第51話 第五章-13
「「「ゼロ!!」」」
手加減して振り下ろされたスコップは、意外なほどの手応えをレッドの両手に返してきた。それは修平も同じこと。いや修平にはその手応えに具体的な答えを出すことができた。その手応えは普通に穴を掘っているのと変わらないものだったからだ。
不審に思った修平は、今度は容赦なくつるはしを振るう。
やはり同じ手応え。
レッドも同じくムキになってスコップを振り回すが、こちらの方も一向に先に進めない。
それを見ていた生徒達の頭の中に、まだ早すぎたのかという考えが一瞬よぎるが、現実問題として向こう側の声が聞こえているのである。
そんなに的外れなはずもない。
ガッツン!
修平とレッドの振り下ろすつるはしとスコップが、同時に衝撃を与える。
それと同時に生徒達の疑問はあっさりと解けた。
レッドの左側、もちろんそれは向こう側でも修平の左側になるのであるが、その土の壁がボロボロと崩れ落ちたのである。
そうなると当然。向こう側を見ることができる。
実はそれこそがまさに開通の瞬間なのであるが、それに気付く生徒は一人もいなかった。
修平はレッドと向き合ったまま、無言でつるはしを振るい崩れ残った土の壁を丁寧に取り除いてゆく。下に落ちた土はレッドの担当だ。無言でかき出して、穴の形を整える。
こうして整理されてみると、出来上がったその隙間は掘り進めていたトンネルのちょうど半分づつ――それぞれの方向から見て左側半分づつが繋がっている状態である。
元のトンネルの幅が三メートルだから、目算で幅は一メートル五〇。
通学路として使うには不十分な幅だが、お互いの確認をしてにらみ合うには十分な幅だった。修平はつるはしを、レッドはスコップを、自分の足下に突き立ててお互いの目を見つめる。
告白云々は、すでに遥か過去の話だ。
ホワイトも澪も二人のただならぬ雰囲気に声も掛けられない。
(ずれてるんだ……)
(ずれてる)
(どっちが間違えたんだ?)
生徒達のつぶやきが形になり始めた頃、二人は同時に口を開いた。
「「ずれてる」」
一歩も引かない。
「五メートルって言ったよなぁ」
「五メートルって聞いたわよ」
さらに引かない――どころか一歩ずつ前に出る。近づきすぎたために修平は危うくレッドの地形効果を受けそうになったが、そこは踏ん張る。
「真ん中から!」
「端っこから!」
その瞬間、どうしてこういうことが起こったのか全員が理解した。
そして常識的な判断として、
「まぁ、繋がってはいるんだから少し手直せばいいか」
という風に納得もした。
だが――
「言ったよなぁ!」
「聞いてないわよ!」
よりにもよって、トンネル掘りの中心選手二人が収まらない。
そして、自分たちのことを棚の上に上げて、続けて罵り合う。
「常識がねぇのか!?」
「常識で考えなさいよ!!」
その言葉を最後に、話し合いの時間は終わった。
レッドの回し蹴りが修平の脇腹を狙う。素直に食らう修平ではない。とっさに後ろに下がりその蹴りをかわす。
が、かわすまででもなかった。
狭いトンネル内でそんな大技を繰り出せるわけもない。
レッドはつま先をしたたかに打ち付けて、足を伝わってくる痺れるような痛みに歯を食いしばって耐えていた。
修平に格好の隙を与えることとなったが、そうやって痛がっているレッドを見てしまうと修平の闘争心は急速に萎えてしまう。さりとて一度火が付いた怒りがなくなってしまうわけでもない。
期せずして膠着状態が訪れた。
「チャンスだわ、梶原君突入して」
「む、無理ですよ。榊先輩にかなうはずが……」
「はずがないから、怒りのはけ口になって」
無慈悲なことをサラッと、それも笑顔と共に澪は梶原に告げた。
梶原は泣き笑いの表情を浮かべて、それでもレッドと睨み合ったままの修平に突撃する。
「な、なんだてめぇは!」
という言葉と裏腹に、修平の声は実に嬉しそうであった。喜び勇んで梶原を迎撃する。
「あとは、ホワイト先輩が……」
後ろから押さえてくれればという澪の願いは、その視線の先で裏切られた。
ホワイトは壁に向かって何やらガリガリとひっかいている。
いつぞやの実力テストの時と同じように、言葉が降りてきてしまったらしい。
澪はとっさに次の手を打つ。
「木内さん、支部さんに喧嘩を売ってくれませんか? できますね?」
突然名前を呼ばれたファミレスは、一瞬とまどったもののすぐにローラーブレードを駆使してレッドへと近寄ってゆく。
これで騒動の大本二つを抑えることはできた。
「吉田君、佐藤君、星野君、あのずれてしまった部分を削り取って何とか形にして下さい。外の木材を切ってくれている人たちにも連絡を。お願いできますね?」
一ヶ月の間に、多くの男子生徒が澪に飼い慣らされていた。その命令は最優先で実行される。
現状維持と、トンネルの完成。
このまま事態が推移すれば、澪の指示はすべて功を奏したかも知れない。
が、総央高校には最悪のジョーカーがいる。
彼にもっともふさわしい言葉は〝馬鹿とはさみは使いよう〟
「見てくれグリーン!! 凄いぞ僕の最高傑作だ!!」
そのジョーカー、ホワイトは梶原を締め上げる修平の肩をつかんでガクガクと揺さぶる。
「う、うぉぉぉぉ!」
さすがに修平も一瞬はいいように上半身を揺さぶられたままだったが、さすがに長いつきあい、次の瞬間には最良の対処法を選択する。
下半身にまとわりつく梶原を振り払うと、ホワイトの後頭部をつかんで顔面を壁に叩き付けた。ちょうど、ホワイトの最高傑作とやらが刻まれている辺りに。
その修平の行為に生徒達は恐怖した。
指先まで綺麗に痙攣しているホワイトにではなく、せっかく綺麗に仕上がっているトンネルの壁が崩落するかも知れないという予感に。
「このままではいかん!」
どこからか現れた逆三角フラスコ、中里が突然大声を上げる。
「みんな、あの暴徒を取り押さえるんだ! 全員突撃~~!!」
と、続けてノリノリで命令するが反応する生徒は誰もいない。
「あ、あれ?」
中里の目算としては、このトンネルの作戦立案者であるという自分への信頼感が増しているだろうという自負と、現場監督として穏やかではない指揮を執ってきた修平に恨みを持つものが大勢いるに違いないという読みからだった。
だが、作戦立案の功績は現場の人間には見えにくいものであるし、修平はその現場指揮で逆に人望を集めていたのである。
好機と踏んだ中里の判断は完全に間違っていた。
修平は相も変わらずホワイトを責め苛み続けている。それにつれてトンネル全体が悲鳴を上げているかのように打ち震える。
「こ、このままじゃ……みなさん、手を貸して下さい! 榊先輩を止めるんです。このままだと先輩は自分で自分の功績を葬り去ることになります!」
ホワイトを身代わりにして難を逃れた梶原が叫ぶ。
その叫びは、中里の独りよがりな命令よりは多く生徒達の心を捕らえた。
――後に美色の跡を継いで生徒会長となり、その特技は「他力本願」と呼ばれる梶原の資質が開花した瞬間である。
修平の強さは知っていても、複数でかかれば怖くない。
一斉に修平に掴みかかる。
さすがに人海戦術の前には、修平の武力も役に立たない。
すぐに壁際に追いつめられて、身動きがとれなくなる。
その瞬間、自由を取り戻した厄介者がいた。足下に脱力したファミレスを従えて、背が低いくせにふんぞり返った厄介者は修平を見下ろす視線で睨み付ける。
「さすがの乱暴者も、統一された意志の前には無力なものね。人民の力を思い知るがいいわ!!」
「てんめぇは……最後までそれか!! おまえのどこに常識があるんだ!! だいたい足もとのファミレスに何をしたんだ!?」
「色々!!」
よく考えなくても物騒な台詞を言い放ち、修平とレッドは再び臨戦態勢へ。
間に挟まれる形になった生徒達が、心底げんなりとした表情を浮かべる。
「…………ダメだわ、あの二人は」
珍しく完全に気落ちした様子で、澪が呟く。
「多分あの二人の小指をつないでいるのは、赤い糸ならぬ蒼天の空を切り裂く稲妻なのでしょう」
ちゃっかりと復活したホワイトが、したり顔で解説。その横にはこの惨状を捕らえ続けるデジタルビデオカメラ。
「こういう光景をネットに流すことに一抹の不安を感じるんですけど」
「そうですか? 乱闘も面白いですし、あのトンネルの修復作業の手際の良さも見事なものですよ」
「それはまぁ……でも、この乱闘はマイナスにしかならないような気がすします」
その言葉を聞いて、ホワイトはいたずらな笑みを浮かべた。
「僕には、強力な武器になると思えますが」
――その言葉は、現実のものとなる。
文化祭用の外面を整えた総央高校ではなく、剥き出しのまま学生生活を謳歌しまくっているその生徒達の姿は、トンネルの存在と同様に、あるいはそれ以上に進学に悩む中学三年生の心をつかむことに成功した。
ともあれ、現在の総央高校生徒達の苦難は続く。
「てめぇ!! 泣かすぞ!!」
「労働者の明日のために!」
暴走する二つの台風。
小競り合いを繰り返す、クラブ・サークル間の抗争。
苦難の道ではあるが、それこそが総央高校の日常。
――そう、奇跡の一ヶ月と呼ばれる協力の時を乗り越えて、総央高校に日常が回復した。
「「ええい! 鬱陶しい!!」」
……他の高校とはずいぶん違っていたとしても。
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