第43話 「生まれ変わっても、また妻になって下さいね?」
――そんなある日、夢を見た。
プリアさんと同じ真珠色の髪と漆黒の瞳をした少年が、真っ白な世界に立っているのだ。
私の前に立つと、少年は優しく微笑み私にこう口にする。
「満月の夜、帰って来るよ。次の満月はいつだと思う?」
その言葉に目を見開くと、少年は屈託の無い笑顔で微笑んだ。
「もうすぐ会えるね」
「貴方は一体……」
「僕はリアン、プリアが名付けてくれた祈りの祭壇……そして――」
その続きを聞く事はできなかった。
ベッドから飛び降りて階段を駆け下りパジャマのまま外に飛び出すと桜の元へと走った。
リアンは次の満月に帰ってくると言った。
つまり――日付が変わった今日、プリアさんが帰ってくると言う事だ!
桜の元へと向かうと朝日を浴びてキラキラと輝いている……いや違う、この光は――。
『時は満ちたね』
「ローレル!」
『今夜帰ってくるよ……一年良く待ったね』
彼女の言葉に私は思わず桜に抱きついた。
帰ってくる……帰ってくる!
ああ、この日をどれ程待ちわびただろうか。この日の為にどれだけ耐えただろうか。
『満月が空の天辺に昇ったら桜は一気に開花するだろうね。それは美しい桜が咲き誇る事だろうさ。沢山祈りを込めたんだ、祝福を受けてプリアは生まれ変わって帰ってくる』
その言葉に私は桜を見上げ、沢山の小さな蕾が咲き誇る姿を早く見たいと思った。
『皆に教えてきてあげなよ。アルベルトだって待ってたんだろう?』
苦笑いをしながら口にするローレルに頷き家族全員を呼び寄せると、今日の夜プリアさんが帰ってくる事を伝えた。
途端湧き上がる歓声、普段冷静沈着なアンゼさんが祖父に抱きつき喜んでいる程だ。
真珠色の世界樹となった、プリアと言う名の真珠色の花の妖精。私が愛している花の妖精が、家族となった妖精達にとって神聖な存在なのだとアンゼさんが教えてくれた時は驚いたが、皆もプリアさんが帰ってくるのを喜び、楽しみにしてくれている。
そして夜――皆が桜の前でローレルの祈りの唄を聴きながら桜が開花するのを待った。
無論私は桜の前に立ち、プリアさんが帰ってくるのを待っている。
その時――桜の幹から光りが放たれ、姿を現した少年を見てローレルが目を見開いた。
『リアン!』
「やぁローレル。祈りの唄をありがとう、祈りと祝福は十分に貯まったよ。そしてビリー、僕がここに来たのはプリアが迷わない為の道を作りに来たんだ。僕が居なければこの桜は咲かないからね」
「と言う事は……」
「最後の仕事はローレルの唄が無いと駄目なんだ。準備は良い?」
リアンの言葉にローレルは嬉しそうに微笑んで頷くと、桜の前に立ち歌を唄い始めた。
それはやはり――【
愛する絆、優しい絆
それはあなたが私の思いを縛り付けた
私は知っている 私が苦しんで、それでもそのことを楽しむことを
私が満足して捕らわれていることを
ローレルの美しい歌声に反応するようにリアンの身体は柔らかく光を発し、その光は桜へと吸い込まれていく……。
そして満月が空の天辺に達した時、大きな光が生まれ桜は一気に咲き誇る……その色は桃色ではなく、真っ白な桜が咲き誇った。
一気に湧き上がる歓声、私はその白さも可憐さも愛おしく、ゆっくり桜に手を伸ばした。
「……プリアさん」
優しく、全ての想いを込めて名を口にすると、咲き誇る桜から幾つもの光の筋が伸び、私の前に集まって人の姿を作り上げていく……。
そして――。
「――ただいまビリちゃん!」
聴こえた声に我慢ができず、人の形をした光を抱きしめた。
途端に光が弾けた。弾けた光は桜の花びらの形をしていて……その中から現われたのは綺麗な真珠色のフワリとした長い髪と漆黒の瞳を持つ女性。――成長したプリアさんだ。
そのあまりの美しさに目を見開き言葉を無くした……息を呑む程の美しさだったのだ。
頬を染めて嬉しそうに微笑むその笑顔に面影を見つけると、私はもう一度プリアさんを抱きしめた。次はもっと強く……強く。
「お帰りなさい……待っていましたよ」
「うん、ただいま……ただいま!」
プリアさんは私の首に両手を回し抱きしめ、私は人目など気にせず彼女の唇を奪った。
湧き上がる歓声なんかもう気にしていられない。
プリアさんは……私の元に戻ってきてくれたのだから!
ローレルからは喜びの唄が贈られ、気がつけばリアンの姿は無かった。最後にお礼くらいは言いたかったが仕方ないだろう。
プリアさんにマントを掛けて抱き寄せると、祖父やアンゼさん、イモさんにアニスさんとキッドさんも涙を流しながら駆け寄ってくれた。
大きく成長したプリアさんは――
それはプリアさんが心の底から願った事だったのだと教えてくれた。
「人間になれば結婚して子供も産めるでしょ? 私はビリちゃんのお嫁さんになって子供が欲しいって思ったの!」
「そうだったのですか」
「きっと可愛い男の子が産まれると思うよ!」
根拠は無いはずなのだが、プリアさんが言うのなら本当にそうなりそうで。私は思わず噴出して笑ってしまった。
愛しい人、愛しい貴女……やっと戻ってきた私の大事な【
「色々聞きたい事はあるけど、凄い事になってるみたいだね」
「ええ、貴女とは色々語り合わねばなりませんね」
――貴女という犠牲があって初めて、妖精達が人権を持つ事を許された。
――貴女という犠牲があって初めて、腐敗していた国が生まれ変わろうとしている。
――そして貴女という犠牲があったからこそ、笑顔でいる事ができる妖精達がいる。
「今この場に居る妖精達は、私達の家族ですよ」
「家族増えたね!」
「ええ、これからも増えていきますよ」
「ふふ! そうだね! それはとってもとっても幸せなことだね!」
屈託の無い優しい笑顔、私の記憶のままの貴女はやはり清らかで優しくて愛おしい。
「さて、色々語る事はありますが、まずは貴女に伝えたい事があります」
「ん?」
「私の妻になる心の準備はできていますか?」
その返事は勿論――。
「もちろんですとも!」
そう叫んで私に抱きついたプリアさんを、もう絶対に手放さないし誰にも渡さない。
舞い散る真っ白な桜の花びらと、柔らかく光を発して祝福する世界樹、そして沢山の妖精達に見守られ、私達は新しい一歩を踏み出した。
それから数年後――私とプリアさんの間に一人の男の子が産まれた。
プリアさんと同じ真珠色の髪と漆黒の瞳の男の子は、すぐにリアンだと分かった。
世界樹は祝福しているように光を発し、ローレルは喜びの歌を唄い、妖精達はリアンの誕生を心の底から喜んでくれた。
腐敗していたヴァルキルト王国は生まれ変わり、今では他国から妖精が集まり幸せに生活をしている。妖精への偏見や暴力事件こそ稀にあるものの、王室騎士団と妖精によって組織された自警団によって摘発され、厳格に処罰されているようだ。
そんな日常の中でリアンはスクスク育つ。性格はついては正に私にソックリだとしか言いようが無い。
五歳になったリアンは魔法に関する知識を全て蓄えてしまい、錬金術にも余念が無く、少々大人びた子供に育ってしまったが母であるプリアさんには弱いようで、やはりまだまだ五歳だなと思ってしまう所も見受けられてホッとする。
――祖父は去年息を引き取った。
静かに眠るように息を引き取った祖父は、最後にこう言い遺している。
「……ワシの人生、最高だった」
祖父らしい最後の言葉だった……。
祖父が亡くなってから暫くアンゼさんは塞ぎこんでしまったが、今は心の傷を少しずつ癒しながらも忙しく生活している。
そしてもう一つ、ヴァルキルト王国には国民が喜ぶでき事があった。
ヴァルキルト女王が、元は妖精だった男性を夫とし結婚したと言う事だ。
この話は妖精達に希望を与えたといって過言では無いだろう。
周囲の反対は大きかったのだが、私の権力でねじ伏せた事は内緒にしておくとして、プリアさんの兄であるヤマトは無事、ヴァルキルト女王と結婚する事ができた。
それだけではなく、プリポの所にも女の子が生まれたそうで、親子二代で妖精を診る医者になるのだと語っていた。それはとても有難い事だ。
そんな日常で、一つだけ困った事があるとすれば――。
「ローレルいい加減にして下さい! 怒りますよ!」
『ちょっとだけ良いじゃないか! いつも小難しいことばかり考えてたら早々に老け込んじまうよ!』
「貴女が楽観主義なだけです!」
……ローレルとリアンが、まるで姉弟のような関係を築き、日々喧嘩が耐えないことだろうか?
「も~リアーン? ローレルちゃんの事あんまり強く拒絶しちゃ駄目よ?」
「ですが、僕だって曾爺様のように剣も使える男になりたいんです!」
「お父さんに教えて貰ったら? お父さん強いよ?」
「お父さんに教えて貰ったら命が幾つあっても足りませんよ!」
五歳で口達者、良い事ではあるのですけどねぇ……。
「僕はいつか他国を巡る旅に出たいんです。その為には魔法だけでは不利でしょう? お父さんもそう思いませんか!?」
「そうですね。剣を習いたいのならまず身長を伸ばして体格を良くする事から始めましょう。修行がしたいのなら私が相手をしましょう。大丈夫です、手加減しますから」
賑やかで楽しい日々、それに何故リアンがここまで剣に拘るのかと言うと、彼には親友が居て、その子の影響が強いのだとプリアさんが教えてくれた。
名を聞いて驚いたが、リアンの親友は“ホリデイ”と言う名前で、将来は冒険者を目指しているらしい。何でも探し出したい女性が居るのだとか。五歳にして嫁探しをするのかと驚いたが、プリアさんは「夢があっていいなぁ」と呑気に答えていた。
いつかリアンも大人になり恋をするだろう。
その時、私に相談の一つでもしてくれれば良いが……。
――親になり初めて知る事や、初めて分かる事は沢山ある。
――私が英雄だと言われても、いかに弱いのかも。
そんな私を支えてくれる妻のプリアさんには頭があがらないが、それ以上に彼女を愛してやまない。彼女の為に人生を捧げると妻にする時に心に決めたのだ。
その為に面倒な事も沢山あるが、プリアさんを思えば苦にはならない。
私の人生には様々な事があった、他のどんな記憶が色あせたとしても……プリアさんを初めて見た時の気持ちだけは今も鮮明に覚えている。
……大事にしたい。
そう素直に思えたあの時の少女の姿のプリアさん。
上手く愛せているか不安になる事はあっても、彼女はいつも笑顔で私の側に居てくれる。
――それはこれから死ぬまでずっと続く物語だ。
――側に居てくれる事を、いつも感謝している。
――繋いだ手は決して離す事は無い。
確かにいつかは離れ離れになる事にはなるだろう。
それでも……それでも。
「死ぬその時まで、側に居て下さいね」
「勿論です!」
「ああ、やはり死ぬ時までではなく……」
「?」
「生まれ変わっても、また妻になって下さいね?」
そう言ってプリアさんの肩を抱き寄せると、私の頬にキスをする彼女の唇を奪い、二人で笑いあった。
これ以上無い幸せを貴女はいつも私にくれる。
お互いの薬指にある指輪には【
いとしい絆は途切れる事無く、生まれ変わってもきっと繋がっているのだと信じている。
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ご愛読ありがとうございました。
谷中の完結小説としては初期作となる作品でした。
書き終わり、なろうに最初にUPし終わったときは感慨深いものがありました。
そして、思い出深い作品でもあります。
なろうとはちょっと違う表現だったり、削除されていた場所をそのままUPしたりしてますので、小説家になろうに上げている内容とは若干異なる部分もありましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
★での応援やハートでの応援があると嬉しいです。
また別の作品でお会いしましょう。
ご愛読ありがとうございました!
【Caro laccio】―いとしい絆― udonlevel2 @taninakamituki
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