第42話 『真珠色の世界樹にしかできない特権だよ』

 それからの日々は、色々な事が怒涛のごとく変化していった。


 女王による妖精達への人民権付与、彼らが人間と同様に生きていくための法整備が進み、私もその場に立ち会う事が多かった。何か起きた際の国政への干渉という権利がここでやっと役に立った。


 妖精が人間と同じ立場に立つ事に一部の人間達からは反対意見もあったようだが、妖精達には人民の権利を得た事により幸福と平穏が訪れたと言って良いだろう。


 大きく国を揺るがしたのは、前国王の悪行が世界中に知れ渡った事だ。ヴァルキルト王国に住む民達はその悪行の数々に驚愕を隠せず、妖精達がどれだけの苦痛に耐えていたのかを知ったのだ。そのため、妖精達が人民の権利を持つ事に反対する者は少なかった。


 妖精に対する対応が随分と変ってきたのも、国民が鳳亭の皆のように優しさに満ち溢れていたからだと思っていたが――。



『人間がそう簡単に変る筈ないだろう? アタシの歌声を少し使わせて貰っただけ』



 ローレルの呆れたような言葉に、世界樹に乗せた歌声がヴァルキルト王国に住む人間達に妖精を素直に受け入れる心を含ませていた事を知った。



『真珠色の世界樹にしかできない特権だよ』



 そう嬉しそうに口にしたローレルは、世界樹を通して満足そうに国を見ているようだ。


 他国からは前国王の悪行は許されるべきでは無いとして、ヴァルキルト王国を国として認めないと言う厳しい意見もあったようだが、そこは私の立場を利用する事で何とか事なきを得た。これで国の重鎮達も私に厳しく言える立場では無くなり、女王すら私に意見する事は無くなったのだ。


 ――相手がこちらを利用するのならばこちらも相手を利用する。ただそれだけの事だ。


 しかし、私に利用される事を恐れた女王は私に女王と同じ決定権を持つ資格を寄こした。ヴァルキルト王国は女王と私が今後全ての決定権を持つ事になったのだ。それに対してあくまで国政への干渉という権利を軸として動く事、有事の際城に赴く事はあっても今まで通りの生活を望むという事を告げると、渋々ながらも了承した。


 プリアさんが帰ってきた時、できるだけ二人で過ごしたいという想いの方が強かったのだから仕方が無い。



 私達が買った両隣の屋敷には、今では複数の妖精達が住み仕事に励んでいる。半数はプリポの所で保護された妖精達だったが、世界樹の側で生活できる事は妖精にとって何よりも癒しになるようで、心の傷が治りきっていない妖精は世界樹の側でゆっくりとした時間を過ごしているようだ。


 その様子を見ていたイモさんが世界樹の近くにベンチを作り休める場所を作ってくれたのだが、そのイモさんはと言うと、ヴァルキルト王国を巡回できなくなった祖父に代わり、仕事を引き継いで毎日ヴァルキルト王国の見回りをしている。


 彼のおかげで助かった妖精達も多く、その中には我が家が所有する屋敷で生活する妖精も複数いる。そんなイモさんに憧れを持つ妖精達は、妖精のみで組織された“自警団”を設立し、日々街の巡回をする事に余念がない。


 イモさんを頂点に作られた組織ではあるようだが、給料は私の方から出している。元々は祖父がしていた仕事を率先してやってくれているのだから、当然その給料は私が出すべきだろう。


 ハウスキーパーを生業とする妖精達も多く生活するようになった。数が膨れ上がった妖精達の世話をする妖精。何とも不思議な感じではあるが、その大半は花の妖精達だった。アニスさんに料理を教えられ、洗濯や掃除に関してはアンゼさんが教え込んでいるらしい。


 我が家では花の妖精達が忙しそうに駆け回り、共に生活する妖精達を支えている。


 そんな彼らの生活に、キッドさんとアンゼさんの存在は無くてはならない。お金に関する問題はキッドさんが対応し、屋敷の全ての妖精達を管理するのがアンゼさんだった。

 彼らはアンゼさんを尊敬しているようで、一日の報告は必ずアンゼさんにしている。

 そこで問題があれば祖父や私に相談が来て対応しているが、基本アンゼさん一人で対応している様子なので、今の所大きな問題は出ていないのだろう。




 ――そして最後に、プリアさんとローレルの事だが……。


 ローレルの祈りの唄のおかげで小さな苗木だった桜は大きく育ち、沢山の枝を伸ばしている。その側には立派な墓が用意され、墓標にはローレルとロディの名が刻まれている。


 毎朝花を手向けられるその墓にローレルは心底喜んでくれているようだし、何より屋敷に居る妖精達はローレルの事が大好きだった。彼女の存在は人間にも妖精にも視えてしまう、だが彼女を捕まえる事はできない。そんな神秘的な彼女に恋する者も居るようだが、彼女は決してなびかない。愛したロディの側に常に居続けている。


 目まぐるしく変わっていった日々。

 一年がまるで十年にも二十年にも感じられた。

 それだけの時間を感じるのはきっと、プリアさんが側に居てくれないからだろう。


 季節はもうすぐ四月……他の場所では桜が咲き誇っているというのに、プリアさんが植えた桜は蕾を付けたまま、花が開く事が無かった。

 ローレルは時が来ればこの桜は美しい花を咲かせると言ってくれたが……それがいつなのか分からないのがもどかしい。



 そっと桜に掌を当てて愛しいプリアさんの名を呼ぶ。

 早く貴女の声が聞きたい……笑顔が見たい。

 強く抱きしめて二度と離さない。

 貴女は死ぬまで私だけの――。

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