第42話 第五章-4
修平が生徒会室の扉を開けると、弓手にホワイト。馬手に美色。
そのまま踵を返したいところではあったが、逃げるのも性に合わない。
平静を装って修平が部屋に入ってゆくと、美色が勧めるのはよりによって、二人の間の席だった。
ますます不機嫌になりながらも、修平はそこに腰を下ろす。
「……で、何の用だ?」
「うむ。実はなかねてから話していた反対側からも掘り進めるという例の計画なんだが」
「ああ」
どうやら、ふざけ半分に呼ばれたわけではなさそうだ、と思い直して修平は少し身構えを解いた。
「いま普通に掘り進めている連中を向こうに回しても良いんだが、それだと効率が悪い。出来れば新規部隊を創設して、その連中にあたらせる作戦を採りたいと」
「中里が?」
「発案はそうだが、この意見には頷くところが多い。そうだろう?」
「まあな。で俺を呼んだ用は?」
「マニュアルを作ってもらいたい」
「マニュアルだぁ?」
「掘るための心得とか、コツとか、まぁそんなところだ。新人研修にはつき物だろ」
「そりゃそうかもしれんが、何で俺……」
「レッドは実質的に掘り崩す作業はしてないらしいじゃないか」
「じゃあ、ホワイト……」
「本気で言ってるのか? 真剣に? ホワイトで良いと?」
本人を目の前に美色の言い分も無茶苦茶であるが、いつものごとく言われた本人はニコニコと笑ったまま。修平の方もそうやって改めて言われると、悶絶しつつも自分が引き受けるしかないと、覚悟を決めざるを得なかった。
「……自慢じゃないが、現国の点はひどいモノだったぞ」
「とりあえず、必要だと思う事を書き出してくれ。後はこっちで形にするから」
「コイツは?」
修平は堂々とホワイトを指さした。
「ホワイトは宣伝大臣だからな。所々に宣撫的な文句を組み込むために呼んである」
「センブ……」
わからないながらも完全に真面目な用件らしいと納得して、修平は受け取った紙とシャーペンを手にして、真剣に自分のしてきたことを思い出そうと、うなり声を上げた。
まずは入り口付近をコンクリートで固める。
今度は最初から、三メートル見当で穴を掘るわけだから……
補強用の木材は……
土を運び出す者との連携が……
考え出すと、次から次へと思い出してくる。
それを手当たり次第に書き出しながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「で、向こう側からの穴掘りが本格化したら、俺は向こうに移るのか?」
「それなんだがな」
そう返答した美色の口元に笑みが浮かんでいる事を、修平は書くことに集中していて見逃してしまった。
「向こうは山を越えて、それから作業だろ。少しでも士気を高めたいと思ってな。少し策を弄することにした」
「はぁ、何か賞品でも付けるのか?」
「そんな金はない。もっと抽象的な手段だ。向こうの現場監督はレッドと澪に頼もうと思っている」
「ああん?」
手を動かしながら、修平は二人の姿を想像した。
黒髪、しっとり美人の曾根崎澪。
ポニーテール、黙っていれば美少女のレッド。
「……露骨な手だ」
「男というのは悲しい生き物でなぁ」
しみじみと美色が呟いた。
「だけどよ、その色香に迷った連中が血迷うって事も……」
「大丈夫、澪がいるからな」
ごく平然と美色は答えた。
その言葉に、修平の手が止まる。顔を上げて美色の顔をまじまじと見つめた。
「……強いのか?」
「強い」
悲しそうに美色は答える。
「恐らくウチの学校で勝てる奴はいないだろう。いや、待てよ……」
思わせぶりに、美色は口を閉じる。
「何だ?」
「状況によっては勝てる男がいる。お前だ」
「俺? 俺はただ喧嘩が強いだけだ。曾根崎はなんかやってるんだろう? 敵うとは思えないけどな」
「そういうことではなくてだな。お前がレッドに襲いかかるとなると、澪の奴は多分邪魔しないぞ」
カラン……
修平の手から、シャーペンが転げ落ちる。
「な、な、な、」
「澪に襲いかかるとなると、それは話も違ってくるが」
「そうじゃねぇ!」
「そうだとも!!」
修平の叫びに併せるようにして、突然ホワイトが絶叫した。
完全に予想外のところから救いの手が差し伸べられたと思って、修平は相手が誰かも忘れてしまって、安堵の表情を浮かべた。
「初めてが、そんな穴の中だなんて! レッドが不憫だとは思わないんですか!?」
修平は見事なまでに裏切られた。
ゴツン、と派手な音を立てて机の上に突っ伏した。
「初めて?」
芝居がかった深刻そうな声で美色が応じる。
「あれだけ二人きりで、いわば密室にいたのに初めて?」
美色がさらに追撃を加える。
普通なら即座に起きあがって、洒落にならない痛撃を加えるところだが、今回ばかりは精神へのダメージが深刻すぎて、腕に、というか身体に力が入らない。
「恐らくは僕の勘ですが」
微妙に言葉を間違えて、ホワイトが訳知り顔で解説を始める。
「恋愛をすると微妙に体の線が柔らかくなるのは、ベルギーの物理学者テオドアが立証したとおりなのですが、久しぶりに再会した二人の体の線は柔らかくなるどころか、むしろ固くなっていた。これは二人がどれほどに熱心に穴を掘っていたかを示すもので、その真面目さには大いに敬意を表すべきところでありますが、古来『二兎を追う者、一兎を得ず』の逸話通り、片方に比重がかかったこの状況では恋愛関係に持ち込むのは至難だと考えられますね」
「見るからに、相思相愛で問題ないように見えるがなぁ」
美色は再び、修平の力が抜けるようなことを言った。
「そ……相思って、おまえ、俺が……ん? 相思?」
修平はやっとの事で、言葉の意味を思い出した。
「レッドも俺のことをってことか?」
「どさくさに、お前が自分の心情を明言しなかったのは見逃すとして」
美色の指摘に修平は渋面になる。
が、特に何も言わないでいると美色はそのまま言葉を繋げた。
「レッドがお前のことを好きなのは、ほとんど見たまんまという気もするが」
「そ、そうか?」
「ちなみにファミレスもそうだね」
ホワイトが横から口を挟んだ。
「え!?」
修平は珍しく慌てた声を上げて、そのまま硬直してしまった。
その様子を見て、美色とホワイトは顔を見合わせた。
「……ちょっと、ニブ過ぎないか?」
「……意外と古風な男でして」
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