第五章 恋愛の才能

第39話 第五章-1

 修平は、今自分が置かれている状況を考えていた。


(パンダ、コアラ、ホワイトタイガー、夏期の白熊、最近では川のアザラシ)


 要するに珍獣扱い。


 もう少し理性的に現状を分析するなら目の前の同級生、あるいは後輩共は、例の街道探しイベントに参加していた連中だろうと、思い至ることは出来る。

 なんでこんな所にいるのかはわからないが。


 こんな所というのは、トンネルを隠すように生い茂る雑木林を抜けたところ。学校から見ると南東の方向になる。かつての通学路を少し脇にそれたその場所は多少は開けており、そこにズラッと総央高校生が、惚けた顔を並べていた。


 その生徒達の視線を受けて立つポジションにいるのは、まず美色。

 その右横に副会長、体育会会長、文化会会長と続く。


 その反対側、つまり美色の左横からは、レッド、ホワイト、そして修平という並びになっていた。そして、修平のさらにそのとなりに何故か木戸がいて、さらに不可思議なことに木戸がその場に集った生徒達に、説明をしているのである。


 何を説明しているかというと、修平達三人がいかにして穴を掘ることを思い付いたか、そして現にその思いつきを実行しているという件についてだった。


(何だって木戸が……)


 とりあえず、そこが一番の疑問でホワイトに聞いてみようかと思って横を見てみると、既にホワイトはレッドから、散々に肘を喰らってさしもの面の皮も崩壊寸前だった。


 そうやって、修平が疑問に囲まれたまま晒し者になっている内に、木戸の説明が終わる。後に残されたのは静寂。


 水を打ったように、シーンと。しわぶき一つなく、全員が黙ったまま――どちらかというとレッドの側に並ぶ三人を――見つめ続けていた。


 無理もないことだな、と修平はその現象を受け入れ、


(それでも動くとすれば……)


 修平の勘は、その先の事態を正確に予見していた。足の幅を心持ち広げ、腰を落とし、握り拳を固める。

 はたして、その瞬間声が上がった。


「――まったく信じられない!!」


 修平の予想通り、その声は中里の声だった。修平はその声を聞いてほとんどそのまま殴りつけに行こうかとも思ったが、どういうわけかホワイトの瞳が修平のその行動を牽制していた。


 中里の意図は明白なのに。


 今の中里は、事の道理云々よりも自分への敵愾心だけで発言しているに過ぎないのは明白で、そういう奴は殴るに限った。テレビと同じだ。


 しかし、ホワイトは心持ち身体を修平の方に向けるようにしてまで、それを制していた。


 そうこうしている内に、中里は生徒達の前に出て――まるで代表するかのように――大きな身振り手振りで、さらに語り始める。


「トンネルを掘るだって? まったく信じられない! 素人が何の考えもなくそんな行為に手を染めて、よく今まで無事だったものだ! 今まで生き残った強運には敬意を表するけれど、即刻中止するべきなのは明白だ! 大体においてその発想自体が……」


 もう我慢ならん。

 いざとなればホワイトぐらいでは修平の障害にはならない。腰を落として、ホワイトをかわすように跳躍し、そのままの勢いで中里の鳩尾に――


(膝を……)


 と、そこまで一瞬にして組み立てた修平だったが、それよりも先に中里に詰め寄るものがあった。


 美色。


 僅かの間に中里に詰め寄り、襟首を掴んで、上背に任せてそのまま中里を吊り上げる。


「……おい、中里」


 美色のその声は、今まで聞いたことがないほど低く、早い話が恐ろしくドスが利いていた。


「机上でグダグダと理屈こね回すのは得意なようだが、想像力の方は完全に欠如してるようだな」

「そ、想像力……?」


「木戸の説明を聞いてわかっただろうが! この二人はなぁ、学校の他の連中がまったく相手にしない中でも、自分たちのやっていることが正しいと信じて、忍耐を重ね、今の今まで投げ出すこともなく黙々と穴を掘っていたんだぞ。それにどれほどの心の強さが必要だと思う? 何度心が折れそうになったと思う? それに加えて途中じゃホワイトが抜けて、それでも全部飲み込んで、この二人は穴を掘り続けてきたんだ。それがどれほどのことか、僅かでも想像力があるのなら理解できるだろうが!!」


 鬼気迫る美色の言葉。

 それは中里のみならず、その場に居合わせた大多数の生徒達の心を振るわせる。


 そして――いつでも少数派のレッド、修平は逆に冷めてしまっていた。


 美色の言うことが違うというわけではない。

 いや、むしろほとんど美色の言うとおり、自分たちは大したものだと思うのだが、よりにもよって、それを訴えてるのがあの美色である。


 端的に言うと、敵に誉められても萎える一方。

 なにかの策略でもあるのかと、疑いたくなる。

 そして、さらに少数派のホワイトはと言うと、いつものごとくただニコニコとしていた。


 そんな三人の反応はともかく、美色の言葉はなおも続いていた。


「……ついでに言わせて貰えばな、お前は見てないからわからんかもしれんが、トンネルの中はしっかりと補強されていたし、床もきれいなものだった。行き当たりばったりで、ただ掘ってるのとのはわけが違う」


 美色はさらに中里を吊り上げた。


「それになにより、学校を救おうと意志まで否定することは、絶対に許さん! 総央高校生徒会長であるという以前に、美色輝正個人としてだ!!」


 中里の三角フラスコをひっくり返したような顔面が、それこそ化学実験でもしているかのように、赤から青へと変化してゆく。


(チアノーゼだ)


 修平が他人事のように言う。


(私、初めて見るわ)


 レッドも負けじと他人事口調である。


「会長、死んでしまいますよ」


 冷静さを通り越してほとんど無慈悲な澪の声が、美色を正気に戻した。


 ボトリと、吊り下げられ中里が落下する。   


 そして、そこに集まっていた他の連中を、ギッと睨め回した。

 オールバックの髪の後ろが逆立ち、ほとんどたてがみのようだ。


「もちろん、ここに集まっている者に、そういう不心得者はいないと思うが!」


 とんでもないところで言葉を切って、美色は生徒達の反応をうかがう。

 全員が一斉にコクコクと頷いた。とにかく何がなんでも、今この場で美色に逆らうのは得策ではない。それを全員が理解したのだ。


「では、とりあえず……」


 それを確認した美色が、さらに言葉を続けようとしたところで、何故か動きを止めてしまった。


 怪訝な表情を浮かべて、美色を注視する一同。

 しかし、そのまま美色は傍らの澪を呼び、さらには両会長を呼んだ。

 そして四人で何事かを確認し合って、再び美色は一同に向き直る。


「とりあえず、このトンネルのことは一旦忘れろ!」


 ザワッと、一同が騒ぎ出す前に修平が美色ににじり寄って、身長差をものとも言わせず襟首をねじり上げる。


「あれだけ大口叩いて置いて、結局は、ええおい! 妨害する気か!!」


 しかし美色の瞳はそんな態勢でも、まっずぐに修平を見据えていた。


「落ち着かんか! この山の持ち主は誰だかわかってるのか!?」


 いきなり核心だった。

 修平の手が放れ、美色は文字通り襟を正してさらに続ける。


「単刀直入に言うと、この山は美色家が保有している。もっとも寺――要するにお前の家だが――があるあたりは少々ややこしくなってるが、お前達が掘ってるあたりは、間違いなくウチの範疇だ」


 修平は苦虫を噛みつぶしたような表情を隠そうともせず、レッドは「やっぱりね」と、どこか諦めたような声を出した。

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