剣戟(けんげき)

みなはら

 - ふみ出される一歩 -




 風が吹き、雲が流れてゆく。

どんよりと垂れ込んだ雲。吹く風は肌寒くなるようなものだ。

 けれども、私の身体は熱を帯びるように熱い。

仕合う相手を、私はじっと見つめる。



―――


 だらりと力を抜き、何気ないふうに立つ。

 腰にはいた刀、片刃でわずかに反った細身の剣。

軽く目を瞑っていた壮年の剣士は、閉じた双眸をゆっくりと開く。


 鞘に納めてあるへつかへと軽くおいていた手を、緩やかに鞘に移しつつ、

自然に広げられ、バランスよく自らを支えていた脚を、足先を滑らせるようにたいを斜めにするよう歩を刻みつつ腰を落とし、

残した脚へ掛かる自らの重みを、前方に突き進む力へと変えてゆく。

 鞘へと添えられた手が、握りこみ鯉口こいぐちを切る時には、下げられていた方の手は、すでに剣のつかへと伸びていて、

鋭く吐かれた息と共に、刀身は滑るように鞘から抜き出される。


ここまでが一瞬の動作。

見ていて解る。繰り返し身体へと刻み込まれた、一連の動作である型だ。


 鋭く発せられた呼吸いきと共に出された風を裂くやいばは二度。鞘走りながらの切り上げと、上段からの切り下ろしだ。


 見えぬ仮想かげの相手へ向けた刃と、ひりつくような緊張。

 やがて残心ざんしんを解いた相手は、刀を鞘に納めつつ、私の方を振り返り、こう言った。


「さあ、やろうか」




◇◇◇◇


 私は自らの得物、短刀を後ろ腰にはき、繰り返し位置を整える。

 相手は強い。

私自らの持つ、全ての力を出し切っても、果たして相手には勝てるかどうか…。


 逃げるか…。

仮に逃げられたとして、逃げ続けるのか?死ぬまで。


 嫌だな…。

相手には負けたくない。

左にはいた大刀を抜く。

 刹那の、迷ってから抜いた鞘をかたわらに捨てる。

鞘は重い音を立てて地に転がる。少しでも軽くしたい。



 呼吸を整えて、抜き身の長刀を右手で垂らし、

そしてゆっくりと、構えをとる。



―――


 相手は既に刀を納めている。

抜き打ってからの一刀と、返してからの一刀。

それを凌げば、活路はあるか…。


 私はにじるように、僅かづつ、じれてしまうほどゆっくりと、

相手の刀の支配圏へ近づく…。




◇◇◇


 まず、刀を当てなければ。

一刀目をかわしても、二刀目に斬られる。

私は相手の剣域に神経を集中させながら、ぼんやりとそんな事を考える。


 ならば、一刀目に当て、

止められなくとも二刀目の軌道をそらして、

そして懐へ…。



―――


 ちりっとした感覚。


 今、触れた……。

相手の支配圏、剣域を意識して、

さらに大きく踏み込み、相手に近づくように加速。


相手はもう私に届くんだ。それが肌で感じ取れるように判る。


 不意に、時間がゆっくりになるような、

そして、離れた相手の得物、その切っ先から迫る軌跡まではっきり見えるような、そんな不思議な感覚に陥る。



 集中状態ゾーンに入ったことを意識する。


 過去に一度あった、相手と自分しかいない世界。

他のものが全て消えてゆく感覚を再び体験する。



 刀を上げる。

ゆっくりと這うような時間が過ぎてゆく。


 相手の一刀へと、なんとか間に合った私の刀は、

お互いが交差し接触して、鋭い音を立てながら私の手からはじき飛ばされた。



―――


 軌道を乱された相手の斬撃。返す二刀めはかろうじてかわすことができた。


 距離を置いて間合いを切り、

短刀を抜きつつ、再度接近を繰り返してみようとするが、相手はそれを許さない。


相手は、一旦、腰に刀を納め、そのまま私への距離を詰める。



 だめだ!勢いに押し切られるっ。

跳ねるように後ろへ飛び、素早く相手と距離を置こうとし、距離は離せるけれども少しバランスを崩す。

また間合いを詰められてしまう!


 えっ!?

足に、固い何かが当たる。


硬く重い感触。


 私は無意識に相手の距離、方向を測り、

体重をかけて、足に当たったそれを、力強く踏みしめる。


 タイミングよく導き入れた相手へと、

私の、捨てられた長刀の鞘が、勢いよく跳ね上がり、

石突きを立てた長槍パイクに迎え撃たれる騎兵のように、私の捨てた鞘は、相手の身体をはじき返した!




◇◇◇


 相手は転がりながら、うずくまった姿勢で止まる。


先ほどの一撃。

鉄ごしらえの鞘から足に伝わるのは、硬い感触だった。


 受けられた!?

刀の刃か、つばひらかはわからないけれど、身体には当たらなかった。



くそっ!

体勢を崩した相手へ、

追い討ちをかけようとして、焦りから深く意識せずに近づく。


けれども、

相手の鋭い眼光に見据えられ、私は自らの失敗を悟った。

相手は多分、

鯉口を切り、鍔元の刃で、私の長刀の鉄拵てつごしらえの鞘の一撃を受けたのだ。


そうして、自ら回転して、私から離れたところで体勢を立て直した。


相手は膝立ちで構えて、すでに鯉口を切り、私を見据えている。



―――


 相手が動く。

けり足で向かう速度を速めつつ接近してくる。

初めに見たのと同じだ。


 足を止めて迎え撃つ。

今度は手離さない!



 短刀を合わせ、一刀めを危なげなく弾き逸らす。

短刀えものは手に残っている。


 方向を逸らされた相手の二刀めは、さっきとは逆方向へと斬撃の軌跡を描く!

相手は体を回して、別の位置から切りかかってきているのだ。



 私は体を回し、左手で背から鞘を逆手に抜き、

相手の一撃を、なんとか鞘で受けた。


そして鞘ごと斬り裂かれた。




◇◇◇


「また、やろう」

相手からのいつもの言葉だ。



 最後に視界へと入ったのは、

血振りした自らの刀を肩に担いだ相手剣士の姿と、

暗転ブラックアウトしてゆく視界だった。



頭に声が響いた。


―YOU LOSE !!―


―LOG OUT―



―――


「あぁ、まけたぁ!!」


 リアルに戻った私の第一声はそれだった。



 私が抜け出たあとの身体アバターは、勝手に倒れた位置から上半身を起こして、周囲を眺める。


斬られた腕も、身体の傷も回復して元に戻っている。


 剣を交えた相手はもう構えを解いており、

血振りをした刀を肩にかけ、軽く叩く仕草をした剣士は、見るともなく、私ではなくなったアバターを眺めるようにしている。



 私は、相手にもう一戦を挑みたくなって、無意識に手元にあるはずの刀を探るけれど、

でも、そんなものはこの世界リアルには無かった。



◇◇◇


「○君ごめんね。ボクの特訓頼んじゃってさ。

こういうの、みゆきには頼みづらいんだ」

装置システムを頭から外して、そう言いながら笑う□さんリサ



「いや、いいよ(笑)

みゆきの大親友の□さんの頼みだし。

それに、今までVRMMOのテストでいろいろ頼んじゃってるしね」

最近、みゆきと付き合っている○○は、笑いながらそんなことを言っている。


「これはゲームのシステム研究の一環でもあるからさ。

剣戟けんげきのシステム動作のデータとして記録させてもらってる(笑)」


「ボクの負け越し記録データ

□さんはそう言ってまた笑う。



 ○○が思いついたように口を開いた。

「□さんは、アシストはつかわないんだ」


「うん。ボクの、ボクの力だけで勝たないとダメなんだ!」


親友みゆきの彼を見据えて、

「そうしないと、しっかりと前を向いて歩けない。

相手を見れないんだ」


「そっか(微笑)」

□さん、やっぱり熱血アスリートだな(笑)

彼女の言葉と口調は、聞いていて気持ちがいい♪


 ○○はそんな事を思いながら少し笑う。

そうして□さんとは、次回の対戦の約束をして別れる。


「じゃあね!

また明日っ」

彼女は良い笑顔で笑いながら、大きく手をふる。


 扉が閉まる。彼女はこの機械のあふれる部屋から出ていく。



―――


「どう?あやはさん」

少しして、おれは彼女の対戦役の剣士アバターを演じていたあやはへ声をかける。


 □さんが出ていったあとに部屋に来た稲荷狐は、少し微笑んで答える。

「あの子、だいぶ強くなっているわ」


「わたしわ気が進まなかったんだよ、最初わね。

でも、最近わあの子と斬り合うのわ楽しいわね♪」


猫又タマには勝てると思う?」


狐は微妙な笑顔で、

「うーん、無理かなぁ。

でもあの子、猫又タマちゃんなら、負けてあげるかもしれないくらいには強くなっている気がする」


「それはそれで、

(□さん)怒りそうだな(ため息)」




◇◇◇


 凄いな、あの子は。

まだ知らないことが多いからかもしれないけれど、でも多分、知っても踏み込んでくるのだろうな。

おれには出来ないことだ。だから踏み込めずに、いつも手遅れにしてしまう。


 いかんな。

あいつらにまた怒られてしまう。イヤな顔をしてるって(苦笑)

 この時間は奇跡だ。だからできるだけ手助けしよう。

そして今度は間違わず進めるように、おれもまた歩かないと。



―――


 私は○君の居た部屋を出て廊下を逆にたどり、通用口から日の照りつける外に出る。


 日差しに焙られた建物の壁からの熱で、汗が吹き出してくる。

あれだけ動いたはずなのに、また身体を動かしたい。



 今日のことは偶然だった。

でも次は、偶然でなく相手を追い込む。

あの剣士の相手アバターに、早く勝ちたい!


そして、挑むのだ。あのにゃんまるに。



 きっと、きっと届かせてやる。

日差しのなか、私は一歩を踏み出す。



-なろう版あとがき(抜粋)-


自分が時々書く、

拙作のスピンオフというか、異伝?でしょうか。


元々は最近書いていた蒼空の日記そらのきおくの2編めの寄り道パートで、

ヒロインキャラのリサ(中の人、□さん)がキャラ成長してきたのですね。

そのお話から発展したネタに、アクションというお勉強要素を足した物語がこれです。

←ちょっと前にバトン(質問状)で呟いていた、アクション苦手って書いてたやつです(^_^;)



これはまだ頭の中だけで書き上げたもので、

コメントいただいた、実際に身体を動かす、動く様子を理解したアクションではないのですね。手と頭だけで書いてるアクションです。←だから解りづらいですね(苦笑)


次はアクションの勉強をして再チャレンジしたいですね("⌒∇⌒")



-カクヨム版あとがき-


そういえば『そらのきおく』は、

カクヨムでは、『SFのようなもの』での掲載でしたね(^_^;)

なろうでのあとがきで話していた、寄り道の裏話は、カクヨムにはまだ掲載していませんでした( ̄▽ ̄;)

三編分、あと一編で終わる予定ですので、カクヨムには寄り道終了後に掲載予定です。


一応ご了承くださいませm(_ _)m ←でも、面白くはないのですけど(^_^;)

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剣戟(けんげき) みなはら @minahara

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