ある夜の出来事 1
「はぁ……」
不意にため息が出る。
今になっても信じられない、私がクリスと恋人になれたなんて……
あぁ、だめ、ちゃんと意識しないと嬉しすぎてにやけちゃうわ。
それより、今はこの書類の山をどうにかしないといけないのだから!
そう自分に言い聞かせて、書類に目を通しサインをしていく。
というか、なんで私が『松零会』の仕事してるんだかなぁ……
とは言え引き受けてしまったものを適当にやるのは私のプライドが許さない。
が、時刻は深夜、もう既に朝からずっとこの書類の山の処理に追われていてろくに休憩すらとっていない。
要は、ちょっと疲れた。
「クリスももう寝てしまったかしら?起きてたら紅茶でも用意してほしいわね……」
そんな独り言を呟いてみる。
「そうですね、そろそろ休憩された方が良いかと」
クリスがそう応える……って!
「クリス⁉︎いつからいたのよ!」
「そうですねぇ、お嬢様がにやけながら書類と睨めっこしてるあたりからですね」
「な、い、居たなら最初から言いなさいよ!」
あぁ、てことはあのにやけ顔見られたのかしら……恥ずかしい……
「顔真っ赤ですよ?どうかいたしましたか?」
「……わかってるくせに」
「ええ、もちろん」
笑顔でクリスは応える。
「クリスの意地悪」
「お嬢様は可愛いのでついつい意地悪したくなってしまうんですよ」
「そんなこと言われても嬉しくないわよ、それより紅茶の用意をお願いしてもいいかしら?」
「かしこまりました」
そう言ってクリスは事務室から立ち去る。
あぁもう!クリスったらなんで顔色一つ変えずに『可愛い』なんて言えるのよ!
というか、バレンタイン以来どこぞのNyarlathotepほどじゃないけど意地悪するようになっちゃって、あぁ、けどそれはそれでクリスの知らない一面が観れるから悪くもない……
って、そうじゃなくて!
……あぁ、ダメね、私。
ちょっと浮かれすぎてるわ、そうよ、もっとクールにいくのよ私!
「紅茶の用意ができました」
そう言ってトレーにティーセットを乗せてクリスが帰ってきた。
「そう、ありがとう」
あえて、素っ気なく返事をしてみる。
クリスはそんなことは関係ないとばかりにティーカップに紅茶を注ぎ、私の机の上に置いた。
むぅ……相変わらず仕事は完璧なのよね、紅茶の温度もちょうどいいし……
そんなことを思いながら紅茶に口をつける。
うん、相変わらずすごく美味しい。
……ホント仕事は完璧なのよねぇ。
「どうかいたしましたか?何かすごい残念そうな顔をしていますが?」
「別に……」
「そうですか、それはさておき、少しは休んでください。朝からずっと仕事ばかりでは疲れるでしょう?大方、その書類もかなり余裕があるのに早く終わらせようとしているのでしょう?」
「よくわかるわね」
「ええ、お嬢様はご両親に似てますからね」
「そうかしら?」
「ええ」
笑ってはいるがちゃんとクリスは心配してくれているらしい。
そういうのがずるいわ……本当……
「横の仮眠室のベッドメイキングは済ませてありますのでゆっくりお休みください」
そう言ってクリスは立ち去ろうとする。
……あぁ、ちょっと意地悪してやろうかしら?
「待ちなさい、クリス、一緒に寝ましょう?」
そう、クリスに言い放つ。
ふふふ、慌てふためきなさい!私だって偶には意地悪してやるんですから!
しばらくの間、クリスは無言で立ち尽くす。
あれ?思っていた反応と違うような……
そうしてクリスはその口を開く。
「かしこまりました、では、寝間着に着替えてきます」
そう言ってクリスはそそくさと部屋に戻る。
……へ?
え、私、クリスと一緒のベッドで寝るの?
今になって自分の発言の愚かさを思い知る。
いくら仕事続きで頭が回っていなかったとは言えこの発言はあまりにも無謀だった!
というか、クリスもクリスよ!
普通慌てふためいて断るじゃない!
そんな思考が頭の中を駆け巡る。
だが全部無意味だ。
落ち着きなさい私、今はそんな場合じゃないわ!
冷静に考えたらただ恋人と一緒にベッドで寝るだけじゃない、そうよ、世の恋人はみんなやってると聞くわ、普通のことなのよ、ええ、そうに違いないわ!
そう、これは普通のことなのよ!
そう自分に言い聞かせる。
夜が明けるのはまだまだ長そうだ。
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