終章 天才は最後にやってくる

第52話 終章-1

 トンネル騒動からはや三ヶ月――


 総央高校は無事、いつも通りに新入生を迎えることができた。

 それに伴って当然起こりうる事態――新入生勧誘合戦の始まりである。


 どのクラブ・サークルも生徒会の厳しい監視の元、熱心に勧誘活動を続けていた。

 そんな中、その生徒会に優遇されているサークルもある。


 トンネル開通の立て役者、赤の広場、藤原英輝研究会、テレビゲーム同好会の三サークルであった。


 この三つのサークルは、全校生徒の96%が使用する通学用トンネルの学校側の空き地――つまりは、あの雑木林の中の開けた部分――に勧誘用のブースを作ることを許されたのである。


「あのさー」


 そういった恵まれた環境にありながら、赤の広場代表、支部紀美子ことレッドの表情は暗かった。


 三つ並べられたブースの一番トンネル寄り。ブースの背景に書き割りのクレムリン宮殿を背負って、相変わらず色んな方向に間違えながら勧誘している。

 ちなみにこの書き割りは、トンネル掘削時のツテで他の生徒達に協力して貰った結果であった。彼女も少しばかりは成長したらしい。


「……これって島流しって言わない? 誰も来ないし」

「まだ授業が終わってすぐだからねぇ。なかなかすぐにはここまで来れないだろう」


 と答えるのは、藤原英輝研究会会長、藤原英輝ことホワイト。

 こちらは会議室の折り畳み机を引っぱり出しただけで、特にこった飾り物があるわけではない。

 ただ、幟が一つ置いてあって、それにはこう書かれてあった。


『ハリーといえばキャラハンと、思える人でありたくもあり、ありたくもなし』


 どうやら、ここ最近の自信作らしい。


「いつも通りに部室長屋に閉じこめられていたら、新入生が近づかなければそれまでだからね。その点、この場所は避けて通れないわけだし、やはり優遇には間違いないと思うよ」

「そうかしら?」

「第一、ここならトンネルとの相乗効果で抜群の宣伝効果が望めるじゃないか。なんというか、ほら原爆ドームの前のフェルミ博士という感じで」


 その比喩表現に眉をひそめるレッド。

 そして、そこで初めて気付いたように、ホワイトに改めて尋ねる。


「あれ? 榊は?」

「うーん」


 そう言われて、ホワイトもまた横のブースを見る。

 こちらもまた、長机だけのあっさりというか、やる気のないブース。パイプ椅子は畳まれて机の上に置かれており、間違いなく無人だった。


 そこが会長、榊修平が属するテレビゲーム同好会の勧誘ブースである。


「彼のところはこうやって勧誘しなくても、とりあえず人は寄ってくるからね」

「そうだったわ。で、自分で追い出すのよね」


 と、その時雑木林の先から話し声がした。


 ちなみに手入れの行き届いていなかったあの雑木林も、今ではワンダーフォーゲル部の手によってしっかりと切り開かれ、通学に何の差し障りもなくなっている。

 その開けた視界の先に、まず修平。


 そしてその修平が珍しく笑いながら話している相手は……


「巫女?」

「女生徒だね」


 二人が言うように、もう一人は巫女の姿をした女生徒だった。

 ボブより少し長めの少し癖のある髪。レッドと澪を足して、理想的な割り算をしたような整った容貌。和装の上からでもわかる魅力的なプロポーション。

 その存在自体に思わず息を呑むような少女だった。


「お、レッドにホワイト。ウチの新入部員だ、名前はさいかち雨弓あゆみ


 笑顔のままで修平は二人に紹介する。


「はじめまして、槐です」


 ぺこりと頭を下げる雨弓を、レッドとホワイトは二人掛かりで取り囲む。


「「新入部員~~!?」」


 信じられないものを見て、二人とも声が裏返っている。


「どうして? ひどいコトされたんでしょ?」


 レッドがさらに詰め寄る。


「え? ああ、たくさんゲームをさせていただきました。あんなコアなゲームがたくさん」


 うっとりした表情で答える雨弓にレッドの腰が引ける。


「『奇々怪々』に『コットン』だろ。『ツインビー』はまぁいいにしても、もう少し硬派な趣味は持てなかったのか?」

「ああいう、殺伐としたのはちょっと……」

「ゲームとはそういうもんだろ」

「あ、あのちょっと、いい? 殺伐としたのがイヤならRPGとか……」

「そういうのはゲームと言いません」


 強引に割り込んだレッドの言葉に、雨弓は怖いほどあっさりと返事をした。

 その傍らで、修平が感極まったようにウンウンと頷いている。


 今度こそレッドは、はっきりと後ずさりした。


「それよりも君の出で立ちだ。なんだってそんな格好をしている?」


 相変わらずの自分の白ラン姿を棚に上げて、ホワイトは今まで見たこともないほど厳しい表情で雨弓へと詰め寄った。


 彼女は遠目から見たとおり、白衣に女袴――ちなみに色は緋色――のどこに出しても恥ずかしくない巫女装束なのである。


 ちなみにこの巫女衣装に関しても、独立風紀委員会の方で侃々諤々かんかんがくがくの議論が行われたが最後には男性委員が押し切って通過となった。

 この事件がきっかけで独立風紀委員会にも改革の嵐が訪れるのだが、それはまた別の話。


「あ、ウチの家って神社なんですよ。中学も私服だったんで制服って持ってなくて、ウチにある一番制服らしいものを着ていこうと思って。学校の校則ですから仕方ありませんし」


 理路整然とした説明に、さしもの理不尽男も一瞬の沈黙を余儀なくされた。


「これがあのトンネルですね!」


 雨弓は感激したように大声をあげた。


「私初めて見るんです。それで榊先輩に頼んで連れてきていただいたんです」

「そういうわけだ。おまえ達にも紹介したかったし、ついでにな」


 と、そこだけは確かに彼らしい物言いで雨弓の補足をする修平。

 その修平にレッドが説明を求める。

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