中毒性双子姉妹 後編

 朝の教室は異様な雰囲気に包まれていた。

 二人の生徒を除き、ほかの生徒は思わず黙り固唾を飲んでその生徒を見守る。


 1人は窓に向かって話すツインテールの少女。メイ。

 親しげに。窓に向かって話し続ける。いとおしそうに。


 もう1人はその姉のマイ。妹とは全く同じ顔、髪型、もちろん同じ制服なので一見すると見分けがつかない。それもそのはず。二人は双子だ。

 彼女はメイとは遠く離れた廊下側の席。彼女は手鏡を使い自分の前髪をいじりながらまるで隣に誰かがいるように、これまた一人でに話している。



 「め、メイちゃん誰と話してるの……?」


 一人の勇者、もとい無謀な生徒がメイに尋ねた。

 しかしメイは窓に向けたほほえみを絶やさずにこう答える。


 「決まってるじゃない。マイ以外にだれがいるの?」


 

 「え。だって誰も…その…そっちにはいない…よね?」


 「いるよ。清水さんったら変なの。ね、マイ」



 異様な空気に生徒たちは黙らずにはいられなかった。


 


 メイとマイは仲良しの双子姉妹。

 二人は1か月前から母親にこう言われていた。


 『1か月間、家でも学校でもベタベタするの禁止』


 双子は部屋を引き離され。

 家や学校では親や教師に監視され、ベタベタすることはほぼほぼできなくなった。

 これまで常に一緒にいることが当然だった二人は言わばイチャイチャ欠乏症。

 夜眠れなくなり、やややせ細り、唸り苦しんだ。

 1か月を待たずして限界を迎えようとした二人は打開策に開眼した。



 イマジナリーフレンドもといイマジナリーシスター。

 脳内に空想上の姉妹を創造することで二人はイチャイチャ欠乏症を補う術を覚えた。

 とはいえ、ただの強い妄想だけでは自分自身を騙すには足りない。

 そこで二人は窓や鏡を見ながら妄想をする。

 そこには自分の顔、つまりは大切に思うマイメイと同じ顔が浮かび上がる。

 移りこんだ自分の顔ではなく、彼女と思い話しかけることで妄想をより強める。あとは思い込みの強さと過ごしてきた経験により大切な姉妹があたかもそばにいるように感じられた。





 

 その日の帰り道。

 壁を乗り越えた二人は人知れず顔を見合わせてほほ笑みあう。

 抱き合わない、手も繋がない。

 本音を言うと二人が二人とももういっぱいいっぱいですぐにでもイチャイチャしたい、その瀬戸際。

 だけど我慢を選んだ。ほんのちょっとでも気が抜けば二人は際限なくイチャイチャを止められなくなってしまうだろうから。

 大丈夫。

 今日の18時からはイチャイチャ解禁だ。18時まではもうあと少し。ハグもキスも好きなだけ、むさぼるようにしたい。二人の気持ちは同じ。

 しかし約束を守り帰ってきた二人に母は残酷に告げた。



 「二人には申し訳ないけれど。これからも離れ離れでいるべきだと思うの」


「「え」」


 話が違うと母を睨みつける双子。殺気すら籠ったような狂暴なまなざしに母は一瞬ひるむ。


「待って。話を聞いて。二人はもうちょっと離れる必要があると思うの」


「嘘つき」


「卑怯者」


「どうとでも言えばいいわ!!でももう決めたし。来週からは二人には別々の塾に通って、本格的に一人でいることに慣れてもらうわ」


 開き直って怒鳴り散らす母親。

 子が自分の思い通りにならないはずがない。そう信じ切った傲慢な態度。


「大丈夫よぉ!!一か月耐えたならできるってことだわ!アヤセさ……アヤセ先生もそういってたし二人の成長に感激してたわ!」


 不自然なほどに明るいテンションの母を見る双子の目は冷たい。


「わかったわ。ママ」


「マイ!?」


「メイ。離れ離れは嫌だけど、ママが考えてくれたことだもの」



「メイがそういうなら……」


 渋々受け入れるメイ。反対に怪しく笑うマイに母は背中に寒気が走ったように感じられた。





 それから数日。

 再びの家族会議。


「二人に……報告しなければなりません」


 母親が神妙な顔で呟いた。


「……転勤が決まりました」


「えっ」


 驚くメイ。


「来月。かなり遠方の支社への異動が決まりました。引っ越ししなければ通えない距離の支社です」


 淡々と事実ばかりを述べる母。

 複雑な感情を押し込めながら事務的になろうとする姿がそこにはあった。


「ママぁ?何かあったの??ふふっ」


 とても喜ばしい態度を隠そうともせずにマイが話しかける。

 

「転勤が急に決まったといったでしょう」


「普通それだけで転勤って決まらないと思うの。それに急すぎるわ。ママは今の上司に気に入られてるし暫くは支店だーって言ってたじゃない」


 今にも弾けそうな、隠しきれないほどの怒りと悔しさ。所作の一つ一つが周囲の家具にあたる。

 母はもはや触れれば飛び掛かりそうなケダモノのようにぴりぴりとしていた。



「とにかく!私たちは引っ越しします!二人とも友達に別れを告げておくのね!!」



「私たちはしないよ」


 マイが笑った。


「ここ一軒家だし、空き家にするには勿体ないじゃない。塾にも通わせるって言ったのはママよ?もう手続きもしちゃったんだよね?」


「そんな、子供たちだけで生活だなんて上手くいきっこないわよっ」


「メイ」


 二人は視線を交わして頷いた。

 言わなくても二人は気持ちがわかる。そんな目配せだった。


「これから高校……社会人……結婚……肉親が一緒にいられなくなる可能性なんて当たり前にあるもんね」


「親から独り立ちできる練習だと思って私たち頑張るわ」


「ママがいなくなるのは寂しいけど」


「心を鬼にして応援してよママっ」


 いつぞや聞いたような台詞。

 もしかしてと。

 双子の母に考えがよぎった。

 女教師であり人妻であるアヤセさんと自分の不倫証拠、ホテル街を腕を組んで歩きキスをする写真などを撮影し上司に渡した犯人はまさか自分の娘だったのではないか。

 いやそんなはずはない。

 母は頭を振りその考えをやめた。

 母にとって双子はいつも互いにベタベタしているだけの甘えん坊シスコンでなにより子供でしかない。

 子供がそんなことできるはずがない。

 




「マイ」


「メイ」


 それから数週間。

 双子の母は引っ越しをしていなくなり。

 かくしてこの家は双子、二人だけのための家となった。

 塾は当たり前のようにサボり。

 二人は二人でいられる時間を再優先にすると決めていた。



 もう何者にも邪魔をされない、万感の思いを込めたハグ。

 二人以外はいらない。母も教師も友達もこの家にはいらない。必要ない。

 いやそもそも双子にはお互いさえいればそれでよかった。

 気ままに抱き合い、微笑みあいキスをする。それを邪魔する輩なんて二人には必要ない。

 そのためなら自分の母親をストーキングして不倫の証拠を掴み上げるなんて当たり前のようにする。

 担任教師や母親の上司にリークをして二人を転勤させたのもうまくいった。



「ねぇメイ。この前、清水さんと1分12秒も喋ってたよ」


 ふとムスっとして言うマイ。


「……何、浮気を疑ってるの。マイ。むしろ逆だよ。委員長がマイのこと聞きたがるから釘を刺しておいたの。マイは私のものだって。マイに話しかけたらこのカッターナイフで刺し殺すって。それに知ってるでしょ?マイ以外の人と話したくない。メイも一緒でしょ?ねぇ?メイ?」


「うん……私もメイ以外と話したくなんてない……メイだけでいいの。メイとしか話したくないの」


「マイ。好きぃ……」


「メイ。私も……ね、仲直りのしるし……ほしい」


「うん、私も……」


 二人は蕩けたような熱っぽい顔で微笑みあい、互いの服を脱がせていく。


「キレイ……メイ」


「マイも」



 一糸まとわぬ姿になった双子。ベッドの上で膝立ちをして向かい合う二人はまるで鏡合わせのように同じ身体つきと顔だった。


「なんだか新婚さんみたい」


 互いに伸ばした白い手を二人は愛おしく空いた手で撫でてカッターナイフを肌の同じ個所に這わせる。

 

 恐ろしくも興奮した、狂喜と恍惚の様相で互いの白い肌に一本の線を入れていく双子。

 これで同じ。

 痛みが約束してくれる。マイメイは決して裏切らない。離れたりしないと。



 やがて止血し。自傷の跡を嬉しそうに見つめてから二人はキスをした。互いの肢体をむさぼり、触り合った。

 双子であり。姉妹であり。恋人であり。子供のころから結婚を誓い合って今尚その約束を守ろうとしている二人であり……とにかく絶対無二の相手だと信じられる存在。

 二人ははにかみ、笑う。


「メイ。浮気したら私……死ぬからね」


「じゃあ私はマイが浮気したら浮気相手を殺してから死ぬから」


「メイ、ずるい。じゃあ私もそうする」


 まどろみ、安心しきった双子はやがて眠りに落ちていく。

 きっと今夜は快眠だ。

 だって絶対ずっとマイメイがそばにいてくれるもの。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いいヤンデレは悪魔のように黒く地獄のように熱く天使のように純粋でそして恋する乙女だから甘い レミューリア @Sunlight317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ