殻
高梨開
段ボール
「これは持っていくもの?」
少女が何度か繕った跡のあるぬいぐるみを掲げながら床に雑に置かれた段ボールの合間を縫うようにこちらへ歩み寄る。
「大切なら持っていくといいよ、僕が決めることじゃない」
少女を一瞥して僕はまた作業に戻る。必要な荷物を詰めてガムテープでふたをする、同じことを繰り返す作業に嫌気がさす。
少女は僕の答えに満足しなかったのか呆けたような表情でただ一言、よくわかんないと零した。
その答えになぜだか少し引っ掛かりを覚えて僕は作業の手を止める。
「わからない?」
「うん」
幼子特有の漠然とした受け答えは少々不便に感じることがあるがいちいちそのようなことを気にしていては先が思いやられるので考えないことにする。そしてそれを解読するのもまた僕の役割なのだろう。
「それにはどんな思い出がある?」
「これ?」
「うん。誰にもらったかとか、どんなことをしたとか」
「これはおかあさんが買ってくれたやつだよ」
ほんのすこし息を呑む。しかし少女は淡々としていて僕にはその感情を推し量ることはできなかった。
「じゃあ持って行ったほうがいいかもね」
「そうなの?」
「うん」
「やっぱりよくわかんないや」
ふと振り返り小走りで自室に戻っていく。いちおう彼女にも段ボールを一つ預けているのだけれどこの様子だとこちらの作業が終わるまでには終わっていないだろう。そんなことを思い、僕は作業の手を早めた。
おそらく最後だろう段ボールにふたをして一つ背伸びをする。背骨が子気味のいい音を立てる。
時計を目で探したが先ほどしまっていたことを思い出す。窓の外を覗くと陽光が赤みを帯びだしているのが分かった。ぎりぎり暗くなる前に終わらせることができたようだ。すっかり凝り固まった足を延ばして彼女の部屋に向かう。あれから何度か同じような質問をされたがおそらくそこまで進んではいないだろう。
ドアを開けると案の定段ボールの前で首を傾げる少女の姿が目に入る。ドアの開いた音でこちらに気づき目線が合う。
「おじさん?」
「いちおうまだ28だからおじさんは傷ついちゃうな」
「おじさんはおじさんじゃないの?」
苦笑しながら隣に座る。まだ叔父の意味もよくわかっていないのだろう。
「あんまり進んでないみたいだね」
手元の段ボールには大した数のものが入っておらず、底面すら覗かしている。そんな状態だからか僕の言葉に罰の悪さを感じてしまったようで目をそらされてしまった。
「大丈夫、まだ時間はあるから」
取り繕ったその言葉にいくらかの効果はあったようだ。
「どういうところが難しいのかな」
「大切なものってなんなのか」
「うん。たしかに難しいね、言われてみれば僕もよくわからないや」
たしかに難解な問題だったようだ。ふと子供は漠然とした問いが苦手だという話を思い出したので少し質問を変えてみることにする。
「それじゃあなくなったら悲しいものはどうかな?」
いろいろな言葉に置き換えて試してみる。少女は頷いて、部屋を歩き回っていくらかのものを抱えて戻ってきた。どことなく得意げな顔をしていた気がする。
それから何度か言葉を変えて絞り込んだ結果、段ボールの半分くらいの容量を物が占めることとなった。生憎ここで僕のボキャブラリーも音を上げてしまったので今日の作業はそこまでになった。
夕飯は少女を連れて回転寿司屋に行った。あまり表情に出ないおとなしい子だと思っていたのだがやはり子供のようで寿司の流れるレーンや新幹線を模した機械に目を輝かせていた。
彼女は海老が好きだったようで醤油皿を囲むように紅白の尾が並んでいく。今度海老のみそ汁でも作ってみようか、なんて思いながら猫舌のためにすっかり冷ましたお茶を煽った。
少女は家に戻ると普段ならもう寝ている時間なのか、それともはしゃぎつかれたのか、もう今すぐにでも寝てしまいそうな様子だった。どうにかお風呂には入ってもらい、寝支度を整えた後彼女は布団に倒れこむように眠りについた。
段ボールを並べてスペースを確保し僕はノートパソコンの電源をいれて今日の出来事を書き留める。言葉を連ねていくうちに少女のことを考えていた。
自分の感情だってわからない幼い少女がどこまで理解しているのだろうか。あのちいさな箱に詰められたものが彼女にどういう意味があるのか、僕にはわからなかった。ただあの未成熟な精神が傷つけられないことを願う。
殻 高梨開 @ika-and-tako
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