愛をこめて

渡邊美彩

思いをのせる

この世界には、沢山の人がいて、沢山の考え方がある。

その中に僕がいる、これは至って当たり前の事であり、誰にも変えることができないことだ。

世界には沢山の人がいてほしいし、沢山の考え方があった方がいいと思っている。

そうすれば世界はいい方向に向かっていくと思うし、何より退屈しない。

だか、恋愛については違う。

その人を好きなのは、僕だけがいいし、僕だけがその人のことを考えていたい。

僕は今、ある人に恋をしている。

初めて人を好きになったと思う。

好きという気持ちはこういうことなんだと実感したあの時の衝撃は絶大だった。

今でもたまに思い出してしまう。

それほどまでにその気持ちは、僕の人生を変えるものだった。



恋というのはよく『甘酸っぱい』と言われるときがある。

だけど、酸っぱいのは嫌いだ。

味覚の場合も僕は、辛いものしょっぱいものは意外といけるのだが、どうも酸っぱいのは苦手のようだ。

だから、僕は出来るだけ甘い恋をしたい。

そのために僕はその人に思いを告げずに、熟すのを待っているのだ。

その人のことをいつも考え、その人との生活を想像する。

そうして気持ちを、高ぶらせているのだ。

だか、思いを告げ続けないのもどうかと思う。

果物も熟し続けると腐るように、人もまた、その人への思いがある所を過ぎてしまうと、その人への好意が段々と下がっていってしまう。

だから丁度いい、塩梅あんばいを見つけなくてはいけない。



授業中にふとあと人のことを見てしまうことが何度もある。

短い時で十秒長い時で一分くらい見てしまう。

周りからは気持ち悪いと思われていかもしれない、だけど好きな人というものはいつでも自分の目の中に入れておきたいものなのである。

その人を自分の目の中に入れることによって、自分はこの人のことが好きなんだとあらためて実感できるからだ。

そして僕は、その人を見る事によって、その人のことを深く知ることができる。

例えば、その人の癖だ。

その人は、髪を耳にかける癖がある。

大体、十分に一回くらいのペースで髪を耳にかけている。

ノートを数行、書いたあとに垂れ下がった髪を耳にかけるその一連の動作を僕は欠かさず見ている。

僕はその行動を見てとても可愛らしいと思ってしまう。

というか、その人のやる事なす事が可愛く見えてしょうがない。

人をここまでさせてしまうあの人と愛という感情は、とても恐ろしいものだ。



僕ら学生はとても狭い世界で生きている。

テストの点数を気にして、毎日毎日勉強をして、いつも頭の片隅には成績のことを考え生きている。

もっと世界は広いのに、目の前のことにしか目を向けられない。

僕らは自分の持っている小さいものさしでしか物事を考えることができない。

いかに自分がクラスの皆から嫌われないようにするか。

あの人がこうしているから自分もそうする。

僕らは変わることが怖い。

変わって悪い方向にいってしまうかもしれないから、だけど周りを変えるためには自分から動かなくてはいけない。

そんな生きづらく狭い世界で、僕は生きている。

そんな世界の救いは、僕の好きなあの人だ。

あの人は、何事も前向きで不満を抱えているようには思えない。

僕と違い、目の前のことだけではなく、もっと周りを見ている気がする。

学校で学んだことはほとんど使わないという。

だが、『愛』という感情は学校で学べる大切なものなのかもしれない。



学校の先生や親が僕に言う。

『もっと大人になりなさい』と。

回りまわる社会の中で、僕は生きている。

その社会を取り仕切っているのは、大人たちだ。

僕ら子供はその命令に従わなければならなかった。

だか、僕はもう高校生。

周りから『大人になれ』『もう中学生じゃない』

と言われる年代。

本当にそれでいいのか?

大人になったら、辛いこと、悲しいこと、理不尽なことが沢山あるだろう。

その過程で今の大人たちは、夢や好奇心、子供心を忘れていった。

僕はそんな大人になりたくない。

僕は、近い将来、社会の荒波にもまれ沢山のことを経験するだろう。

そんなときだからこそ、夢や好奇心を持ち、子供心を忘れてはいけない。

世間に名を轟かせている人たちがそうだった。

あの人達は、子供心を忘れなかったから夢を叶えることができた。

いつだって、世間を良い方向に導く人はそういう大人なんだ。

だけど、僕はそんな大層な大人になりたいわけじゃあない。

普通の職場に就き、普通の日々を送りたい。

一つだけわがままを言うなら、あの人と一緒に生活したい。

あの人に触れていたい。

あの人の近くにいたい。

あの人を観ていたい。

だから僕は、大人が言うような『大人』にはなりたくない。

夢や好奇心を持ち、子供心を忘れないそんな大人に僕はなりたい。



どのぐらい待っただろうか。

とても長いようで短かった。

遠くの方からあの人が向かってくる。

こちらに手を振りながら、一歩一歩近づいてくる。

下は薄手の長ズボンを履き、上はTシャツというラフな格好をしている。

髪型はショートで守ってあげたくなるような華奢な体つきをしている。

いよいよ、告白の時がきた。

僕の心臓の鼓動は、あの人が歩く音とともにどんどん大きくなっていく。

僕の頭の中には今、色々な考えがある。

『告白の言葉は長くそれとも短く?』

『なんて言ってから会話を始めよう?』

『もともと僕のことが嫌い?』

僕の頭はパンク寸前だ。

いや、何故そんなことを考える必要がある?

告白の言葉とか、最初の言葉とか、そんなことはどうでいい。

僕は前からあの人のことが好きだった。

それを全力で、今自分の持っている最大をぶつければいい。

そう、『愛をこめて思いをのせる』ただそれだけ。

が僕の前に立った。

何も言わない僕に彼女は首を傾げながらこちらを見る。

そんな彼女に僕は言った。


「好きだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛をこめて 渡邊美彩 @okose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ