第49話 第五章-11
「そんなに大声を出さないで、ここの柱はまだ取り付けてないんだから、落盤が起きるかも知れないわよ」
と、澪が話す先から木材が運び込まれて、昨日まで掘り進んだトンネルの補強工事が始まり、それはアッという間に形をなしてゆく。
「ご、ごめんなさい」
珍しく、レッドは素直に謝った。
先ほど大声を出したのも精神的に追い込まれてのことだろう。
というのも、現在のところこちらの方が生徒数が多いという現状が、さらなるプレッシャーをレッドに与えているのである。
わざわざ、山一つ越えて生徒達がこちらに集まっている理由はただ一つ。
カメラが向こう側にしかないため――つまり、正面から撮られるためにはこちら側にいる必要があるからである。
こちら側にもAV機器を持ち込むことは可能だったのだが、そのため計画を生徒会室で練っているとき、
「ここまで用意周到というのは、なんか高校生らしくなくありませんか?」
という梶原の意見が採用されたからである。
いまさら高校生らしさを気取ってどうする、という気もするが山の向こうに発電機まで含めた機材を運ぶのはいかにも大変であり、そのための絶好の言い訳を梶原は提示したというわけだ。
その功績により梶原もまた、こちら側に配置されて立派に澪のパシリをつとめている。
今も梶原の手から、レッドへとスコップが手渡されていた。
もうすぐ、向こう側との打ち合わせで定められた時間なのである。
土の向こう側からも、喧噪の音が一段と大きく聞こえてきた。
「ほ、本当に言わなきゃダメ?」
「まだ言ってるの? 木内さんもこっちに来てるのよ。ここで引いたら、後々深刻なダメージを受けることになると思うけど」
そう言って、流された澪の視線の先には、ローラーブレードを履いてクルクルと動き回っているファミレスの姿があった。笑顔を絶やさず、いかにもウェイトレスの鑑といった風情だが、時々レッドへと向けられる視線には厳しさがあった。
はっきり言うと睨まれている。
「じゃ、じゃあさ曾根崎さんも一緒に言おう。向こうにはホワイトもいるし」
「あなたのそういう女の子らしいところを見れたのは僥倖と言うべきかも知れないんだけど……」
澪は実に残念そうに、ため息を付いた。
「私、別にホワイト先輩に告白するいわれはないわ」
「え? だって、あんなに気があってるし……」
「あくまで気があってるだけよ。本当にそれだけ。だいたい私が好きなのは、輝正さんよ」
ガラン、ガラガラ……
その声を聞くともなしに聞いていたのだろう。幾人かの男子生徒の手から一斉に、道具が転げ落ちる。
「ホワイト先輩と仲良くしてるとね、輝正さんが拗ねて拗ねて、そこがまた可愛くて」
「……鬼だわ」
レッドはそう呟いて抵抗を諦めた。
手にはスコップ。しっかりと握りしめて、最後の一突きを食らわせるべき、土の壁を睨み付ける。
「ホワイト! てんめぇ~~~!!」
その瞬間、耳に慣れた修平の声がレッドの耳に届いた。
修平が向こう側の最後の一突き――こちら側の自分と同じ役割を任されていることを思い出す。
鼓動が跳ね上がる。
ここまで来た。
協力者が誰も現れず、三人で掘り始めた。
途中で、ホワイトが抜けて怒りに我を忘れそうになったこともあった。
大きな岩塊にぶつかって時間内に完成しないかも知れないと、諦めそうになったこともあった。
だが――
あの日以来、状況は一変した。
学校中が協力者になった。
練り直される計画、その中で自分はいつの間にか一つの現場を任されるまでになった。
その中で知る自分の力不足。
すぐに短気を起こして怒りだしてしまう。
そんな自分の側に、修平はいつもいてくれた。
感謝している。
――そんな言葉で終わらせたくはない。
ならば、言おう。
罠にはめられたようなこの状況だが、自分の気持ちを正直に言おう。
「そろそろ時間よ。支部さん構えて」
背後から澪の声がする。レッドはスコップを上段に構えた。
「あんまり強くやると、榊君の頭を掘っちゃうわよ」
「そんなこと……!」
また、激昴しそうになる。
レッドは深呼吸。怒りにまかせて告白したとは思われたくない。
間違いなく、告白は自分の意志なのだから。
そう伝わらなければ意味がない。
「カウントダウンいきます。10,9,8,7……」
ここに来る前に全員で時計合わせをした腕時計を見ながら、梶原が告げる。
レッドは、この最後に残った土の壁の向こうの修平の姿を思い浮かべる。
――うん!
「……4,3,2,1……」
「「「ゼロ!!」」」
洞窟内に生徒達の声が唱和して、レッドはスコップを振り下ろした。
ポンッ!
生徒会で睨み合いを続けていた美色親子にもその音は聞こえた。
それにつられて窓の外を見てみれば、果たして最初に美色が見ていた山の方角から白煙が昇っている。
「な、なんだアレは……?」
その非日常的な光景に、昭人は思わず声を上げる。
が、美色の変化は静かだった。
声も出さず、身じろぎもせず、ただ表情だけを変化させていた。
その表情には歓喜、勝利、希望、余裕、ありとあらゆる正の感情が満ちあふれている。
「勝ったぞ親父。俺達の完全勝利だ」
「お、おまえ何を……」
と焦る父親を置き去りにして、美色は学生服の懐に手を伸ばすと携帯を取り出した。
と、同時に席を立って、生徒会室を後にする。
「あ、もしもし広川さんをお願いします。ええ、例の件だと美色から……ええ、総央高校生徒会長の方の美色です」
「ちょ、ちょっと待たんか、輝正! その広川さんって誰だ? まさか……」
廊下をスタスタと進んでいく息子に追いすがりながら、懸命に昭人が話しかける。
「想像しているとおりの広川さんだ」
話口に手を当てて、少しだけ振り返ると美色は父親に告げた。
その顔には意地の悪い表情が浮かんでいる。
――
地元の県議会議員で眉目秀麗、中央政界に打って出るのも時間の問題と目されている実力者だ。もちろん総央高校OBでもあり、つまるところは変人でもある。
「ちょ、ちょっと貸せ!」
息子の手から携帯電話を取り上げると、一心に語りかける。
「もしもし! もしもし!」
『あれ理事長じゃないか? 息子さんの方だと聞いていたんだけど……』
もちろん昭人の方も、広川とは面識がある。
というか、息子と広川に繋がりがある方が不思議なのだ。
「あ、あのですね」
『いや、あなたの息子さんは凄いねぇ。こちらはもう何が起こるのかと楽しみで楽しみで。重村先輩にも声を掛けてあるんだ』
「し、重村! 重村先生ですか?」
昭人の顔から血の気が引いた。
衆議院議員。総央高校OB――なのでやっぱり変人。
話が大きくなりすぎている。
その時、美色が携帯を奪い返した。
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