第45話 第五章-7
実のところ、学校が冬休みに突入して最大の恩恵を受けたのはレッドと澪が監督を務める第二班、通称〝美人局部隊〟である。
何しろ、山を越えて学校に行く必要がないから体力は有り余っていた。
作業しいている最中には前線で指揮を執る、レッドのポニーテールが踊る姿に心をときめかせ、後方での休息のひとときには澪の黒髪が心を癒す。
美人につられてのこのこと作業効率は上がり、実働五日目にしてすでに10メートルの距離を稼いでいた。初日は下準備や、木材の切り出しなど雑事に追われることとなるので、これは驚異的なスピードと言えるだろう。
ただ、早く進みすぎたために床面の整地が追いついていない状態なので、この辺りでスピードはダウンすることになるが、進行的に問題はない。
そんな中、レッドの評価はというと、実のところ相変わらずだった。
すぐにヒステリーを起こしてわめき散らす。意固地で人の言うことは聞かない。どうあってもあれは観賞用だ。榊はよくあんなのとつきあえるな。
……という、いつも通りの評価に変わることはなく、それでも観賞用の素材としては抜群なので、光る汗や、時折見せる無防備な笑顔は、十分に美色たちの狙い通りだった。
澪の方はというと実にそつない対応で、控えめな姿勢に徹し、いたずらに男子生徒の心を煽り立てることもなく、かといって素っ気なくもなく、見事なまでの距離感を保っている。
それでも、数人は熱に浮かされて告白するものもいたようだが、澪はやんわりと断り、特に配置換えも要求せず、変わらぬ優しさを以て接した。
そしてこの二人が提供するサービスはもう一つある。
冬休みということで、男子生徒たちは穴掘りのためにある場所にまとまって寝泊まりすることが多くなっていた。
それは第二班だけではなく、修平たちの第一班も同様なので、その宿泊先は両方の作業場からのほぼ同距離の位置――つまり緑安寺である。
立地条件もいい上に、何しろお堂など寝泊まりできるだけのスペースもあるのだ。
実際に泊まった運動部員からは、
「今度からはクラブの合宿もここにしよう」
と声が上がるほどの好評ぶりで、美色も、
「もっと早くに教えないか!」
と理不尽な怒りを修平にぶつけるほどであった。
その合宿所の賄いを、レッドと澪が行うというものである。
レッドの料理の腕は大したことがないので、実際に作るのは修平だった。もちろん本人は嫌がったが、
「冷静になれ。女の手作りと男の手作り。やる気が出るのはどっちだ?」
「だったら、曾根崎にやらせればいいだろ?」
「澪一人じゃ全部は無理だ」
「だからって、何で俺が……」
「その方が皆のやる気が出るとなったら、レッドは無理でも何でもやるぞ。今のうちにお前が立候補しておいた方が何かといいんじゃないか? ん?」
「……この外道が」
レッドはそれでも手伝うと申し出たのだが、さすがに自分の料理の腕はわきまえているようで、修平が立候補すると意外なほどあっさりと修平に仕事を譲り、自分は野菜の下準備など当たり障りのない部分を手伝った。
何しろ看板に自分の名前が出ているので、性格上何もしないというわけにはいかなかったのだ。
それでも修平はブツブツと文句をこぼし続けたが、ある時澪が、
「よかったじゃない。支部さんの手料理が他の男共に食べられる心配がなくなったんだから」
などとジャガイモを剥きながら言われてしまい、その後は完全に沈黙した。
かくして望外の特典に舌鼓を打ちながら、翌日には男子生徒たちは山を下り作業に従事してゆく。学生達だけで行われている中では、相当充実した福利厚生システムといえた。
こうなれば作業効率が落ちるはずもなく、中里の青写真以上に計画は順調に進んでいった。
――と、いい話はそこまでである。
まず第二班の避けようもない弊害が、かなり早くに出てしまったこと。
それは〝いるはずのないところに生徒がいる〟という現象であった。
冬休みとはいえ、教職員の数人かは学校に出なくてはならない。
車持ちだけではなく、徒歩で出勤しなければならない者も。
具体的に名前を挙げると、古文の山本教諭である。
顔も身体も四角い作りの彼が、ジャンパーにマフラー。ズボンの下にはももひきという完全装備で北上山を登り始めたその瞬間、見知った顔とばったり出くわした。
山本が担任する生徒が二人。お互いに言葉が出ない。
もちろんそれぞれがそこにいて悪いといいわけではない。
だがしかし山本が声をかけようとしたその瞬間に、二人は脱兎のごとく逃げ出してしまった。
それも山中に。
盛大に気を悪くした山本が、二人が逃げ出した方向がかなり変であることに気付くのは、帰りに再び同じ場所を通った時だった。
だからといって、すぐにトンネル掘りをしているなどと思いつくものではないが、違和感は残る。その違和感を同僚に話し始めれば、そのうちに理事長にたどり着く可能性はあった。
美色達生徒側が、山本教諭に見られたことに気付くのはこの日から五日後のことで、それを境に再び緊張感が戻る。
美色は自宅での父親の観察を入念に行うようになり、生徒達の間にも今一度隠密性の確認が行われた。冬休みになってから確実に気がゆるんでいたのだ。
もう一つ、情報の漏洩があった。
これは仕方のない事故とは言えず、一部の生徒が先走った事によって起きてしまった問題である。
美色も言っていたとおり、計画の最終段階では総央高校の強力なOBの力が必要不可欠だが、それは諸刃の剣なのだ。
もちろん、未だに分別の付いていない〝大人げない〟OBで尚かつ、権力も持ち合わせているという、都合のいい人物にのみコンタクトをとるという前提は間違えようもないが、えてして、こういった人物に情報の秘匿を求めても詮無いことは、これもまた自明の理であった。
美色もこれがわかっているからこそ、ギリギリまで連絡を取るのを我慢していたわけだが、一部の生徒がこれを生徒会の怠慢と判断。独自にコンタクトをとってしまったのである。
幸いなことに、トンネルを掘っている、という具体的な情報は流れなかったものの、後輩共が何かしているという確信を相手に抱かせてしまった。
その事実が発覚して後、美色はホワイトの忠告に従って、直接その人物の元に出向いた。幸いと言うべきか、中央政界に打って出る一歩手前、ぐらいの人物だったので接触は容易だったのである。
一日潰した説得の結果、何とか自重の確約を取り付けた。
ホワイトの忠告に従って、何をしているのかを決して言わなかった成果である。
「ここであなたが話せば、すべてが水の泡です」
無理矢理に責任を押しつけることによって重圧を加えると共に、肝心の内容を示さないことによって、最悪の展開を避ける。
その相手――県議会議員、広川はむしろその交渉方法に興味を覚えたようだ。
最初は明らかに面白がっているような表情で美色を出迎えたのに比して、見送るときには、その瞳に理知の光が宿っていた。
その瞳の光を見て、一度は安堵を覚えた美色だが、こうやって動きが出てしまったことに対しては、対処せざるを得ない。
「年末年始は完全に休むぞ」
それが美色の出した結論だった。
当然、反対意見も出る。
筆頭は言うまでもなく修平なのだが、いつもの強硬姿勢ではなく
修平が納得したとなると、他の反対派も沈黙する他はなかった。
何しろ、美色に対抗しうる度胸と背景――要するにレッドとホワイト――を持っているのは修平だけなのだから。
――こうして、総央高校の生徒達は人並みの正月を迎えることとなったわけである。
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