第43話 第五章-5
「意外と古風な人ね」
「で、でもだって……そんな」
「じゃないと、彼の行動は説明できないと思うけど」
ここは北上山の山中。真っ黒なセーラー服に
目的は、反対側から掘るにあたって、その場所の下見である。
正確な位置は計算及び計測中だが、木材を置く場所や運び出した土を捨てるところがあるか、なければそれをどういう風に確保するか、そういった〝あたり〟を付けるために将来の現場監督予定者の二人が出向くことになった、というわけである。
――建前上は。
将来二人の色香に迷う予定の現場作業員は、無論のこと付いてきていない。
レッドと澪。
同学年な上に、同級生でもあり、さらには同性でもあるのだが実はあまり接点がない。
その関係性を強いて挙げると「敵と味方」。
そんなわけで、レッドとしては我慢の行程になるだろうと覚悟していたが、意外なことに澪は実に友好的だった。
澪は何が楽しいのか終始ニコニコとして、気さくにレッドへと話しかけてくる。
そうなると相手がいかに民主主義者の上に、体制側の人間とはいえレッドもそうそう無下には出来ない。適当に話をあわせている内に、会話が弾んでしまったのは仕方がないこととも言える。
何しろ同年代で、公の場を離れれば――生徒会活動や共産主義者であることを公であるとするならば――同年代の少女達であることに代わりはないのだから。
そして行き着く先は、色恋沙汰になる。
「あのかなり無謀な行動に、ずっとつき合ってくれてたんでしょ。そういう理由でもなくては、なかなか出来ないわよ」
「そりゃ……榊には感謝してるけど……」
「ふむ。あなたも憎からず思っている。というより、きっぱりと好きよね」
言われて、レッドの頬が朱に染まる。
「あ~その……わかる、ものなの?」
「はっきり言うとね、榊君以外の全員にバレていると考えた方がいいわね」
「そ、そこまで」
思わず足を止めて、落ち込むレッド。
が、すぐに顔を上げる。その表情は怒りに満ちていた。
「……じゃ、何で榊は気付かないのよ!」
「そこで怒りだすところが果てしなくあなたらしいとは思うけど……」
澪は苦笑を浮かべる。
「そのニブさのおかげで、木内さんのアプローチにも気付かないわけだから、良いこともあるじゃない」
「木内……?」
首を捻るレッド。
「ほら、いつもウェイトレスの格好をしている……」
「ああ、ファミレス」
と言ったところで、レッドの表情がますます曇る。
「あれぐらいわかりやすのよ、あなた」
しれっと澪が酷いことを言った。
さすがにレッドも口をつぐんで、しばらくの間二人は黙々と山道を進んだ。
左手に緑安寺を見ながら、ずんずん進んでゆく。両者とも女性にしては健脚で、考えていた時間よりもずっと早く現場に到着しそうだった。
「――でね」
「そんなに間をあけられて、接続詞から会話を再開されても」
「でね」
「ああ、ハイハイ」
「これから、こちら側からもトンネルを掘るわけでしょ」
「そうなるわね。あ、ここ結構開けてるわね」
「でも、少し離れすぎてないかしら? ……だとすると両方のトンネルが繋がった時は少し感動的だと思わない?」
「まぁ、一般的には感動的だろうとは思うけど……そうね、ここからじゃ木材を運ぶのにも、土を持ってくるにしても大変そうだわ」
器用な会話をしながら、二人は山を下ってゆく。
「でね」
「またそれ? あーハイハイ、続きをどうぞ。もう少し降りた辺りで探した方が良さそうね」
「その意見には賛成ね。別に予定地から下った場所で探してもいいとは思うけど。で、最後に開通する瞬間はあなたに立ち会ってもらいたいと思って」
「は? ああ、そうね。言っちゃうとそれぐらいの権利はあるとは思っているけど。別に今から考えなくても良いんじゃない? あ、ここなんかどう?」
「そうね」
衛星写真で見た、アーチ状の二本の松が見える。そこから横にスライドした場所が竣工予定地になるので、レッドが示したその場所はなかなか理想的だった。
大きな岩が山肌から飛び出している。横に長い岩で、さらに地面とほとんど平行に突き出ているため、上に乗ってしまうとちょっとしたテラスのような案配だ。
やはり自然物なので幾分かは斜面であるのが玉に瑕だが、創意と工夫をプラスして木材を置く分にはさほどの問題はない。
「かなり理想的だと思うわ」
岩の上に上ってしまったレッドを見上げながら、澪は頷いた。
「あとは、車を手配して木材の買い付け……」
「ああ、それなら大丈夫。全部手配済みだから」
「え?」
「三年生のなかで内緒で免許を取ってる先輩が何人かいるの。もちろん校則違反だから、それを盾に協力を要請すれば否も応もないでしょ?」
澪は実に晴れ晴れとした笑みを浮かべながら語るのだが、その内容は十分にえげつない。この女も所詮体制派だったわ、とレッドは自分の認識を確かめ直した。
「木材の買い付けに関しても、バイト部隊から順調に資金が追加されていってるし、あとはホワイト先輩のつてで当たれば、そんなに問題はないわ」
レッドが複雑な表情を浮かべながら、澪の傍らに飛び降りてくる。
「……そんな顔、しなくてもいいのに」
そんなレッドに、澪が柔らかい表情で語りかけた。
「え? 何が?」
「私たちが仕事を次から次へと片づけていくから、少し面白くなくなってきてるでしょ?」
「そ、そんなことは……第一、面白い面白くないで仕事してるわけじゃないわ」
「勘違いしないで。私たちはあなたと榊君とホワイト先輩が設置したレールの上を、少し能率よく列車を走らせてるだけ」
「……ねぇ、人の話聞いてる?」
「その能率にしたって、結局は人海戦術ということになるんだから、あなたが引け目に感じることなど何にもないのよ」
「聞いてないわね」
「ということを、会長も考えていてね」
「は?」
澪の話がいきなり横っ飛びした。
「つまり向こう側、今掘っている方でも仕上げの段階では榊君につるはしかスコップを振り下ろさせようという話になってるのよ」
レッドは顔をしかめて、澪との一連の会話を思い出す。
かろうじて再生された澪の言葉の断片が、今しがたの澪の台詞に結びついた。
もっとも、修平がそういった作業をするのは自分がやるよりは自然だろうとは思う。
権利云々より先に、そもそも修平はそういう作業をずっと続けてきたのだから。そういう仕掛けを施さなくても、確率の問題でそういうタイミングでつるはしをふるっている可能性はなくもない。
「榊については、それはそれでいいんじゃない」
「こちら側はあなたがそれをやることになってるわね」
「他の皆がそれでいいというなら、私の方で異存はないけど」
「で、開通する瞬間は感動的でしょう?」
レッドはだんだん返答するのがおっくうになってきた。
ここまでくれば、澪が何らかの意図を持って会話を導いているのが見え見えだし、体制側の人間が何かを企んでるとなると、十分に気をつけるべきだ。
「さっきからなんなの? 結論を言って!」
実に潔くレッドは切れた。
しかし澪は動じる様子もなく、にっこりと破顔して、
「穴があいた瞬間に、告白してみたらどうかと思って」
その言葉を聞いたレッドは、大きく目を見開く。
そのまま何も言わず、ただじっと澪を見つめていた。
「ほら、ちょうど向こう側に榊君がいる計算になるじゃない。タイミングとしては劇的だし、なによりこれだけのイベントの中で行われるとなると、木内さんに対しても大変な抑止力になるわよ」
今度こそレッドは怒鳴りそうになって大きく口を開いたが、それよりも先に頭に急激に上ってきた血液によって、頬と言わず顔全部を主に染めて、そのまま動きを停止する。
――時にタイムリミットまで、一ヶ月を切っていた。
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