第41話 「心の底からの謝罪の言葉がそれですか?」
翌日、早朝にイモさんが屋敷に駆け込んできた。
どうやら城からの使者が訪れたようで、私を呼んでいるのだと言う。
「早速現われましたか、ハイエナ共が」
「俺が追い払う事もできるがどうする?」
「イモさんには暫くの間、世界樹とプリアさんの側から離れないで頂きたいのです。護衛、お願いできますか?」
その言葉にイモさんは力強く頷き、私はマントを羽織ると使者と共にヴァルキルト城へと向かう。
生かさず殺さずの加減は難しい……だがそれ以上に、女王を許す事はできなかった。
いっそ殺してしまおうかとも考えたが、そこは女王の出方次第だろう……。
玉座の間に入ると、魔王討伐を報告した際にいた重鎮達が揃いも揃って私を待っていた。いっそ全員を始末してしまおうかとも思ったが、玉座に座る女王の下へと静かに歩み寄る。
「良く来ましたねビリー。この度貴方を呼んだのは……」
「私の屋敷に世界樹が現われたからですね?」
女王の言葉を遮り口にすると、女王は強く頷いた。
「このヴァルキルトに世界樹が戻った事は喜ばしい事。どうか世界樹を我が国の物として所有する許可をお願いしたいのです」
「お断りします」
即答での拒否に、重鎮達からざわめきが広がった。
「真珠色の世界樹をあなた方のようなハイエナに渡すつもりはありません。あの世界樹は女王、貴女の身勝手さで死ぬ事になった私の愛する人の化身です。貴女は私からそれすらも奪い取るというのですか?」
「それは……」
私の言葉に女王は言葉を詰まらせて押し黙った。しかし周りの重鎮達はそんな事などお構い無しに言いたい放題だ。
「世界樹がどれ程貴重な物か、英雄であるビリー殿には理解できると思ったのだがな!」
「そうだそうだ!」
「英雄だからと図に乗っていれば痛い目に遭うぞ!」
あまりの愚かさに頭痛がするが、それを押さえ込んで言葉を紡ぐ。
「そうですか、では今この場に居る全員の首をはねて差し上げましょうか? それともこの城全てを吹き飛ばして差し上げましょうか? 私は世界樹の守人として選ばれました。その私とやりあうのならば、命を賭けて掛かってきなさい」
立ち上がりそう告げると、重鎮達は歯を食いしばり私を見つめている。
「どうしたのです? 先程の威勢はどこに行きました?」
「う、五月蝿い! 我々に口出しするなど……最早お前など用済みだ!」
そう叫ぶ重鎮の首が床に落ち、断面からは血飛沫が上がる。
「……私が言った言葉が嘘偽り無い事がお解り頂けたでしょうか?」
壁や床はおろか玉座にまで亀裂が入るほどの威圧を放つ。彼らは恐れ慄き腰を抜かしている様子だ。まさか本当に死者が出るとは思っていなかったのだろう……馬鹿にしないで欲しい所だ。
「奪うのなら、殺すまで。それは女王、そしてプリアさんの兄であったヤマト――貴女達二人も例外ではない」
「――っ」
「私は貴女も前国王と同じ穴の狢だと思っています。生きるに値しない存在だと。これだけの事を私にしておきながら安全な場所で暮らせるとお思いでしたか? 自分は幸せになれるとでもお思いでしたか? 浅はかな考えですね……私から大事な女性を奪っておきながら自分だけ幸せになろうなど愚かしい」
剣を手に一歩、一歩女王に近づいていくと、女王は身動きすらできず震え上がっている。
彼女を守る兵士ですら、私に勝てる筈がないという事を分かっているのだろう。剣を手にしたまま動く事が出来ない。
「この国が滅ぶ事など、王家の血筋が途切れる事など私には些細な事です。寧ろ今ここで血筋を途絶えさせる方が国の為だとも考えていますが――いかがします?」
こうしている間も怒りで気が触れてしまいそうだった。首元に剣を突きつけられ、見下される女王は言葉を失い震えるしかない。
「愚かな女王、命乞いをしますか? それとも私が前国王と交わした契約を履行し、助かる道を選びますか?」
「父と交わした……
「貴女はそんな事も知らずに女王になったのですか?」
鼻で笑い女王を見つめると、彼女は震えながら小さく頷いた。
私達がいかにぞんざいな扱いをされていたのか、そしてその為にプリアさんが犠牲になったのか理解した瞬間、一気に城が揺れる程の威圧が出てしまった。
あちらこちらから聴こえる悲鳴など知った事ではない。私達が愚かなヴァルキルト王家に利用された事にも、プリアさんを失った事にも変りはないのだ。
「前国王が私と契約した事を知らないまま玉座に座るなど、貴女は前国王よりも更に救いようが無いですね。……前国王と交わした契約には、国政への干渉権、三回まで使える国への命令権があります。今からこれを使わせて頂きます。貴女に拒否権はありませんよ」
「……ぁう」
「ここに居る無能な方々も、死にたくなければお聞きなさい。……宜しいですね?」
私の問い掛けに無能な重鎮達は「助かるなら何でもする」と泣き叫びながら縋ってくる。結局は自分の命が大事なだけだ……死にたくは無いのだろう。
「私がこのヴァルキルト王国を滅ぼす事は、赤子の首を捻るよりも簡単なこと。それを理解した上で契約を履行なさい」
この言葉に女王は頷き、私は命令を口にする。
「一つ、世界樹は今後私の血筋が代々守人として守護する。国や王家が関与する事は禁じます。世界樹は私を守人として選びました。世界樹もヴァルキルト王国や王家に利用されるのは嫌だと仰っていましたよ」
ローレルの言葉、そして祈りの祭壇だという彼の言葉を無碍にする事は許さない。
「二つ、前国王が行った悪行を包み隠さず、嘘偽り無く伝え、他国の王に許しを請いなさい。ヴァルキルト王国が存在する事に対する許しを。難しいでしょうが女王、これは貴女への罰です……生き残りたいのなら必死にもがきなさい」
自分達の幸せを優先し、私を陥れた罪は重い。女王は国と共に罰せられるべきだ。
「三つ、ヴァルキルト王国においては今後、妖精が人間と同様の権利を持ち、人間と同じように生活していける国にする事。妖精達に人民の権利を与えるのです。彼らは粗末に扱われ過ぎた。これからのヴァルキルト王国は妖精が人間と同等の権利を持って自由に生活できるようにするのです」
今のヴァルキルト王国では妖精が自由に生活する事は困難だろう。プリアさんとて望んではいない……それに、もう苦しむ妖精達を見るのは沢山だ。
「以上、これらを約束できますか?」
「そんなっ」
「約束できるかどうかを聞いているのです」
剣を首に更に近づけて女王を見つめると、女王は真っ青になったまま何度も頷いた。
「約束を一つでも違えれば、私はいかなる状況でも貴女の首を斬り落としに来ますよ……腐敗したヴァルキルト王国の血縁、そしてヴァルキルト王国を滅ぼす事など、どれだけ容易い事かお分かりの筈ですしね」
そう言って剣を引くと、女王は緊張の糸が切れたのかうな垂れるように玉座に座ったまま放心しているようだ。
「おや? 私が受けた苦しみは今貴女が経験した事と比べれば他愛の無いモノですよ?」
「……はい、申し訳ありません……」
「心の底からの謝罪の言葉がそれですか?」
怒りを込めて口にすると、女王は鼻血を噴出しながら私を見つめている。
視線が定まっていないようだが、威圧を強く受けすぎただろうかとも思った。けれど、それを悪びれる様子も無く私は微笑んだ。
「では先程の命令の遂行をお願いします。ここで、今すぐに」
「……はい」
「それと、前国王と交わした約束ですが、写しがあります。馬鹿で愚かな貴女に差し上げますので目を通して下さい。また先程私が告げた命令ですが、昨日のうちに用意しておいた書状があります。こちらも写しとなりますが、貴女のサインと
微笑みながら書状を投げつけると、女王は何とかそれを拾い上げ内容に目を通した。
本来ならば血印でなくても良いのだが、
国としての契約という意味合いを持っても、国王ですら血印を押すのを拒む者も居る。だが私は敢えてその方法を選んだ。この命令を無下にさせる事は許さないと言う意志の表れでもあるからだ。
両方に目を通した女王は自分から流れる鼻血で血印を押し、サインをした。これで契約が確実に結ばれたと言う事になる。最早この契約を解除する事などできないのだ。
集まっていた重鎮達は最早言葉すら出ないようで私は薄く微笑むと女王に背を向けた。
「約束を違えれば次こそ貴女方の命を奪いに来ます。努々お忘れなく」
吐き捨てるように口にすると私は城を後にした。
できるだけ早く家に帰り、世界樹とプリアさんの植えた桜を見て安心したかったからだ。
それにあの契約を結んだ以上、沢山の妖精を我が家に迎え入れる準備も進めなくてはならない。イモさんが守っていた事もあって世界樹と桜の苗木は無事だったし、祖父は両隣の屋敷を所有者から買い取った直後だったらしく、今後必要になる家具などの手配に走り回っていた。
「おおビリー! 無事戻ってきたか」
「遅くなってしまい申し訳ありません」
「両隣の屋敷は買い手が多かったようでな、多少値は張ったが言い値で買い付けてきた。後はビリーが結界となる付与魔法をかけてくれれば問題は無いだろう」
「承知しました。後は屋敷の間にある壁の一部を壊して、いつでもこの屋敷で皆が集まって食事ができるように手配もしましょう。お風呂も多いに越した事はありませんが、一連の工事に掛かる費用は……」
「計算は俺に任せろ――!!」
そう言って現われたのはキッドさん。計算機を片手に必要となる金額を弾き出し、後は信頼できる業者を探して準備をしていく事になった。
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