第47話 第五章-9

「そんなものわね、美色」


 その本人を指さしながら、レッドは立ち上がり言い放つ。


「トンネルを完成させてから言いなさいよ! 大体、こうやって遊んでいる間にも、出来ることはあるはずでしょう! きっとそうよ!!」

「それが出来ない。どうも親父の奴は、完全に気付いたみたいだ」

「それって、トンネルのこともかい?」


 真剣みを帯びたホワイトの声。それを合図にして、全員の酔いがスッと覚める。


「いや、具体的なことは何も……だと思う。ただ、俺が諦めてないことは知られたようだな」

「実は、ここに来るのも一苦労だったの。榊君の家がお寺で良かったわ。初詣の名目が立ちやすいから」

「前から思ってたんだが、おまえの家の親子関係はどうなってる?」


 修平が皮肉半分、好奇心が半分といった具合で美色に尋ねる。

 が、それには澪が先に答えた。


「輝正さんとお義父様との関係は、言葉で言い表せるものではないんですよ」

「グッ」


 修平は棒でも飲み込んだような声を上げ、完全に修平が一本取られた形になる。


「で、わざわざ私たちに会いに来たのはなんで?」

「確かに、寺の前でウロウロしていたおまえを引きずるためだけに訪ねてきたというのでは面白すぎるからな」

「グッ」


 今度はレッドが言葉に詰まる。


「いいなぁ、会長。それ僕がやりたかったのに」

「ハッハッハ、正月一番の楽しみを人に譲るわけないだろ」

「な、なんで人の行動を、そこまで読み切るのよ!!」

「それはね、支部さん。貴女の行動が単純――」


 ドンッ!!


 修平が、一升瓶を畳に叩き付けた。


「盛大に脱線しやがって。そういう話なら、そもそもここで宴会する必要はないじゃねぇか」

「本末が転倒することはよくあることだ」

「転ばせた本人が言う台詞じゃねぇが、とにかく用件を言え。言ったらさっさと出てけ」


 美色は肩をすくめる。


「――三学期の始業式以降、俺は生徒会室を動けなくなる」


 その言葉に眉をひそめる修平だったが、まもなく理解の色を浮かべた。


「それは……そうか」

「そう、親父への牽制のためだ。連絡方法等は追って考えるが、それでも現場の指揮にいちいち細かい指示を出してる余裕はないだろう。そこでおまえ達三人に、完全に任せたい。まぁ、元の鞘に収まると言ってもいいんだが」

「……それだけか?」


 いささか、拍子抜けしたように修平は応じる。

 修平にしてみれば、いちいち美色の指示を仰いでいた覚えはない。


「親父にしてみればそうでもない。まさか、ウチの高校に影の内閣シャドウ・キャビネットがあるとは夢にも思ってないはずだ」

「シャ……なんだって?」

「で、俺達がこうして訪ねてきたのは……ええとまぁ、誠意を示すためだ」


「誠意? そんなものは生徒会選挙の時に叩き売りしてたじゃねぇか」

「そういう見せかけの誠意ではなく」

「自分で言い切りやがった」

「おまえ達の計画に首を突っ込んで、勝手に盛り上げておいて、無責任に放り出す形になってしまった」

「そうだな」


 修平は無情に言い放った。

 美色は一瞬表情を歪め、さらに何かをこらえるかのように、ギュッと自分の両膝を握りしめ、ぐっと上半身を前に倒し……そこまでが限界だったようだ。


 バッと顔を上げると、なんだか泣き出しそうな表情で修平に懇願する。


「こういう時には、それにふさわしい言動があるだろう言動が! 『そんなことはない。おまえはおまえで大事な仕事をするんだ、気にすることはない!』とか、耳に麗しい言葉が」


「おまえの演出過剰な人生につき合う気はない。要するに、俺達に穴掘りの方を完全に任せるというわけだな。それは風通しが良くて結構なことだ。おっと、大丈夫静かにやるさ。それはもう、抜き足差し足でな」


 美色の喋る余地を与えずに、修平は一気に言い切った。


「あら、私はご一緒させていただきますわよ。我が総央高校生徒会はそこまで無責任ではありません」


 澪からの横やりに、修平は言葉の手綱を取り落とし掛けるが、すぐに気を取り直す。


「もともと、そっちはレッドの管轄じゃないか。俺の知ったことか」


 当然、この修平の言葉には猛烈な反撃があるかと思われたが、部屋は未だ沈黙を保ったままであった。不審に思った修平がそちらに目を向けると、果たしてレッドはぶっ倒れていた。


「会長、当初の作戦目的をやっと達成しました」


 ほんのり頬を染め、口元に色鮮やかな振り袖を引き寄せる澪。


「思った以上に肝臓の強い方でしたね」

「な、な、な、」


 驚きをうまく言葉に出来ない修平に、澪は続けてこう言った。


「同じペースで呑んでいればつぶれると思ったんですが、なかなかうまくいきませんので、徐々にアルコール濃度を高めに設定させていただきました。さすがに寒い国に憧れる方は、そちらの耐性も強いようで」

「……仲良く呑んでると思ったら、そういうオチか」

「仲良く、というところに偽りはないと思いますが」


 といって、ひどくわざとらしくオホホと澪は笑ってみせる。


「では、お暇するか。ホワイトもな」

「うむ」


 突然、美色は腰を上げホワイトもそれに続く。


「え、ちょ、ちょっと待て」


 だが、澪を含めて三人は修平をまったく相手にせず、ホワイトを先頭に玄関へと向かい、それ以上言葉を発することなく、振り返ることもなく緑安寺を去っていった。


 後に残された、修平とレッド。


 より詳しく説明すると、修平と抵抗する力がなくなったレッド。


 ――修平は冷や汗を垂らしながら、生唾を飲み込んだ。







 冬休みも終わり、三学期の始まり。


 恐らくは理事長の意を受けたのだろう。教師達の一部の動きが明らかに変わっていた。


 二学期まではホワイト立案の陽動作戦にホイホイ引っ掛かっていたのだが、生徒の目を盗むように行動する教職員の存在が、確実に存在していたのである。

 もっとも、それを察知されているということ自体が、すでに理事長側の敗北を意味しているのであるが。


 総央高校全生徒は、息を潜めるように、そして細心の注意を払いながら、普段通りの生活を繰り返していた。


 授業ではいうに及ばず、クラブ活動にまで理由のない欠席者は皆無という状態で、理事長側からすれば、最重要監視目標の生徒会長――美色輝正までもが日々生徒会室でお茶を飲んでは下校時間まで無為に過ごすという報告に、肩すかしを食らう形となっていた。


 しかし、さすがは親子と言うべきか、この状況に置かれても一向に行動しない息子、という現象を理事長、美色昭人は全く信用していなかった。


 必ず水面下で工作しているに違いないと、さらに身辺を洗わせるのだが、会うべき場所で会うべき人物以外とは全く接触をしていないという報告が返って来るばかりであった。


 副会長で、息子の許嫁でもある曾根崎澪に少々ながら不審な動きが見られるものの、基本的には早めに帰宅しているだけであるし、それに何よりこのご時世、女生徒をつけ回すというのは色々な意味で危険すぎる行為だった。


 ――もっとも、実際に尾行したとしても澪の方は早々に気付いていただろうが。


 この二つに理由によって、澪を連絡要員に据えるという、生徒会長・美色の判断はまさに正鵠を射ていたこととなる。

 それに何より、理事長側は知らない。


 総央高校にもう一つの生徒会が存在することを――。

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