燃え上がるような恋
今日、二月十三日は調理室が男子禁制になる。
何故なら……
「さて、明日は二月十四日……すなわちバレンタインデーだ、屋敷の男性陣や日頃お世話になっている方々のためにチョコを作るぞ!」
と、いうのは半分は本当だ。
もう半分、それは思い人に対して作る本命チョコだ。
屋敷の女性陣は大半が学生だ、だから思い人の1人や2人はいるだろう。
そんな人に向けたチョコを作るのも大事なことだ。
まぁ、かく言う私はそんな人は……
「で、アキルはクリスに渡すんでしょ?本命チョコ」
不意にケイトが呟く。
「な、何で私がクリスにほ、本命チョコなんて……確かに毎日お世話になってるしクリスには他よりちょっと良いのを渡すけど……」
「……はぁ、アキル、それじゃあダメよ、絶対ダメ」
いつにも増して非常に真面目な表情でケイトが言う。
「いい?アンタもわかってるだろうけどクリス誰に対しても優しい人よ、そう、
「それがどうしたのよ?」
「おバカ!何でアンタはそう鈍いのよ!つまり、今回のバレンタインはそんな子たちが一斉にクリスを狙うのよ!つまり、下手したらクリスを取られちゃうかもしれないのよ!」
ははは、何を言っているんだ、別にクリスが誰かを好きになったところで私には関係ない。
別にいいことじゃないか私はそれを祝福しよう。
「……アンタ汗と震えがひどいわよ?」
「ふぇ!?そ、そんなことないわよ!べ、別にクリスが誰を好きになっても……」
「いい加減素直になりなさい!」
私の言葉を遮るようにケイトが叫ぶ。
「アンタはホント恋愛に対しては奥手っていうか下手くそよね!」
「な、そんなこと……」
「そんなことあるわよ!良い?これは貴方の友人としての忠告よ、このままアンタが手を拱いていたら確実にクリスは取られちゃうわよ!」
「う、うぅ……そんなこと言ったってどうしたら良いのよ!私だって、そのクリスに対する気持ちは本物だけど……クリスといざ話そうとするとおかしくなっちゃうのよ!」
「任せなさい、そんな事もあろうかと思ってシェリーに頼んでこれを作ってもらったわ」
そう言ってケイトは一つの小瓶を取り出した。
「これは?」
「シェリー秘伝の惚れ薬よ」
惚れ薬……それって……
「これを使えば確実にクリスはアンタとの恋に落ちるわ、さぁこれをクリス用のチョコに混ぜ込むのよ」
「……」
確かにそれを使えばクリスは恋に落ちてくれるだろう。
シェリーの薬はよく効くから。
けど……
「ごめん、それは使えない。それを使ってしまっては意味がない、私はちゃんと私の気持ちをクリスに伝えたいから」
「そう……」
そう言うとケイトは小瓶を開けてその中身を飲み干した。
「ちょ、ちょっと!それ飲んで大丈夫なの?」
「ふぅ、ん?あ、これ唯の水よ?」
へ?
「いやぁ、ごめんね?ちょっと意地悪したくなっちゃってさぁ」
「な、何よそれ!ちょっとタチが悪いんじゃない?」
「まぁまぁ、けど安心したよ。アンタがちゃんと自分の気持ちに素直になってくれて」
「え、その、それはその場の勢いというか……」
「勢いでも何でも良いのよ、まぁ頑張んなさいよ!」
そう言ってケイトは自分のチョコ作りに戻った。
……ケイトの言う通りだ、私は今まで自分の気持ちから逃げていたのかもしれない。
けど、今回こそはちゃんと気持ちに素直になるべきだ。
もし、今を逃して二度とクリスと会えなくなってしまう、そんな時が来てしまうかもしれないのだから!
「よし!」
そうと決まればまずはクリスに渡すチョコを完璧に作り上げるところからだ!
今の私が持てる技術の全てを注ぎ込んで最高のチョコを作り上げる!
試行錯誤する事十数時間、納得するチョコが出来上がったのは翌朝の午前2時だった。
「出来た!あとは……」
出来上がったチョコを梱包し、自分の部屋へと持っていく。
あとはクリスに渡す際のイメージトレーニングだけだ。
だけど、さすがに少し眠い、ちょっとだけ、ちょっとだけ睡眠を取ろう。
そう考えてベットに入る。
大丈夫、三時間ちょっと眠ったら起きれば良い。
そうすれば朝一番にクリスに渡せるはずだ。
「……きる……あ……る……アキル!」
呼び声で目が覚める。
「ん……ケイト?」
「何やってんのよ!もうクリス学校に行っちゃったわよ!」
「へ?」
時計を見ると時刻は七時四十分、完全に寝過ごした。
「え、けどいつもならクリスはまだ学校行ってないはず……」
「アイツ今日は日直よ」
「……」
まずい、非常にまずい。
まさか私が寝過ごすなんて、いや、それ以上にクリスが日直であることを見落とすなんて!
とにかく急がなきゃ!
大急ぎで制服に着替え学校へと向かう。
この時間ならまだクリスに一番で渡せるはず!
そう考えながら走り続け教室へと向かう。
そこではすでに他の女子生徒にチョコを渡されているクリスがいた。
……何をあせる必要があるんだ、別に一番最初にクリスに渡せなくても問題ないじゃないか、今日中に渡せれば何も……
あぁ、クソ、何で私はこんな事で泣いているんだ。
「お嬢様?」
不意にクリスがこちらに気づく。
あぁ、今はダメだ、こんな顔見られたくない。
どうしてか私はその場から逃げ出してしまった。
私らしくないな、どうしてだろう?クリスとは昔からの仲なのにどうして今の私はクリスをこんなにも意識してしまうんだろう。
……勢い余って屋上まで逃げてきてしまった。
あぁ、けど、これで良かったのかもしれない。
あんなことで泣いてしまう弱い私なんてクリスには見られたくないもの。
けど……どうしてか、さっきの事が胸に引っかかってしまう。
クリスから他の女の子からチョコを貰っていただけなのにどうしてこんなに辛いのだろう?
「お嬢様」
不意に声をかけられる。
声の主は間違いなくクリスだ。
「……ごめんなさい、クリス。今は顔を見せたくないの」
「……」
クリスは黙ったままだ。
けれど、その足音は静かにこちらに近づいてくる。
「クリス!」
その言葉に反してクリスは私の顔を覗き込む。
「な、見ないで!」
「お嬢様……」
そう言ってクリスはポケットからハンカチを取り出して私の涙を拭く。
「……見ないでって言ったのに」
「すいません。ですがお嬢様が泣いているのは従者として見過ごせません」
「従者として、か……」
「?」
「ねえ、クリス?クリスは私を1人の人ととしてどう思う?」
あぁ、やめろ私。
そんなことを聞いても何の意味もないじゃないか。
「素敵な人だと思いますよ。誰に対しても優しくて、自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとする。そんな人を私は貴方以外知りません!」
「そうじゃなくて!その……あの……」
一つ深呼吸をする。
この関係が壊れてしまうかもしれない一つの質問をクリスに投げかける。
「1人の女性としてどう思う?」
我ながらなんて馬鹿な質問をしてしまったんだろう。
今の関係を壊しかねない質問。
クリスからしたら迷惑極まりないかしら?
きっとクリスはあくまで従者として私と共にいてくれているのに。
何故その関係を自ら壊してしまったのか、ひどい愚行だ。
「1人の女性として、ですか……」
クリスは少しの間黙り込む。
あぁ、本当に何で聞いてしまったのだろうか。
いっそのこと今すぐこの身を焼き尽くしたいほどだ。
そうして永遠とも思える一瞬の思考の後、クリスはその口を開いた。
「私は、お嬢様の事を心から尊敬しています。ですが……」
あぁ、やっぱり、その先を聞いたら私はどうなってしまうのだろう?
屋上からこの身を投げ出すのかしら?
「ですが、その、あぁ……こう言うのはちゃんと言うべきですよね。私は貴方のことを愛しています。従者の身で主人に恋をする、などと身分違いもいいところですが……」
真っ赤な顔でクリスはそう応える。
一瞬思考が吹き飛ぶ。
あまりにも予想と反した答えに私は冷静さを失っていた。
「え、あ、が」
「お嬢様?」
あまりにも想定外の答えに私は……
「あ……」
「お嬢様⁉︎」
失神してしまった。
暗闇に落ちていく意識の中で思考の濁流に飲まれる。
ああ、けど、これは心地良いな……
次に目を覚ました時、私が最初に見たのは保健室の天井だった。
「あ、目が覚めましたか」
そう言ってクリスが顔を覗き込む。
「私……」
今になってさっきの光景を思い出す。
「ッツ!」
「顔真っ赤ですね」
「言わなくていい!」
ダメだ、今更ながらさっきのは恥ずかしすぎる!
あんなの面倒くさい彼女みたいじゃない!
「すいません。その……さっきの返事、聞いてもいいでしょうか?」
真っ赤な顔でクリスはそう問う。
「……その、えっと、私も貴方のことが好きです……ああ!もう、はい!これで終わり!ダメよ、恥ずかしすぎる!」
羞恥心を押し殺してクリスに答える。
「そうですね……これは、その、思いの外恥ずかしい……です」
今にも燃えそうな真っ赤な顔でクリスが答える。
「けどよかった……」
小さくそう呟く。
「何か言いましたかお嬢様?」
「何でもないわ。それと……2人っきりの時くらいちゃんと名前で呼んでほしいな……」
「……その顔はずるいです。アキル」
「ふふ、私はずるいのよ、クリス」
ああ、今、私はすごく幸せだ!
こんなことがあって良いのだろうか!
「なぁんだ元気そうじゃない?倒れたって聞いたから心配したのよ?」
不意にケイトが呟く。
「な⁉︎いつからいたのよ⁉︎」
「んークリスが告白の返事聞いたあたりからかしら?」
「ほぼ最初からじゃない!」
「わー、顔真っ赤ね。とりあえず、おめでとう家に帰ったらちゃんと祝ってあげるわね!」
そう言ってケイトは保健室を後にする。
「待ちなさいよぉ!」
「あはは……これはすぐにでも言いふらされますかね……」
「うぅ……もう」
けど、ああ、こう言うのも悪くはない、かな?
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