第53話 終章-2
「トンネルを見てないって、じゃあどうやって学校に来てるの?」
「ずっと北の方にある実家から歩いて来てるらしい。だからトンネルを使う必要もない」
「それで、私達が知らない間にそっちに入部してたのね」
「私、感激しました」
いきなり雨弓がレッドに背後から抱きついた。
その背に押しつけられた柔らかな膨らみの量を感じて、レッドの顔面が引きつる。
「高校生の力で、こんな大きなことをやり遂げるなんて。支部先輩の思想と主張に依るところが大きいと聞いています。素晴らしいことです!」
「あ……あ、うん……」
「あの幟に書かれたものは詩ですか? 都々逸? すいません浅学なもので。でも、とても思慮深さを感じるいい言葉ですね」
修平レッドは言うに及ばず、ホワイトまでもが目を丸くしてその雨弓の発言に驚きを隠せない。
「私もポッター一辺倒で歴史を顧みない現状には不満抱いてたんですよ。やはり44マグナム、ダーティハリーは外せませんよね! これを書いたのは藤原先輩ですか?」
「う、うん、僕だけど」
返事をしたホワイトの手をギュッと握りしめて、雨弓は熱心に振り回す。
「でも、時流に置いていかれたくないという部分も確かにあるんですよね。しみじみといい詩です!」
完全に置いてけぼりを食らった三人を前にして、雨弓のテンションは尚も下がらない。
「榊先輩、サークルの掛け持ちはできるんですか?」
「え? えっと……」
「それはできないはずよ。それをやるとクラブ昇格の基準が曖昧になりすぎるから」
レッドがどこか呆然としたままで、雨弓の疑問に答える。
「そうなんですか? それは残念ですね」
と言いながら雨弓はホワイトの手を離し、再び物珍しそうに空き地を見て回る。
「……何と言いましょうか、実に〝いい子〟ですね」
ホワイトが感慨深げに呟いた。
「そうね……困ったことに」
レッドが何か諦めたように呟いた。
「困るのか」
修平が淡々とそれに応じる。
「あ、ここから向こう側の道が見えるんですね」
最初にレッドと修平が二人並んで遺跡を見下ろした、あの崖――今はしっかりと柵が取り付けられ安全性が保たれているが――のすぐ側で雨弓が声を上げる。
三人はどう答えたものかと、それぞれが逡巡したが、代表するかのように修平が返事をした。
「……ああ、そこから見えるのが通学路の山の入り口だ」
修平は思わず、トンネルを掘る決意を固めたあの日のことを思い出していた。
「実はそこをまっすぐに進めないかって案もあったんだけどな。やっぱりレッドの発案で。でも見ての通りの崖だろ。で……」
「そうですよね。私もニュースとかで初めてトンネルのお話を聞いたとき、まずそこが疑問だったんです」
「え?」
「どうしてまっすぐ進まなかったんだろうって。ここにロープウェイを作ったりはできなかったんでしょうか?」
「ロ、ロープウェイ?」
狼狽した声がレッドの口から漏れる。
「ここと、向こう側にロープを張って。ほら、山奥に駕籠に乗って自分の手でロープをたぐって川の向こう岸に渡るっていうのがあるじゃないですか。そういう感じで」
「で、でもよ、ここと向こう側の間には木がたくさんあって、ロープを張れるかどうか……」
こちらもどこかしら慌てた声で、修平が反論を試みる。
「こちらから道が見えるということは、その木の間にも隙間があるということじゃないでしょうか? そこにロープを通せば……」
これもまた理路整然とした回答。
修平もレッドもそれに反論することができない。その上……
「面白い」
いつかの時と同じように、ホワイトが呟く。
まるっきり普通の口調で。
「問題はトンネルの時ほど隠密性が高くないということだが、別の場所で基礎を準備しておいて一気に組み立てれば成功率は低くない。むしろ組立の際の安全性の面から考えれば、こちらの方が協力を得やすかったかも知れないな」
あまりにも無慈悲にホワイトは分析してみせる。
「トンネルを掘っている時に改めて実感したことだけれど、ウチの学校の力が結集すると凄まじいからね。多分何とかなりそうな気がする」
「「はぁ~~~~」」
ホワイトの解説を聞いて、修平とレッドは同時に大きなため息を付いた。
さもありなん。
去年半年の苦労を、理論上とはいえ否定されたようなものなのだ。
ホワイトの説明を雨弓の方も聞いていたのだろう。今度はこちらの方が目に見えて狼狽えた。
「え? いえ、こんなの机上の空論という奴で、実際に出来上がったトンネルの方が凄いことですよ。ロープウェイよりも全然苦労しないで登校できるわけですし、ね、ね」
必死に取りなす雨弓に、修平もレッドも苦笑いを浮かべざるを得ない。
その様子を実に面白そうに見つめるホワイト。
「あ、そうだ! 私あの基盤全部紹介して貰ってませんよ。テレビゲーム研究会の一員としてそれぐらいは把握しておかないとマズイと思うんです」
「ん、あ、ああ……」
曖昧に頷く修平を引っ張って、雨弓は学校の方向へと戻ってゆく。
やがて二人はそのまま雑木林の向こうへと消えた。
「僕がこういうことを言うのも何なんだけど」
珍しく遠慮がちにホワイトが口を開く。
「何?」
こちらはいつも通り目一杯不機嫌にレッドが応じる。
「この状況って、かなりマズいんじゃないかな? 君にとっても、ファミレスにとっても」
そこまで言えばホワイトの言わんとするところは明白だった。
そして、そこまで言われなくても自分で危機に気付いていたレッドは、結局その言葉をきっかけに爆発した。
「何だって言うのよ~~~~~!!!」
青い空に、レッドの絶叫がこだました。
総央高校は今日も過激なまでに平和である。
……こうして、総央高校史に一ページどころでは済まない、新たな歴史が刻まれた。
そして、これから先も書き手が悲鳴を上げてしまうような歴史が刻まれることとなるだろう。
――総央高校が総央高校である限り。
終わり
通学路メドレーを歌い続けろ! 司弐紘 @gnoinori
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