身体能力の高い魔族と、知能は低いが身体能力が高く、大型の魔物。
両者の差異は知能だけではなく、体の大きさによる身体能力の違いもあるということだ。
「我々人族からみれば、超人的な身体能力を有する存在が巨大であることは脅威でしかありません。加えて、そういった魔物は魔族より個体数が多いのです。王国内では毎週のように出没し、騎士団が派遣されています」
彼のようなギルドが討伐に向かうこともありますが、とレオンハルトはシノノメに視線をやる。
クローディアがつられて隣に視線を向けるも、彼は目を閉じて静かに仮眠をとっている。
「その大型の魔物を一般騎士五十人ほどで討伐することができます。勿論、多少の犠牲は出て、といった具合ですが」
「五十人」
五十人で討伐に向かい、多少の犠牲が出る。
なるほど、大型の魔物の強さをイメージできてきた。
「その大型の魔物を、ハクアは十三歳の時に一人で討伐したそうです」
「なるほど、一人で……えっ!?」
話が耳に入ってきて、脳に到達して意味を理解するまでに少しの時間を要してしまった。
十三歳。
それはクローディアにとっても、驚きを隠せない年齢であった。
(十三歳って、まだ小学校を卒業したばかりじゃない)
部活や勉強などで、親の手から離れる時間も増え、大人ぶりたい年頃だ。
「その頃、ハクアの故郷周辺で大型の魔物が出没するようになったのです。それまでは穏やかな地域だったので、騎士団やギルドの対応が間に合いませんでした」
ハクアの故郷はエルフの国アールヴァナ王国国境付近にある小さな村だという。
「必然的にその周辺の村で結成された自衛団と小さな砦の騎士だけで対応せざるを得なくなります。彼らだけでは大型の魔物を倒すのは絶望的でしたが、戦わなければ周辺の村が襲われ、壊滅させられてしまう。クローディアさんなら、どうしますか?」
「私、ですか」
クローディアはレオンハルトに尋ねられ、沈黙する。
今の自分なら、召喚獣がいるので、彼らと足止めができないか、考えるかもしれない。
だが何も持たない自分だけでどうする、と問われていたら。
「私はきっと何もできません。誰かがやってくれると、自分では無理だと、閉じこもって誰かに祈ると、思い、ます」
そう答えるしかできない自分に嫌悪しかなかった。
身を呈して戦うとか、戦う人たちの支援に回るといった答えすら口にできなかったのだ。
何故なら、自分はそのような危機的状態に真正面からぶつかったことがない。
元の世界では、死が身近にある人生であったが、今は違う。
健康になった状態で、それでいてなお非力な状態で、切迫した状況で考えてしまうのは自己保身だ。
情けない、と自分への失望と恥ずかしさから目線が手元に落ちる。
「それでいいのです」
視線を落としたクローディアに返ってきたのは肯定であった。
自分が一番大事で、他人の助けを求める情けない人間でいいのだとレオンハルトは肯定した。
「貴女の世界は安寧が約束されていたのでしょう。そこで生きていた貴女が己を恥じる必要はありません」
彼の言葉には全てを赦し、受け入れるような穏やかさがあった。
その言葉に、落ちていた視線が上がり、クローディアを真っ直ぐに見ていた瞳と交わる。
彼の目には失望も憐れみもなかった。
ただただ穏やかに、クローディアを見ていた。
「そのような人々を守る為に、ハクアのような人が武器を手に、立ち上がるのです」
「ハクア、さんのような」
「はい。ハクアは故郷を守るために一人で大型の魔物に立ち向かいました。一人で行ったのは、一人で十分だと既にわかっていたからだそうです」
レオンハルトは当時のことをハクア本人から聞いたのだという。
一人でも勝てるのに、己の保身だけで他人を連れて行って犠牲にすることはできない、と一人で立ち向かったそうだ。
勿論、戦闘慣れしていなかったハクアは傷を負ったそうだが、自然治癒で治る程度であったという。
「凄いのか、悲しいのかちょっとわからないです」
「悲しい、ですか?」
クローディアは目を閉じ、自分が今抱いた感情がなんなのか、理解しようとする。
ハクアは力があったから、守るために一人で立ち向かったという。
それも、何度も戦いを経験して自分の力を把握した今の彼ではなく、まともに戦ったことのなかった子供が。
そのことに、言いようのない感情が自分の底から湧き上がってくる。
「死んでしまうかもしれない中、自分しかいなくて、戦わなきゃ皆死んでしまうなんて、そんなの」
悲しみではない。
哀れみでもない。
どうしようもないことに立ち向かわなくてはいけない理不尽さがとても嫌だった。
上手く言葉にできないクローディアであったが、レオンハルトは上手く汲み取ってくれる。
「それでも、ハクアはそれを後悔していないと思います。結果的に故郷を守れましたし、それに……」
「それに……?」
「彼はもう一人ではありません。同じ騎士団の仲間がいますし、今は貴女もいます」
にっこりとレオンハルトが微笑む。
しかし、クローディアの表情は晴れない。
「私、は力になれるか……」
今同じことが起こっても、力になれることなど皆無だろう。
むしろ、邪魔になってしまうかもしれない。
「今は微力かもしれません。けれども、これからはわかりません」
ね、とレオンハルトが念を押す。
クローディアは自分の手元に視線を落とし、目を閉じる。
今は無理かもしれない、けれどこれから先の未来なら。
たくさん助けてくれた彼の力になれるかもしれない。
「ありがとうございます、レオンハルト殿下」
一つ、目標ができた。
クローディアが力をつけていく上で必要になる理由が持てた。
「御礼を言われることではありません。それは貴女の中に既にあった答えでしょうから。重たい話をするのが目的ではなかったのですが」
困ったように笑うレオンハルト。
確かに、いつの間にか七騎士の秘蔵話からクローディアの話になっていた。
「ほんとに、そうですね」
お互いに自然と笑みが零れる。
さて、次はどんな話をしようか、と考える前に扉が叩かれる。
誰だろう、と内心首を傾げるクローディアはこの時、既に何故ここにいるのかを忘れてしまっていた。
レオンハルトの侍従が素早く扉を開けた。
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