第40話 第五章-2

「いやぁ、やっぱり。実は僕たちが掘り始める前もそこだけがどうにも解決できなかった点でね。いや他の問題はあれやこれやで、なんとか格好は付いていたんだけど。考えてみるとこの状況は一九八二年の苫小牧市で起きた……」


 突如始まったホワイトの発作に、修平は体重の乗った跳び蹴りを喰らわせて、的確に対処した。そのまま、美色を睨み付ける。


「もちろん、俺としては掘ってもらっても構わん。いやむしろ歓迎するんだが……」


 修平の視線に対して言い訳するように、美色は話を進める。


「いかんせん現在の所有責任者は親父だ。つまり、なんとか学校経営から手を引きたいと考えている理事長が所有権を保有していることになる」

「早い話が、ばれるとまずい」


 早々に復活したホワイトが、あっさりと結論を口にした。


「その通り、だからひとまず忘れる」

「だ、だけどよ」

「もちろんただ忘れるのではなく、極秘裏にこのトンネルのことは全校生徒に知れ渡るように手は回す。今度は会議などもっての他だ。向こうは危険の一点張りで、この計画を頓挫させることが可能だからな」

「それでどうする?」

「そのあと、やっぱり忘れる」

「だから、何で?」

「明後日から何があるか、わかってるか榊?」

「明後日?」


 修平は指折り数えようとして、馬鹿らしくなってやめた。やめたからといって見当が付いたわけではないのだが。

 本気でわからない様子の修平を見て、美色は怒りと悲しみがない交ぜになった表情を浮かべた。


「期末テスト」


 とうとう澪が、その破滅的な単語を呟いた。

 修平はポンと手を打ち、それでも「それがどうした」というような表情のままだった。


「グリーン、今回ばかりは真面目に点を取った方がいいんだよ」


 ホワイトが事のはじめから事情を知っていたかのような、達観した口調で修平に話しかけた。


「何で? 中間は……」

「成績不振を理由に、いちゃもんを付けられてもつまらん。何しろこちらは痛い腹だ。あのトンネルの存在が消せない以上な」


 ここまで言葉を積み重ねられると、さすがに修平も黙るしかない。


「だから、ここは耐えろ。トンネルを掘るのは協力する。いや、協力させてくれ。だから時間的余裕はまだあると思ってくれて良い」

「時間的余裕って、おまえ期限が……」

「ああ、わかっている。来年の新入生見学の時がラストチャンスだな」


 そこまで聞いて、ようやく修平の心の中から猛々しい気分が抜けていった。

 どうやら美色にも、自分たちと同じものが見えているらしい。


 とはいえ、自分はトンネル掘りの主導者ではないという意識が修平にはあり、その確認のためにレッドの方へと視線を向ける。

 その修平の視線の先で、レッドは鷹揚に頷いた。


「……わかった。今はお前の指示に従うよ」

「よし、まかせてくれ」


 美色は破顔一笑、そのまま他の生徒へと向き直る。


「今まで聞いていてわかっただろう。これからの仕事は、極秘裏にこのトンネルのことを知れ渡らせること。そして、成績を上げて教師共の注意を逸らすことだ。できるな?」


 深く染み渡るようなその声に、一同は一斉に頷く。


「……ということだ。ホワイト、今度は本気を出してくれよ」


 視線だけをホワイトに流して、美色が嫌味半分に告げる。


「僕はいつだって本気だけどね。やってみましょう」

「……って俺もか?」


 修平が、心底いやそうな表情を浮かべながら確認する。


「無いよりは、あった方がいいに決まっている。どんなものでもな」

「成績が無いっていうのは、どういう状態だ?」


 それだけが、その場で唯一修平に出来た反撃だった。








 その時、居合わせた生徒は全校生徒の約三分の一。

 この三分の一は忠実に生徒会長の言葉を実践し、翌日の午後にはレッド達の掘り進めていたトンネルの存在は、全校に――それも、ひっそりと――知れ渡ることとなった。


 美色にしては成り行き任せの情報伝達手段ではあったが、美色にも計算はあったのである。

 まずは自分を中心とした、現生徒会の指導力。さらには梶原が言うところの影の生徒会シャドウキャビネット、つまりはレッド達の支配力。この二つが結びついたということが、この際ものをいうに違いないと。


 この計算は正鵠を得ており、心中では不満を抱きながらの者もいたかもしれないが、とりあえず造反者は出なかった。

 となると、もう一つの伝達内容。

 

 〝成績を上げろ〟


 にも、目立って逆らう者が現れる者もなく、これも自然に実行された。

 もとより、進学校の冠を未だに戴いたままの総央高校である。


 さらには、この試験もお祭り騒ぎをする上での重要な一因だということになれば、普段は努力しないような連中も乗ってくる。

 代表例を上げると、ホワイトだ。


 普段の成績を並べてみると、


 美色、澪、レッド…………修平………………ホワイト、


 ぐらいなのであるが、今回のテストでは一気にトップへと躍り出た。

 他の生徒達も大なり小なり成績を上げており、美色に到っては、


「こういうことがあるから、ウチは進学校なのかもなぁ」


 などと、本気で呟いていた。

 こうして、総央高校の生徒達はかなり自由に動けるテスト休みを迎えることとなる。






 まず美色は中里に計画の再編を命令。

 今までの街道探しローテーションにバイト部隊と、教師達を惹きつける囮部隊の創設を付け加え、トンネルを実際に掘る部隊にも厳密に役職を振り分けた。

 つまり実際に掘り崩す部隊、土を運び出す部隊、道をならし補強する部隊である。


 女生徒も多数参加することとなったが、中里は見事な適材適所で計画を順調に進めていた。

 あまりの見事なその立案は、敵対している修平といえども舌を巻いた。


「お前にあれだけ酷い目にあわされたのに……マゾか?」

「いいじゃないか、文官にコントロールされたいんだろう、中里は」

「……お前、知ってたけどヤな性格だな」


 そう言い返した修平自身は、現場監督、あるいは穴掘り技術顧問といった役どころについていた。実際、そういった役職に適任だったこともあるが、手のひらの状態から考えてもしばらくは実働を避けたい実情もあったからだ。


 だからといって、暇になったわけではない。


 テストが終わり、実際に作業が始まると同時に美色から出された要望に、修平は頭を抱えることとなっていた。


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