第50話 第五章-12

「あ、失礼しました。ええ、親父が何故かこの場に居合わせまして。悪運だけは強くて……策は成就しました。協力をお願いします。もちろん内容はお伝えしますよ。携帯からアドレスをお送りしますので、そちらのアドレスを……」


 会話の内容がどんどん、昭人を置き去りにして行く。

 美色の方は話しながら、部室長屋を突き進み一つのサークルの前で足を止めた。

 その扉の前のネームプレートには、ドットで打ち出された古式ゆかしいゴシック体で、こう記されていた。


「電脳部」


 美色はノックもせずに入り込むと、コードの中でたむろしている五人の部員にいたわるようにこう告げた。


「よく残ってくれたな。向こうに行きたかっただろうに」

「それは会長も同じこと。それにこの作業は俺達じゃないとね」


 おおよそ電脳部というイメージからかけ離れている、浅黒い肌のスポーツマンといった容姿を持つ部長の大倉政史が、どこか自慢げに答える。


「こっちの準備は終わってる。というかホームページはもう公開してるぞ。あの合図でな」

「うん、広川さんにはもう伝えてある」

「あとはあちこちの掲示板で宣伝活動をしてるよ。サイト開いても見に来てもらえないと仕方ないからね。おっつけ動画も届くだろうから、その頃には多少は人が来てるようになってるはずだ」


 その大倉の言葉と共に、残りの四人が親指を立ててグッドラックサイン。


「で、会長の後ろにいるのは?」

「俺の親父」


 しれっと答える美色の言葉に反比例して、部員達の反応は顕著だった。

 一瞬にして憎悪の視線が、昭人に集中する。


「て、ことは理事長なんだな」


 睨まれる謂われは溢れ返るほど確かにある。

 昭人は言葉を失うが、思わぬところから救いの手が差しのばされた。


「そんなにいきり立つな。何しろ俺達はすでに勝利者なんだからな」


 その言葉に、殺気立っていた電脳部の面々の表情も緩んでゆく。


「な、何をしたんだ、生徒達は?」


 緩んだ隙を突いて、昭人が声を上げた。


「会長、説明してないの?」

「面倒でな。なんにしろ、ここに来れば説明できると思ったし。それだけのものは作ったんだろう?」

「もちろんだ」


 と大倉は胸を張ると、ノートパソコンを持って先ほどとは一転、笑い顔のままで昭人の元へと近づいてくる。


「理事長、こちらをご覧下さい」

「な、何だ?」

「無駄無駄。親父はパソコンいじれないんだ。トップページ見てるだけで先に進めないぞ」

「それじゃあ……」


 大倉は部室内のパイプ椅子に昭人を座らせると、その前にノートパソコンを置いて、あるサイトを開いてみせる。


「俺達の、いや総央高校のホームページですよ」

「そ、そんなものは……」


 さすがにホームページという単語は知っていたのか、昭人が初めて能動的な反応を示す。そして、そういった総央高校の経営にも関わりそうなことには、自分の許可が必要だと、それだけはしっかりと主張しようとしたが、そんな考えはすぐに吹き飛んでしまった。


 開かれたサイトにあまりにも非常識なことが書いてあったからだ。


 トンネル。

 自力で掘る。

 一ヶ月。

 新入生熱烈募集中!


「な、なんだこれは?!」


 横で操作する大倉の手によって、サイトはさらに開かれてゆき、トンネルを掘るという選択肢しか残されなかった、秋の道を探すための一大作戦の失敗が紹介されており、その詳細なルポは昭人をして、思わず引き込まれてしまっていた。


「この辺りの文章は中里介山ファンクラブの狭山が担当で」

「ほう」


 と、美色が感心した声を上げる。

 対する、昭人の方はそれどころではない。


 ついには理事長サイドの横暴に触れる部分にまでページは広げられ、こうなると昭人も心穏やかに見ていられるはずもない。


「み、認めんぞこんなこと!!」

「「あんたが何を認めると言うんだ」」


 美色と大倉は同時に言い放つ。


「な、何を……そ、そうだトンネルを掘っているあの山は、ウチの山だ。わ、私は認めない。即刻、このトンネルは閉鎖だ!」

「親父はいい度胸だな。悪役になる覚悟があると見える」

「悪役?」

「わからないのか?」


 その時初めて、美色は父親の顔を正面から捕らえた。


「高校生が自分たちの高校を救うために掘ったトンネルだ。どこに出しても立派な美談なんだよ、これは。手段が無茶なのは認めるが、何しろ俺達は年若い高校生だ。その目的が正当なものである以上、世間も大目に見てくれる」


 確信に満ちた瞳、力強い言葉、生徒会を、いや総央高校を支配するカリスマが実の父親をも圧倒する。


「これに逆らうことは悪役になるということを意味するんだ親父。もっとも絡め手で来たいというなら、そうすればいい」


 美色は昭人を恫喝する。


「親父が携帯に出てくれたおかげで、説明の手間が省けて良かった。こっちのバックには強力な人たちが揃ってる。総央高校OBは他にもまだまだいるぞ。いっそのこと、手を出して確かめてみるか? ん~~?」

「おまえは……! おまえは……!」

「何度も言っているだろう親父……」


 美色は大きく息を吸い込み、叫ぶ。


生徒おれ達の勝ちだ!!」







 

 さて、こうして総央高校生徒達が行った母校救出作戦は完全成功を収めることとなった。

 美色の読み通り、この美談は全国区で関心を集め、すぐに学校の理事会程度で対処できる問題を通り越してしまったのである。


 元より問題の遺跡で関心を集めていた学校でもあった部分も大きい。


 その功罪も含めて広範囲に渡って議論が繰り広げられることとなり、すでに高校生がトンネルを掘ったことについての危険性を論じる声はその多くの声に埋もれてしまった。


 すぐにそれを論じる域を突破してしまったということもあるが、それほどまでにトンネルの完成度は高く、一度見ると危険がどうとかはとても言い出せなくなってしまう。


 なにより、一番危険だと思われる掘っている最中を見せていないことが幸いした。完成させていることが最大の武器となったのだ。

 それでもなお危険視する声もあったのだが、


「君たちは彼らが作り出した宝物を取り上げるつもりかい? だいたいホームページを見ればあの通学路が必要不可欠なものであることは分かり切ったことだ。それでも文句を言うなら、年度末に無駄な道路工事をする予算を回して、ちゃんとしたトンネルを掘ってやればいい。私はそのためなら力は惜しまないつもりだよ」


 地元の名士、広川良介の言葉によってこの問題は完全に決着することとなった。


 もっとも、トンネルに関してはいびつなところを一部補強という形で、生徒達が掘ったトンネルはほとんどそのまま使用されることとなる。


 こうやって大きくなった話題は大人達にまかせて、トンネルを掘り追えた生徒達の次の関心事は見学者がどれほど訪れるかであった。


 何しろ文化祭の悪夢を大半の生徒達は経験している。

 が、心配するまでもなく、続々と見学者は訪れた。


 元々地元の名門校である。それに加えてトンネルである。おかしな言い方だが集客力は抜群。加えてネット上で流された開通する瞬間を捕らえた映像がさらに話題を呼んだ。


 その出演者を見るため――


 という進学のためという動機からかけ離れた理由もあったが、見学者は細いトンネルを通り抜けて次々と総央高校を訪れた。

 何人かはそのまま受験する意志を固めたようで、総央高校の前途は洋々。

 

 ――こうして総央高校は危機を乗り切ったのである。





 で、終われば綺麗にまとまるのだが、そうもいかないのが総央高校。

 もっとも救われた事実に変わりがあるわけではなく、問題はそのずっと前。


 開通の瞬間である。


 ネット上に配信された、いわば総央高校の実態。


 しばし時は戻る――


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