第29話 再会

 


 七騎士会議が行われている間、クローディアは通された部屋にてレオンハルトと待機していた。

 テーブルには高級茶と茶菓子がセットされ、一見するとただのお茶会に見える。

 だが、二人の間には会話はなく、クローディアだけでなくレオンハルトもまた何か思案するようにぼーっとしていた。

 どれくらいこの状態であっただろうか。

 数十分にも感じられたし、数分にも感じられた。

 突如、部屋の扉が数回ノックされる。

 レオンハルトの侍従が主君の目配せを受け、扉を開けると二人の男性が入ってきた。

 一人は金剛騎士、もう一人はクローディアの知っている人物であった。


(シノノメさん、だ)


 赤みがかった長い黒髪を一つに束ね、長めの前髪からは切れ長の瞳がのぞいている。

 均整のとれた肉体の腰には、初めて会った時と同じようにゴツい銃の収められたホルスターが装着されている。


「御前失礼致します、レオンハルト殿下。白火の断罪ギルドマスターのシノノメ殿をここにお連れするようにと金騎士から命じられました」

「わかりました、ではそのように」

「はっ。失礼致します」


 金剛騎士は敬礼をとった後、速やかに退出する。

 残されたのはクローディア、レオンハルト、シノノメ、レオンハルトの侍従の四人だ。

 侍従は会話に参加せず、数に入れないので実質三人だけである。

 シノノメは金剛騎士が退出した後、クローディアが座っているソファに音を立てて座る。

 このソファは三人は座れる長さなので、同じソファに座ったといっても、一人分のスペースが空いてはいる。


(む、無言……!)


 シノノメは姿を現してから一言も喋っていない。

 何やら考え込むように難しい顔をして座っているだけだ。


(この三人がここに集められたのはなんでなんだろう)


 見習い中の見習い召喚士のクローディア。

 ルミッドガード王国第一王子レオンハルト。

 白火の断罪ギルドマスターのシノノメ。

 レオンハルトとクローディアだけなら、巡礼についての話がなされるのだろう。

 だが、ギルドマスターであるシノノメが案内されてきた。

 巡礼のメンバーにギルドマスターがいるのは些か奇妙だ。

 というのも、ギルドマスターが所属するギルド連盟は、七大国とは別の組織であると聞いている。

 大国とは独立した関係であると聞くし、幾らレオンハルトの巡礼であるにしても、同行してくれるとは考えにくい。

 ますます、何故ここにいるのか不明である。

 クローディアが横目でじっと見ていると、視線に気がついたシノノメが視線をこちらに向ける。

 彼が部屋に入ってきて初めて、クローディアとシノノメの視線が交わった。

 そこで初めて、シノノメはクローディアに気がついたようだった。


「あー、クローディアだな。……確か、召喚士だったっけか。なるほど、この国の召喚士に選ばれたのか」

「え、はい?」


 シノノメの言葉にはどこか違和感があった。

 クローディアは何が引っかかったのか、暫しの間彼の言葉を思い返す。


(そうか、この国の召喚士に選ばれた、が変なんだ)


 シノノメの言葉が、召喚士だったのか、ならまだわかる。

 だが、彼はクローディアのことを召喚士であると既に知っているので、この言葉にならない。

 引っかかったのはこの国の召喚士に選ばれた、という点だ。

 それはまるで、国の召喚士という専用の枠の中にクローディアが選ばれたといった表現の仕方だった。

 話に聞いた限りでは、前回の巡礼には召喚士は同行していない。

 だから、巡礼の護衛に召喚士が必要なわけではないだろう。

 ならば何故、彼はこの国の召喚士に選ばれたと言ったのだろうか。

 クローディアが考え込む様子に、シノノメは察したらしい。

 チラリと正面に座るレオンハルトにも視線を寄越し、彼は浅く息をひとつ吐いた。


「この中ではまだ俺しか知らされていないわけだ」


 それは心底面倒くさそうな、何も知らない二人に同情するような、そんな感情が込められているようにも聞こえる。


「シノノメさんは何か知っていらっしゃるんですか」


 クローディアは思わず、シノノメにそう問いかけていた。


「まぁな。じゃないとこんなとこまで来ないな」


 こんなとこ、とは王城のことだろうか。

 ギルド連盟とルミッドガード王国の仲は良好であると聞いていたが、頻繁に王城を行き来するほどの交流があるわけではないらしい。


「俺から話すことでもないだろ。少し寝る」

「え」


 そう言うやいなや、シノノメは腕を組んで目を閉じ、それっきり沈黙した。

 恐らく、浅い眠りに入ったのだと思われる。

 いくら何でも眠りに入るのが早すぎるとは思ったが、起きて自分たちにその何かを話すとは思えない。

 クローディアはレオンハルトを窺い見るも、彼も同じように困惑していた。


「何か気の紛れる話でもしましょうか」


 少しの沈黙の後、レオンハルトが気を遣って申し出る。

 クローディアもまた、長い沈黙に気疲れしつつあったため、その申し出を受けることにする。

 そして、今行われている七騎士会議に参加している七騎士について教えてもらうことにした。


「あの、では、今の七騎士について教えてもらってもいいですか。私、まだハクアさんにしかお会いしたことなくて」


 恥ずかしながら、重大な会議をしている人物を一人しか知らないのだ。

 ここに呼ばれていることを考えると、自分は全く無関係ではないというのに。


「そうですね、では彼らのちょっとした話でもしましょうか」


 レオンハルトは待っている時間の話題に丁度いいと同感してくれたらしい。


「まずは金騎士からお話しましょう。金騎士スジン・コウヅキ、彼はその立場も相まって厳しい方だといわれますが、基本的に奔放な方です。物事の先を見て、今しかできないことをするタイプですね。

 次に銀騎士ホウトク・ササノキ、彼は奔放なスジンと正反対の規律正しい方です。騎士団全体の財政や物資の管理を行うくらい几帳面ですよ。実はこの二人、同じ村の出身なんです」

「そうなんですか?」


 七騎士のように高い地位にいる人は、なんとなく貴族出身なのかと勝手に思い込んでいた。

 実質のトップ二人が村出身なのは驚いた。


「ええ。訪れたことがありますが、喧騒とは無縁の、とても穏やかな村です」


 同じ村出身の二人は、競い合って騎士を目指したのだろうか。

 きっと正反対なお互いを認めつつ、切磋琢磨したのだろう、と勝手に想像してしまう。


「次は紅騎士レン、彼女はとても可愛らしい女性で、とても頭がよく、周囲の変化に敏感です。あとは宝石がお好きで、スジンとホウトクから貰っているところをよく見かけます」

「え、金騎士と銀騎士から、ですか?」


 金銀どちらも女の人に貢ぐタイプには思わなかったのだが、意外と入れ込むのだろうか。

 クローディアが思わず聞き返したのだが、レオンハルトはにこにこ笑顔だ。


「はい、そうです。とても仲が良いのでしょうね」


 レオンハルトは三人の関係を素直にとっているらしい。


(ここは深く掘り下げない方がよさそう)


「続けますね。黒騎士アオイ・クォーツ。彼は甘い物に精通してまして、色々な場所の御菓子をお土産として持って来てくださいます。とても穏やかで、優しい方ですよ」


 黒騎士アオイは穏やかで優しい人らしい。

 お菓子をお土産に持ってくるということなので、レオンハルトとの交流もあるのだろう。


「次に白騎士フィリア・リフレイン。彼女は御淑やかな女性です。とても仲間想いで、王国中を飛び回って魔族討伐をしてくださっています」


 七騎士内での二人目の女性だ。

 騎士団を守るため、魔族討伐に力を入れて活動しているとのこと。

 同じ女性なのにあの魔族を倒してるなんて凄いな、と驚く。


「翠騎士シスイ・シルヴァーナイン。彼は魔法の扱いだけでなく、魔法研究にも大きく貢献している研究者です。冗談が面白い方ですよ」


 レオンハルトの紹介から、クローディアの中で、軽口を叩きつつも、一方で真面目に仕事をこなす男性像が出来上がる。

 明るくて気さくな人なのだろう、と勝手に想像してしまう。

 しかし、レオンハルトのいうシスイの冗談とは自虐のことを指しているため、実際は真逆であるが。


「最後に蒼騎士ハクア。御存知の通り、王国最強と謳われる騎士ですね。人見知りで言葉数少ないですが、とても優しい方ですよ」


 蒼騎士ハクア。

 人見知りに加えて女性が苦手だと言葉数少なくなるのも仕方ないのかもしれない。

 しかし、あの見た目は人目を惹き付けてしまうので、否が応でも女性は集まる。

 ハクアの苦労を思って、少し同情するクローディアであった。


「これで全員紹介し終えました」


 会ってもいないし、見たことすらない六人についての紹介を聞き終え、クローディアは想像すらついていなかった六人の騎士を知ることができた。

 レオンハルトの紹介を聞く限りでは、ハクアを含めた七人の騎士は人格者が揃っているのではないか、と思う。

 話しているレオンハルトの顔も楽しそうだったし、彼らについて思う所があるようには見えなかった。


(偉い地位にいる人ってどこか怖いイメージがあったから、少し安心した)


 もちろん、上に立つ者としての決断力や一定の非情さは持ち合わせているのだろうが、根本的に良い人であるのとそうでないのとでは全然違う。


「では、ここからは七人の秘蔵話でもしましょうか」


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