第46話 第五章-8

 ――とはいえ、家が寺ともなると人並みにはゆっくり出来ない。


 さすがに正月には、プラモ住職もきちんと行事には出席する。まず檀家衆の挨拶に応じ、正月ばかりとは言え詣でる人達へ人当たりの良いところを見せつけなければならない。


 そういうところはさすがに亀も甲より年の功で、実に如才なくこなすプラモ住職。

 その息子はと言えば、遅れてきた反抗期でも主張するかのように、適当に挨拶をする他は部屋に閉じこもってゲーム三昧の日々を過ごしていた。


 が、トンネルのことが気になって、かつてはそこそこ熱中できたゲームに身が入らない。慣れた指の動きは易々と自機を操り、決して爆散することはなかったがその動きに〝遊び〟がなかった。ただもう、義務を果たしていくというだけの、作業のようなゲームの仕方である。


 その状況が変わるのは三ケ日の最終日。つまりは一月三日――


「なんだ、目の下のクマが復活してるじゃないか」


 と言って、緑安寺に姿を現したのは美色だった。

 地元の名士の一族らしく紋付き袴姿で、体裁上は完全な年始参りだった。

 その横には飛翔する鶴の姿が描かれた晴れ着姿の澪が佇んでいた。


「……何しに来た」


 客が来たと言われて玄関先までやってきた修平は、回れ右しそうになるのを、すんでのところでこらえた。


「そう言わずに。お土産もありますよ」


 婉然と澪が微笑み、グイと腕を引っ張るとそこにはレッドが現れた。


「……私は物じゃない」


 憮然とレッドは呟いた。


「いや、そこをうろうろしていたんでな。本人の意思を延長してこちらに連れてきた」


 レッドは晴れ着姿というような殊勝な格好ではなかったが、人民服でもなかった。

 ダッフルコートがすっぽりと小さな身体を覆っている。その下が人民服である可能性は否めないが、足元を見る限りどうもスカートを身につけているようだった。


「こ、これは! お母さんが正月ぐらい普通の格好をしろって、うるさいから!!」


 修平の視線に気づいたのか、レッドが突然言い訳を始める。


「お土産が気に入ってもらったところで……」

「俺は……!」

「気に入りませんか?」

「それは……」

「まぁまぁ、こういうのもあるぞ。ええと、こういった場所では般若湯とか言うんだっけ?」

「……ウチは浄土真宗だから、酒は酒で良い」


 美色の差し出した一升瓶を横目に観ながら、修平は訂正した。


「一緒に呑もうと思ってな。あがっても良いか?」


 修平はしばらく逡巡した。


「それって、レッドも承知してるのか」

「もちろんですよ」


 その問いかけに、何故か澪が積極的に肯定した。レッドの方は相変わらず憮然としたままそっぽを向いている。


「ま、いーか。あの馬鹿がいないだけマシ……」

「呼んだかい?」


 その脳天気なホワイトの声に、修平は膝から崩れ落ちた。







 ――とにかく呑もう。


 修平がこう理屈づけて立ち上がると、事態は思ったよりもスムーズに進んだ。

 ホワイト――こちらは真っ白な紋付き袴――と美色が八畳間を片づけて宴会の席を設定し、修平と澪とでおせち料理だけでは物足りないので、何かしらのつまみを作る。


 レッドは、と言えば「働かせろ!」と言い出す前に、双方のグループから次から次へと雑事を頼まれて、右へ左へと走り回っていた。

 さすがにこのメンツは、レッドの性格を熟知している。


 やがて席が整い一同が腰を落ち着けると、ものの数十分で宴席は乱れ始めた。


 ホワイトはいつも調子ではあるが、まず美色が内容が全くない演説を始めて、しかも全員がそれを聞いてない。修平はますます無口になり、自分で作ったつまみにはまったく手を付けずに、黙々と茶碗で酒をあおっていた。すでに、美色が持ち込んだ一升瓶は空けてしまっている。


 女性陣二人は一見仲睦まじく酒を酌み交わしているように見える。二人とも喰い上戸なのか、空になった皿と重箱が、二人の前に山と積まれていた。


 時々、澪がレッドの耳元でボソリと囁くと、レッドがそのあだ名のままに真っ赤になって、コクコクと頷きながら朱色の杯をあおる。

 いささか着崩れ澪と、どちらかというと〝可愛いタイプ〟のレッドの上気した頬。見所はたくさんであったが、修平、ホワイト、美色の前ではせっかくの艶姿も宝の持ち腐れであろう。


 その時、不毛を絵に描いていたような美色の演説が終わりを告げた。

 フッと襲いかかってきた静寂に、一同の視線が美色に集まる。


「……ホワイト……今の事態をどこまで想定していたんだ?」


 視線が集まったのを確認するかのように、美色が口を開く。

 酔っているのか、素面なのか。

 咄嗟には判断が付かなかった。酒を飲み下す修平の喉を鳴らす音がやけに響く。


「すまいないが、会長」


 ホワイトは、ざっと前髪をかき上げながら応じる。


「宴席での君の芸のなさには、目を見張るほどに華がないと言わざるを得ないね」

「俺は真面目に話してるんだ!」

「僕のどこが真面目じゃないというんだい?」


 美色は机の上に突っ伏した。今度こそ酔いが回ってきたようだ。

 そのままグルンと首だけを修平の方へと向ける。


「おい、榊。実際のところはどうなんだ? ホワイトの奴は、学校中全部を巻き込んだ、この最終的な形を考えて動いていたのか?」


 修平は無言のままだった。ただ、グビグビと酒をあおる。


「いや、そうだな。答えるまでもなく、おまえの行動はホワイトの見越しての事なのは自明の理だ。まったくいつもいがみ合っていても、結局のところは……」

「それ以上言うな!!」


 突然、修平が吠えた。


「いいか、俺がこいつに抱いてる感情は一つだけ!」


 手に持った茶碗を、ビッとホワイトへと突きつける。中に残っていた酒が、光を反射して宙に舞う。


「この手に刀があれば、この手に拳銃があれば、この手に毒薬があれば、この手に手榴弾があれば、この手にミサイルがあれば、この手に核弾頭があれば!!」

「全然一つじゃないね」


 当の本人、ホワイトがのほほんと混ぜっ返す。


「それでもなんでも、この馬鹿のやりたいことぐらいはわかるんだよ。人と人との間柄に、無理矢理名前を付けて納得してるんじゃれぇ」


 酔ってきているのだろう。最後の方はろれつが怪しい。


「アレは、何を言ってるの?」


 レッドが傍らの澪に、男共の言い争いの原因を尋ねる。


「男の方には、プライドがあるんですよ。そこがまた可愛いんですけど」

「プライド~~!?」


 レッドの眦が上がる。いつもより速く点火したのは、これもまた酒精アルコールのせいだろう。

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