第40話 「プリアは正しく、願いを叶える子だった」
皆が一息をついた頃、祖父から三ヶ月の間に何があったのか教えて貰う事ができた。
マーレインに囚われていた事、昔我が家に居たと言う花の妖精ホリデイの事。私が持っていたヒビ割れたコインがホリデイの物だったと知った時には驚いたが、そのホリデイが祖父とプリアさんを守ったのだと教えて貰った時、私は何故今まで彼のことを思い出せなかったのか知る事ができた。
――妖精狩り事件。
被害に遭った私と両親、そして私の身代わりに死んだホリデイ。
死して尚、私を守っていてくれた事を知った私は、ホリデイのおかげで独り寂しい気持ちを今まで耐えてこられたのだと思い、改めて彼に感謝を捧げた。
祖父の手にあったコインは、祖父が目を覚ます時粉々になって消え去った。
それはホリデイが消え去った証であり、彼が再び家族を守ってくれたと言う証だった。
「プリアの心の中は清らかで優しく、真珠色の世界樹がそびえ立つさまが美しかった」
そう語る祖父にプリアさんがいかに清らかな存在か再確認ができた。
優しく柔らかく、誰かの心に寄り添って微笑んでくれる彼女は正に理想の女性。
もっともっと自分を大事にしてくれて良かったのに、大事にして欲しかったのに……プリアさんらしい最後に私は目を細めて力なく微笑むと、祖父は私の肩に手を置いた。
「プリアは正しく、願いを叶える子だった」
「願いを叶える……ですか?」
「お前は知らないかもしれないが、古代の言葉でプリアとは……【
――
それがプリアさんなのだと知った時、私は恥ずかしいことに……私の願いを優先的に叶えて欲しかったと思ってしまった。
私の願いは唯一つ、プリアさんが側に居てくれる事だったからだ。
桜が咲く頃帰って来る……そう言ってくれたプリアさんの言葉を今は信じるしかないが、決して失いたくはない存在だったという事は分かって欲しい。
祈りの祭壇から頼まれた事は二つ。世界樹の守り人になって欲しいという事と――屋敷に住む妖精を増やし、この家を彼らの帰る場所にして欲しいという事だった。
まるでプリアさんのように優しい祈りの祭壇だなと思いその事を口にすると、祖父は一瞬どう答えるべきか迷ったようだが「とても優しい子だったよ」とだけ口にした。
耳を打つ優しい歌声。
ローレルの祈りと愛の歌は止まることなくプリアさんの為に唄われ、夜には子守唄へとその内容を変えていた。
もしかしたらプリアさんも私と同じように寂しいのかも知れない。
それでも私の元に帰ってくる為に耐えているのだとしたら私も耐え忍ぶのみだ。
あれだけ巨大な世界樹が生まれてしまったのだから、その報せは一瞬でヴァルキルト王国中を駆け巡っただろう。イモさんはプリアさんの植えた桜の苗と世界樹を守るのだと言って簡素な小屋を作り、そこで寝起きするらしい。祖父の会話を聞き終わる頃には作業に取り掛かっていた。
炎の妖精であるイモさんは寒さに強く、三月でまだ雪も稀に降る事がある寒さでも耐えられるのだと笑ってくれた。
アニスさんとキッドさんはプリアさんが消えてしまったショックが想像以上に大きいようで未だに呆然としている……。用意したホットミルクは既にただの牛乳に変っているし、涙が止まらないようで何度も祖父が二人の目元をタオルで優しく拭いていた。
アンゼさんは気丈に振る舞い「プリアさんからの願いを無下にはできませんから」と立ち回ってくれている。祖父が目を覚ますまで気を張り続けていたにもかかわらず、今後皆が落ち着くまでは続けていくのだと言っていた。
「門の警備は厳重にすべきです。いつ世界樹と桜の苗が傷つけられるか分かりませんから」
「では、私は今から屋敷の門と壁に付与魔法をかけてきます。無断で入ろうとすれば首が吹き飛ぶとか、どうでしょう?」
そう淡々と口にした私に祖父は大きく溜息を吐き、アンゼさんは苦笑を見せてくれた。
「神聖な世界樹は穢れを受けやすい。お前はプリアを穢れさせたいのか?」
「……気を失うだけにしておきます」
一礼して屋敷の外に出ると、イモさんが世界樹の近くで簡素な小屋を必死に作っている姿が見える。屋敷の周りには真珠色の世界樹を一目見ようと野次馬も数名沸いているようで、私は彼らに見えない場所の壁に触ると、屋敷に結界を張った。
無断で入ろうものなら意識を一瞬で吹き飛ばすだけの付与魔法だ。
これでプリアさんが守られる……真珠色の世界樹を守る為ならば、手段は選ばない。
『おやおや、世界樹を守る為とは言え必死だねぇ』
聴こえてきたローレルの声に振り向くと、彼女は宙を浮いたまま私に微笑んできた。
『プリアならもう寝たよ。純粋にアタシの唄を受け入れてくれている』
「そうですか……」
安堵してホッと息を吐くと、ローレルは嬉しそうな表情で微笑んだ。
『本当にプリアは愛されていた妖精だったんだねぇ』
――当たり前だ。彼女は周囲の人を癒し、支え、私が唯一愛した女性なのだから。
「明日にはヴァルキルト城から使者が訪れるでしょうね。世界樹が我が家に現われたのですから。とは言っても、プリアさんをあんな目に遭わせた上、屋敷に来て謝罪すると言っていた女王は結局訪れなかった。
一通の手紙だけで事を終わらせたと思っているのならその罪は重い。結局は前国王と同じ穴の狢、
『相当お怒りだね。まぁ気持ちは痛い程分かるよ。殺してでも権利を奪い取ってきて』
「無論です。それと、近い内に貴方とロディの墓を世界樹の近くに作ります。問題が片付くまでは我慢して頂けますか?」
『構わないよ。それから……アタシからのちょっとした我が侭を聞いてくれるかい?』
「何でしょう?」
ローレルの願いは唄へ込める想いを強くする。
プリアさんが早く戻ってくる為の願いなら何でも聞き入れるつもりだ。
『……墓を建てたら、花を手向けたいんだ。ロディの為に毎日ね』
「花、ですか」
『本当ならアタシの手でちゃんと花を手向けたいんだけど……この通り、すり抜けちまうんだよ。だから屋敷の妖精の誰でも良い、ロディの為に花をお願いしたいの』
私がその言葉に頷くと、ローレルはありがとうと微笑んでから桜の苗の元に向かい、まだ小さい桜の苗を大事に包み込むようにして抱きしめた。
『プリアの事はアタシに任せて、アンタはもうひと踏ん張りしてきな。いっそ暴れちまえば良いのさ』
「そうさせて頂きます」
そう言うと私はイモさんに屋敷に対して付与魔法で結界を張った事、客として訪れたとしても、権利を振りかざしたり、世界樹と桜の苗に近寄ったりするようなら屋敷から放り出して欲しいと言う事を伝えてから屋敷の中に入った。
家の中に居る皆にローレルからの頼み事を伝えると、アンゼさんがその役目を引き受けてくれる事になった。元々花が好きなアンゼさんは時期に合わせた花を用意すると言ってくれたし、アニスさんとキッドさんもようやく落ち着いてきたのか、毎日手を合わせてお参りすると言ってくれた。
「ワシもできる事を……」
「アルベルト様いけません! まだ体力も戻っていらっしゃらないのですから!」
「その通りですよ、お爺様。ヴァルキルト王国の見回りに行きたいのであれば、諸々の問題が片付いた後でイモさんに行って貰いますから。どうしてもと仰るなら、
私の言葉に頷く祖父は嬉しそうに微笑み、屋敷の増築も検討する事にしたようだ。
まだ余っているとはいえ、今後沢山の妖精を受け入れるには部屋数が少ないと判断したのだろう。
幸い両隣の屋敷は買い手がついておらず、明日にでもその屋敷を妖精達の宿舎にしようと語っていた。
扉を作って出入り自由にすれば他の妖精達も一緒に食事ができるだろう。
「さぁ皆さん、やる事は沢山あります! アニスさんは落ち着いたら鳳亭でまた頑張って下さい。キッドさんは両隣の屋敷を購入する事も含め、お金の管理をシッカリとお願いします。今後は色々と物入りになりますからね。そしてアンゼさんは皆さんのサポートを」
「承りました」
「分かったぜ!」
「鳳亭の皆にはプリアちゃんの事なんて言っていいかな……」
「ちょっと療養の為に屋敷を離れてる、で良いさ! だって帰ってくるんだから!」
キッドさんの言葉にアニスさんは嬉しそうに微笑み、その様子を見ていた私達も笑顔になる事ができた。
――そう、必ず帰ってくる。
だから私達はプリアさんを待っていよう、桜が咲くその時まで。
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