ある夜の出来事 2

 事務室横の仮眠室のベッドの上で1人、精神を落ち着ける。

 まぁ、落ち着きなさい私。

 ただ一緒に寝るだけじゃない、別に変んなことなんて起こらないわ!

 ……起こらないわよね?

 そんな思考を打ち砕くかのように部屋にクリスがやってくる。

「お待たせしました、では寝ましょうか」

 そう言うとクリスはベットに座る。

「ひゃ、あの、クリスさん?」

「どうかしましたか?」

 きょとんとした顔でクリスが聞いてくる。

「え、いやその、なんて言うか……」

 こ、こう言うのが普通なのかしら?

 普通、もうちょっと色々タイミングを置くんじゃないの?

 え、それともこれが普通なの?

 あぁ……わからない!

「お嬢様」

 私の思考が吹っ飛ぶ。

 クリスは私の両肩を掴み、その赤い瞳でまっすぐと私の目を見る。

「ひゃ!クリスダメよ!まだ私、心の準備が……」

「?」

 クリスはきょとんとした顔をしている。

 あれ?もしかして私の思ってることと違う?

「えっと、クリスはこの後何しようとしていたのかしら?」

 一応、聞いてみる。

「何ってそりゃ寝るのでしょう?ただ、お嬢様が全然反応しないし顔が真っ赤でしたので……」

「あ、あー、そう言うことね!そうよね!あ、あははは……」

 何よ!もうびっくりした!私はてっきり……

「はぁ……そうね、なんだか余計疲れちゃったし寝ましょうか」

「はい」

「後……その……」

「?」

「2人っきりなんだからアキルって呼んで欲しい……かな」

 そうクリスに頼む。

 あぁ、我ながらこれは少し恥ずかしいな……

「あ、わ、わかりました」

 クリスは頬を赤らめてそう応える。

「それじゃあ、寝ましょうか。アキル」

 そう言ってクリスはベッドに潜り込む。

「それもそうね、おやすみ。クリス」

 続くように私もベットへ潜り込む。

 ベッド自体はクイーンサイズなので狭くはないが、その、2人で寝るなんてことをするのはだいぶ久々だからちょっと勝手がわからない。

 と言うかこの状況で寝れるわけないじゃない!

 だって、目の前にクリスがいるのよ!正確にはクリスの背中だけど!

 こんなの心臓が昂って、寝るなんて無理よ!

 いや、一緒に寝ようって言ったのは私だけど!

「……クリス、まだ起きてる?」

「起きてますよ」

「その、まだ眠れそうにないから、少し話をしない?」

 そうクリスに聞く。

「ええ、構いませんよ」

 即答でクリスは快諾してくれた。

「ありがとう。ええと、今日は天気が良かったわよね?」

「そうですね」

「……」

「……」

 あ、会話が続かない。

 だあああ!こう言う時って何話せばいいのよ!ああ、ええと!

「それにしても、アキルも変わりましたよね」

 不意にクリスが話題を振ってくる。

「変わったって?」

「昔……魔導書を見つけたばかりの頃はすごく悲しそうでしたから」

 そうクリスは呟く、確かにそうだ、あの頃の私は自分の一族が原因で多くの人を不幸にしたと言う事実に対する罪悪感、それに、魔導書に書かれた存在に対しての恐怖で潰れそうだった。

「……そうね、あれは私にとって悲しい事件だったわ」

「けど、今は毎日、すごく楽しそうです。それに……」

「それに?」

「よく笑うようになりましたよね。やっぱり、アキルは悲しい顔より笑顔の方が似合いますから」

 あぁ、言われてみるとそうだ、確かに最近はよく笑うことが多くなった。

 それもこれもみんなのおかげだ。

 そして何より……

「ねぇ、アキル」

 クリスが静かに呟く。

「私はアキルに告白したときに決めたことがあるんです」

「決めたこと?」

「ええ、まだアキルには言っていませんでしたが、いい機会です」

 そう言ってクリスはこちら側を向き、その赤い瞳で私の目を見つめながら、誓うように言葉を紡ぐ。

「私はアキルを必ず幸せにしてみせます。まだ至らない身ではありますが……ですが必ず幸せにしてみせます!」

 微笑みながら、しかし真っ直ぐな瞳でクリスは宣誓する。

 そうか、私はクリスのこの真っ直ぐなあり方が好きになったんだ……

「そうか……あぁ、私は幸せ者だな……こんなに素敵な人に愛されるなんてな」

「ははは……そう言ってもらえると嬉しいです」

「なぁ、クリス。一つだけお願いを聞いてもらえる?」

 クリスにそう問う。

「ええ、もちろん」

「なら……これからもずっと一緒にいて頂戴、私からのお願いはそれだけよ」

 恥ずかしながらそんなことを頼んでみる。

 そう、願わくばこのままずっと……

「ええ……このクリス、誓いますとも!死が2人を分かつその時までずっと一緒です」

 そうクリスは答える。

 その瞳は一点の曇りもない真っ直ぐな瞳だった。

 あぁ、本当に私にはもったいないくらいだ。

「そう……それじゃあ、おやすみなさい、クリス」

「ええ、おやすみなさい、アキル。どうか、良い夢を」

 そうして私たちは眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手に入れた明日は思いの外愉快な日々でした ラットマン @GOLDRAT444

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ