第41話 第五章-3
「トンネルの幅を広げてくれ」
「何?」
「この幅じゃ狭すぎるんだ。そうだな、せめて横に1mは欲しい」
「そりゃ、狭いとは思うけどよ。無理して広げなきゃならんか? 今までだって何とかなってるわけだし……」
「この幅で、どうやってすれ違うつもりだ? 今の作業はともかく、将来的には自転車の通行もあり得るんだぞ」
「あー……」
というわけで、修平はどうしても拡張工事に手を染めなくてはならなくなった。
崖とは反対の方向へ一メートル。単純に掘り崩すだけなら人手があまり余っている現段階ではさほどの問題ではないのだが、問題は補強である。
ホワイトと二人で組んでいた柱は、言うまでもなく二メートルの幅で組んであり、横に拡張するとなると非常に邪魔になる。取り外すのは物理的にも心理的にも論外なので、なんとか横に移動させようという案が出て、これを実際にやってみるとかなり難しい。
修平は力技で引っこ抜いて、横にずらそうと考えたのだが、周囲が必死になって止めるので、それは断念した。そこで後から柱を付け足して、その後から先に立てていた邪魔な柱を取り払うという方法を確立。当然その取り払った柱は、新たに広げられた壁面へとリサイクルし、無駄なく使用。
ただ、天井の梁の部分だけはどうにも格好が付かなかった。
もともと2メートルだったものに、1メートル付け足すという、それだけの仕事なのであるが、そもそもそこまで正確に角材を切り出せる者がいない。
結局は現場に持ち込んでの臨機応変という対応にしか落ち着くところが無く、この作業にはかなり時間を食うこととなった。
ここまでが新たに発生した作業である。
次の課題は当然ながら、修平達が散々に手こずったあの岩盤、というか岩隗で、至急に対策を講じねばならなかった。
これにはかなりの時間がいるな、と考えていた修平だったが美色はあっさりと対応策を打ち出した。
「回避しよう」
「……簡単に言うけどな。崖側に回り込んで、遺跡の方まで貫通したらどうする?」
「そうなっては意味がないから、無論山の中心部へと迂回する」
「でもなぁ、そんなに都合よくいくか?」
「先のことをウダウダ考えていても仕方ないだろう。とにかく今は人手はあるんだから、無理に真っ直ぐ進まなくても充分間に合う」
こうまで言われれば、修平の方も反論のしようがない。
好きにしろ、と捨てぜりふじみたものを吐き捨て、現場での作業を監督して三日目。
早くも結果が出てしまった。
あっさりと岩隗を迂回するルートが発見されたのである。距離にして約5メートル。
「ご、五メートル……」
そのあまりにもな結果に、修平は泣き出しそうな笑い出しそうな、複雑な表情を浮かべて絶句してしまった。五メートルぐらいならば、思い切って迂回していれば二人で掘っていても何とかなったかもしれない距離なのである。
その後、環境が劇変したとはいえ、これはどこかに文句の一つも言わねば収まらない。
もちろん修平は収まらなかったので、ホワイトに色々とした。
その色々されたホワイトであるが、こちらも暇だったわけではない。むしろ修平よりも忙しいかもしれない。
とりあえず、テストで学年トップに躍り出て、教師達の期待のこもった眼差しを特異な口で煙に巻きつつ、水面下では電脳部に指示を出していた。
ホワイトが手を着けたのは、衛星写真の再利用である。
総央高校周辺まで撮影させていたホワイトは、それをパソコンに取り込み、さらには周辺地図の画像をスキャナで取り込んで、大きさを合わせて重ね合わせ、簡易的な測量地図を作り上げた。
これに電脳部の猛者が手を貸して、解像度を上げてトンネル周辺の精度をさらに上げてゆく。そしてついには、トンネルの当初の到達地点を割り出した。
衛星写真へと目を凝らしてみれば、それは二つの湾曲した松に挟まれた地点。ちょうど湾曲具合がアーチのようで、ここに到達したならば、運命を感じずに入られない――今となっては見果てぬ夢ではあるが。
問題はここから五メートルずらした地点なのであるが、これはさすがに正確には割り出せない。とにかく予定地がわかったのだから五メートルずらすということで、それは現地での作業ということとなった。
これに加えて、教師達への囮の作成もホワイトの担当であった。
具体的な例を挙げれば、ほとんどホワイトの手下と化している郷土史研究会の面々が中心となって、意図的に的外れな活動を行い続けている。美色家の資料を探り続け、折りがあれば遺跡発掘隊にも積極的に話しかけ、何の成果も上げないまま日々を過ごしていた。
これは、教師の中に理事長の犬がいた場合の対策で、さらに犬が発生しないためには別の手をうつ必要がある。
そこでホワイトは補習を受けに来た生徒達――これは、作戦でも何でもなく各々の成績の結果なのだが――に、秘策を授けた。
それぞれの教師のツボを尽きそうな質問をズラッと並べて、ほとんど毎日職員室に侵攻することを命じたのである。実を言うとそれぞれの教師の好みに合わせたビジュアルの生徒をあてがう計画まで立ててはいたのだが、人材の不足からそれは見送られることとなった。
さらにクラブの顧問という存在もあるのだが、総央高校はクラブ・サークル数が多いだけで、実のところ対外的な成績は良くはない。構造的に人材不足に陥っているのが最大の原因なのだが、それはともかく、こういった事情でそれほど熱心な顧問もいない。
それぞれのクラブの生徒側の代表者、要するに主将だの部長だのが、
「全員、真面目に活動しております」
と報告すると、
「あ、そう。頑張って」
という教師がほとんどであった。
もちろん熱心な顧問がいるところでは、無論クラブ活動に精を出すしかないのだが、内々ではトンネル掘りに参加したいのが人情ではある。
そこには美色と橋本が二人がかりで、
「そのクラブ活動への参加が学校を救うこととなる」
と熱心に説得して、今のところ破綻は来していない。
その橋本の所属する野球部が、熱心なクラブであることもこの場合幸いした。
橋本は自然と総央高校グラウンド内での監視役となったのである。
こうして迎えた十二月中旬。
修平は前線から呼び戻され、生徒会室である依頼を受けていた。
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