第48話 第五章-10

 その陰の生徒会の一員――当人に直接尋ねてみれば、拳のおまけ付きで盛大に否定されるであろうが――修平は作業の間、表情が晴れなかった。


 肉体労働に復帰したために、復活しかかっていた目の下のクマは早々に退散したのだが、表情は一向に晴れないままである。

 原因は言うまでもなく、正月の一件であった。


 修平はごく常識的な判断として、布団を敷いてレッドを寝かせた後、生徒名簿をめくってレッドの家の電話番号を探り当てると、この顛末を説明した。

 さすがに正月ということで、迎えにこれそうな人間――つまり免許を持っている大人達――には全員酒が入っており、本当に恐縮されながら、結局は夜までレッドを寝かせて置いた。


 無論、手は出していない。


 新学期が始まり、首尾を尋ねてきたホワイトに婉曲に罵倒され、美色の伝言を携えてきた澪には、彼女自身の言葉と併せて直截に罵倒された。


「悪事を働くことを、勇気と勘違いしていいのは幼稚園までだ!」


 という、修平のもっともな反論は綺麗に聞き流されて、


「大体、何だってそんなにちょっかいを掛けてくる? そもそも、ああいうお膳立てをされたってなぁ、当の俺達が……」


と、言葉を重ねてみても、


「「「さっさとくっついてしまえ」」」


 三重奏で言い返される。

 このあたり、ホワイトの言動は休み前のそれとは明らかに矛盾しているが、この男にしてみればいつものことだ。


 そうやって、防戦につとめながらも穴掘り作業の監督を行い、かつ自分でも堀り崩していくウチに、一つの約束事が出来上がっていた。


 即ち――


「トンネルが開通した瞬間に、告白する」


 という。


 もちろん、修平は知らない。


 反対側の穴でもまた、レッドが同様の約束を強要されているということを。

 かくして色々な思惑が絡みすぎたまま、ついに来るべき日を迎える。


 ――正確な日付は一月二十日。






 

 その日、まず動いたのは理事長側であった。

 理事長、美色昭人本人が総央高校に乗り込んだのである。


 出迎えの校長を振り払ってまっすぐ向かった先は、生徒会室。

 その部屋の責任者、息子である美色輝正は窓際に立って、じっと外を見つめていた。

 そう、あの山のある方向を。


 ガラッと部屋の扉が開かれる音がしても、その場を動こうともせず、美色はチラリとした一瞥をくれるだけだった。

 その視線の先には、身なりこそ整えているがどこか貧相な顔つきの中年男性が一人。


 それでいて身体は肥満しており、そのアンバランスさがどことなく人を不快にさせる。

 とことんまで、指導者には向かない外見。


 それが美色昭人という男の、第一印象であろう。


「親父か……」


 電柱に貼り付けられた広告でも見たかのような素っ気なさで美色は呟くと、再び視線を窓の外へと戻す。


「こっちを向かんか、輝正」


 声だけは見事なバリトンで、息子へと静かに叱責する昭人。

 もちろん、それで素直に言うこと聞くような息子ではない。


「それに何だ、この部屋は? 会長のおまえしかいないじゃないか」

「他の面子は現場に出ている。今日は大事な日なんだ。総央高校が生き残ることが決定する、大事な日だ」

「な……!」


 昭人は驚きの声を上げた。


 今日の目的は直談判で、息子の口から何か企んでいることを認めさせること。

 その方法、手段については後日でもいい。


 というような心づもりだったのだが、息子の口から出たのは、悪巧みのいきなりの肯定。しかも最後通牒付き。


「グラウンドの方は見なかったのか? まぁ、見てないんだろうな。今日はクラブも何もかも一切合切休みだ。もちろん生徒達の自主的な判断で」


 いつの間にか父親の方を向いて、美色は淡々と喋り続ける。


「何で俺がこんなことをベラベラ喋っているのか? わからないはずはないよな。そうだ、親父、手遅れだよ。ただ、今日この日に学校に来たという強運だけは褒めてやってもいいがな」

「そ、その親を見下した態度……」

「息子の通う高校を潰そうとした親の台詞とは思えんな」


 美色の方には全く容赦がない。黙り込む父親に向かって、勝者の笑みを浮かべながら、優しく切り出した。


「とにかく座ったらどうだ? もちろん、茶などは出ないがな。ここで敗北の瞬間を噛みしめるといい」


 生徒会室に昭人のうなり声が響く。




 ところ変わってここは、トンネル第一分隊最前線。


 要するに学校側から掘っている方の、一番先である。監督で主力でもある修平はもとより、ホワイトまでが顔を揃えて、その周辺にはAV機器に強力なハロゲンライト。どうやらネット上で開通の瞬間を流すつもりのようだ。


 それに備えて、ホワイトは一張羅――らしい――の白ラン姿。修平の方は無論備える必要性を感じなかったので、いつもの学ラン姿である。


「よくこんな機材が揃ってたな」


 修平は心から感心した声で、自分の周りを取り巻く機械達を見渡した。


「何というか〝マニア〟の周りには勝手に物が集まってくる現象があるだろう。とてもそんなもの買いそろえる経済的余裕がないはずなのに」


 修平は、すっかりお見限りになった部室の基盤群を思い出していた。

 そこで、ふと思考が止まる。


「……って、これ全部個人の所有物だって言うのか?」

「あの基盤は君の物じゃないだろう?」

「ごく普通に俺の考えを読むな」

「ハロゲンライトは元々学校の備品だよ。生徒会長を抱き込んでいる我々に調達できない品物ではない。この機器にしても、小学生からコツコツと貯金していたものを切り崩せば手の届かない品物というわけでもないだろう?」

「そりゃ、そうかもしれないが……」

「〝数は力なり〟さ。多く数を飲み込めば、物理的な労働力確保以上にこういう旨みが出てくるものなんだよ」


 そのホワイトの言葉を聞いて、修平は考え込んだ。


「……おい、ホワイト。あのときは美色の馬鹿がおかしな聞き方したから、そのままになっちまったけど、おまえ今の事態をどれぐらい見越していたんだ?」

「今の事態?」


 ホワイトはきょとんとした表情を浮かべるが、次の瞬間には下卑た笑みを浮かべて、修平の肩をポンポンと叩く。


「いやだなぁ。そんなに照れなくてもいいよ。君たち二人もやっとここまで来たって感じだしねぇ」

「………………いやまぁ、俺が悪いんだな」


 何かも諦めて、修平は肩を落とした。


「それはそうと大丈夫なんだろうね?」


 小声でホワイトが修平に尋ねてくる。


「何が?」


 つられて、修平も小声になる。


「告白の覚悟は出来てるのかい?」


 これで小声になったわけがわかった。


 実のところ、トンネル自体は昨日にも開通できることが出来る状態にまで、進んでいるのである。しかし、まだ時間的に余裕があることがわかっていたため、宣伝のために開通の瞬間は今日に延期したのだ。


 これによってどういう効果がもたらされるかというと、現状のようにAV機器の搬入と――


「わかってるわよ!」


 掘り進む先から、レッドの声が聞こえる。

 いつも通りの、ヒステリーな声が。

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