第44話 第五章-6
それから数日後の生徒会室。
二学期の間に、ほとんど在校中の苦労という苦労をこなしきった感のある総央高校は平和だった。もちろん、今進めているトンネル計画は平和的な活動とは言い難いのだが、とにかく今のところ破綻を来していない。
ホワイト苦心の教職員への攪乱作戦は完全に機能しており、いまだ教師たちは計画の糸口さえつかんでいる様子がなく、美色の父親である理事長も右に同じだ。
中里の計画の元、各部隊は順調に稼働しており、ポイントポイントでは予定を先行してノルマを達成していたのである。美色の苦心はむしろ、是が非でも計画通りに事を運ばせようとして自ら妨害工作を行おうとする中里を監視下に置くことだった。
トンネルさえ開通してしまえば、迅速にメディアへの露出を行わねばらないという命題もあるわけだが、それも開通してからの話というわけで、電脳部を通じてサイト公開の準備を進めてはいるものの、純粋に第三者組織への露出は控えられている――控えなければならないという現状では、この命題を押し進めるわけにもいかない。
それよりも――
「いいんですかね?」
「何がだ?」
生徒会室には久しぶりに純粋な生徒会メンバーしかいなかった。
美色、梶原、可奈子という面々である。
可奈子は、未だ流動的な資金運用を二次元世界に展開させるのに忙殺されており、いつものことながら会話には参加していない。
そんな中で疑問符を発したのは梶原。それにさらに疑問符付きで返答したのが美色である。
「だって彼ら〝
「一時的な、だ」
美色は読んでいた報告書から目を離して、梶原にきついまなざしを送る。
「いまは確かに手を組んでいるが、順調にトンネルが開通すれば、すぐに敵同士だ」
「そんな……」
「かれこれ一月はつきあったんだ。あいつらが、おかしいのは十分わかっただろう?」
「それはまぁ。でもそれと、榊先輩とレッド先輩をくっつけるのと関係があるんですか?」
それが生徒会側のしくんだ陰謀だった。
しかしここに来て、梶原が異論を挟み込む。
「あの二人喧嘩ばかりで、ちっとも仲が良いようには思えませんし、そもそも男女関係というものはもっと自然であるべきです」
美色も、そして可奈子までもが思わず目を見開いて、梶原を見る。
「こうやって人為的にどうこうするのは倫理的にもどうかと。もちろん、仲間をはめるという行いからして問題があるかと思いますし」
美色は座り直した。
これは本腰を入れて説得しないと駄目だと悟ったからだ。
「――いいか梶原。経験が薄いおまえにはわからんかもしれんが、あの二人は間違いなく好意を寄せ合っている。俺たちはちょっと手伝いをするだけだ。無理矢理ねじ曲げるわけではない」
「はぁ、そうなんですか。で、二人がつきあい出すと、生徒会に何かいいことがあるんですか?」
「いいか。榊の一番の問題点はあの暴力的なところだ。好きな女とつきあいだしてみろ。なくなるとは言わんが、ずいぶん丸くなるだろう。レッドの問題点は言うまでもなくあの主義主張なわけだが、あんな主張はだなぁ、独り者がウジウジと部屋の隅でいじけながら思いついたに違いないんだ。恋人ができてみろ。ずいぶんと収まるはずだ」
梶原は胸にいろいろなものが去来するのを感じたが、結局口には出せずに手持ちの資料に目を落とす。
その時、生徒会室に澪が入ってきた。
「成功です。支部さん随分意識して、私が出ていく時に、すがりつくような眼差しでこちらを見るんですよ。すっごく可愛いわ」
現在、サークル赤の広場において両現場監督の打ち合わせが行われていた。
生徒会側からのオブザーバーは、曾根崎澪。
その澪が何かの理由で抜けてきたとなれば、現在赤の広場にいるのは、修平とレッドだけということになる。
「榊の方は?」
「さぁ、あんまり見てません。それよりも支部さんですよ」
「おまえなぁ」
美色があきれた声を出すと同時に、フッフッフと気取った笑い声が生徒会室に響いた。
「そんなことはさせません。あの部屋にはファミレスを差し向けました。両現場監督への差し入れという名目で用意できる限りのデザート各種。季節のデザート、マロンとアップルのシナモンタルトが僕のお薦めです!」
言うまでもなく、ホワイトであった。
「そんな! ホワイト先輩。我々は協力者だったのではないのですか?」
澪が芝居がかった、というよりは芝居にしか思えない悲痛な声を上げる。
「ある一定のところまでは、あなた方は僕のよき隣人でした。しかし、これ以上進めるというのなら、僕も動かざるを得ませんよ。あの二人は完全にくっつけずに脇からつつくのがこの上なく面白いのです」
どこまでも自分勝手な台詞を、ホワイトは堂々と言い切った。
「なんて奴だ! そもそも俺たちを焚き付けたのはおまえじゃないか!」
美色が参戦する。
「あなた方に期待したのは、つっつく環境の変化を考えたからです。これ以上出しゃばるものではありませんよ」
「こ、こ、この野郎~~~!!」
(結局……)
ヒートアップしていく先輩たちを後目に、梶原は一人悟っていた。
(……敵だの何だの言っても、仲がいいんだこの人たちは)
梶原がこうして悟りを開いたのを機にして、ついに総央高校は冬休みに突入した。
その前から試験休みでかなり十分に時間を使えたわけだが、冬休みにはいると陽動作戦に展開していた生徒たちも穴掘り作業に回すことができる。
無論、クラブ活動の陽動要員はかり出せないものの、これによってさらに進行速度は前掛かりになった。
学校側から掘っているものは、現場監督である修平の指揮の元、一丸となって掘り進んでいった。中里によって立案された作業計画は元々無理のあるものではなかったため、修平の方も青筋を立てて怒鳴り散らす必要はなく、むしろアクシデントのフォローなどにその行動力は遺憾なく発揮された。
怪我や、少しばかりの落盤、些細な行き違いによる生徒間のトラブルなど、修平は積極的に出向いて、指示し、先頭に立って働き、言葉と拳を以て迅速に解決した。
元々面倒見のいい性格だったこともあるが、修平には自分のしていたことが〝馬鹿〟の行為だという意識があり、それに全校生徒を巻き込んだ形になったことに半ば恐れに似た感情を抱いていたのだ。そのために、修平が感じている責任感はとても大きく、そして修平はそれに背を向けるには〝古風〟過ぎたのである。
修平がそうやって責任を果たそうとする姿は、無論のこと修平自身の評価を上げることとなった。
まずは現場で実際に働く男子生徒たち。
不思議なもので、男子生徒の評判が高まれば女子生徒の評判もまた高まってゆくわけで、今まで修平を恐れて近づかなかった女生徒達までもが、積極的に修平に話しかけてくるようになった。
自分がもてているなどとは、つい先日まで考えもしなかった修平ではあるが、前の生徒会室の一件で必要以上に意識してしまうこととなっていた。結果として、そういった事態には修平は赤面して受け答えするような状態に陥ってしまう。
〝男には強面で、女には弱い〟
という、前世紀のフレーズがそのまま当てはまることとなり、これが思いの外女生徒に受けた。
「可愛い~~」
というやつである。
レッドがこの事実を知れば心中穏やかならざるところであるが、彼女は今、山の向こう側にいた――
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