自称・大器晩成型ぐうたら男の日常

メンタル弱男

第1話  

『あー!なんか才能が欲しいなぁ!』

 

 俺の忙しなく過ぎていく一日は、大抵この言葉から始まる。

 なぜかいつもドタバタしている夢を見て、少し興奮気味に目覚めるのだが、どんな夢だったかハッキリとは分からない。ただ朝の五時くらいにいつも起きてしまう。ベッドに沈み込みたくなるのを我慢して、重い体をゆっくりと動かしていく。そして立ち上がると、ボンヤリと明るい窓へと向かい、この世の始まりのような朝日をじっと眺める。そして、

『あー!なんか才能が欲しいなぁ!』と、ただ一言呟いてみる。


『俺はなんでこんなに早く起きてしまったんだろう?』

 俺は一人、目の前でチュンチュンと可愛く鳴きながら爽快に飛びゆくスズメに聞いてみる。あぁ、こんなにも清々しい朝なのに、俺はいつもなぜか忙しい!せかせかしていると心にも良くない。


 俺はベッドに腰掛けて、テレビをつける。朝のほんわかとしたニュース番組に向かって『ムフフっ』っと微笑みながら、ベッドに食べかすをこぼさないように、慎重にパンを食べる。最近は食べかすが発生しにくい、キャラクターものの小さいたまごパンを食べるようにしている。

 

 そして気がつくと俺はテレビよりもスマホに熱中している事に気づく。ユーチューブで赤ちゃんの動画を見たり、子猫の可愛い動画を見たり。なぜこんなにも可愛くいられるんだろうか。とても不思議だと思う。


 しばらくスマホ片手にニヤニヤしていると、テレビの方では関西ローカルの人気番組が始まっていて、一押しのコーナーの陽気な音楽が流れている。ゆったりと進んでいく街ブラロケに見入ってしまう。


 そうこうしているうちに昼前になり、シャワーを浴びなければならないので(俺はシャワーはいつも夜ではなく朝に浴びたい派)慌てて服を脱ぎ、ベッドから重い腰を上げ、狭っ苦しいシャワールームへと向かう。これが俺の午前中のルーティンだ。


『なにが忙しいねん!!』


 そう思う人も中にはいるかもしれないし、実際に俺も、こんなふうに改めてまとめてみると『なにが忙しいんだろう?』と思わないでもないが、事実毎日忙しいと感じるのだから仕方がない。恐らく、心に余裕がないからだと思う。なにか一つ抜きんでた才能が欲しいと焦って望んでばかりで、なにをやれば良いか、そして自分がなにをやりたいのかさえも分からなくなってきた今日この頃ではあるが、それでも俺は前を向いて、『なにか今日はいいことないかな?』と口ずさみながら生きていく。俺はいつかなにかを成し遂げるはずだ!大器晩成型なんだ!と強く思う。


 ところで今日は、午後にアルバイトの面接があるので早く支度をしなくては。この前まで家の近くのコンビニでアルバイトをしていたのだが、品出しの際に他の商品につい目がいってモタモタしてしまったり、瓶を何度も割ってしまったり、レジでお客さんに怒られたりを繰り返してしまい、クビになってしまった。これも一つ今までの自分に無いものを発見できたという点では勉強になったが、失敗を繰り返してしまったのは本当に悔いが残る。これからの俺の人生においてきっとまた壁となり課題となるだろうが、それはつまり伸びしろだと捉えて頑張ろう。前向き前向き!


 今回応募するアルバイト先は洋食をメインとするファミリーレストランなのだが、俺は一人暮らしで自炊もたまにするからキッチン担当でいいだろうと、かなり安直な考えかもしれないが、応募サイトを見てすぐに連絡をした。すぐに面接の日程の調整が行われたのだが、勤務地が自宅の最寄駅から電車で二駅の所にあり、急に『交通費の支給はあるのかな?なんか無さそうだなぁ』と心配になって、ソワソワしている。今日の面接でしっかりと確認しておこう。支給が無ければ、自転車で行くしか無い。


 俺は、さっと簡単に支度をして最寄駅まで自転車で行き、電車に乗り込んだ。席に座って電車がゆっくり走り出すと、もうすぐ着いてしまうのか、と俺は急に緊張してきた。『うまく喋れるだろうか。慌てて変な事言わなければいいけど、、、』と起こってもない事を考え始めて、モヤモヤするばかりで、何も対策方法が思いつかない。


 すると突然、男の大きな声がした。声は聞き取れなかったが、俺は何か殺気だった空気に息が詰まりそうになった。恐る恐る周りを観察してみる。この車両には二十人程度の乗客がいるが、真ん中の方で顔を真っ赤にしながらフーフーと肩で息をしている男が目についた。かなり怒っている様子で、まわりの人達はあまり関わりたくないのだろう、気になりつつも目を向けないようにしている。


 目立たぬように細心の注意を払って何が起こっているのか眺めていると、どうやらその男の視線の先には、可愛らしい赤ちゃんを抱いた女の人がいるようだ。赤ちゃんは精一杯泣いている。お母さんはなんとか泣き止ませようと必死にあやしているが、男はもう一度叫んだ。

『うるさいなぁ!さっきから!』

 

 そうか、なかなか泣き止まない赤ちゃんの泣き声に対して怒鳴っているのか、、、。


 俺はこういう場面が一番苦手だ。誰も関わろうとしないが、誰もがこの男に意識を集中させている。ここで自ら動くという事は、ガンガンと集まってきている皆の意識の中に、『俺が解決しまっせ〜』と、かなりインパクト強めに姿を現す事になってしまう。それに一体何が正解なのか分からない。


 俺は頭の中でひたすら考える。こうしたら、ああなるなぁ。でも一方でああすれば、こうなるし、、、。

 答えが出ないのは、いつもの事だ。そもそも、正解とか答えってなんなんだろう??


 『ごめんなさい、ごめんなさい。』

 母親は謝りながら、立ち上がろうとした。その時、赤ちゃんがより一層大きな声で力一杯泣いたから、男はわざとらしく大きな音を立てて舌打ちをして睨めつけた。

 

 俺はもう、考えるのをやめていた。

 男の肩をポンポンとたたいて言った。


『ちょっと失礼します。』


 完全に感情だけで動いている。もう動き出したことについては考えない。考えても仕方がない。なるようにしかならない、この不安定な感じは、臆病な俺にとっては猛烈に苦しいが、赤ちゃんの力一杯の顔を見て、なぜか元気もりもりになった。


『なんやねん!お前え。』男は完全にイライラして、おそらく自分でも何をしてるのか分からなくなっているのかも知れない。怒りとともに不安な目つきをしている。


『怒ってらっしゃるのは分かっているんですけど、一番大変なのはこちらの赤ちゃんとお母さんです。大丈夫ですよ、と温かい目で、どうかお願いできませんか?』

『なんやねんコイツっ!』

男は恥ずかしくなったのか、ドンと俺の肩に強くぶつかりながら、隣の車両へと早歩きで移動していった。


『すみません。本当にありがとうございます。大丈夫ですか?』

お母さんがそう言うと、不思議なことに赤ちゃんは泣き止んだ。笑顔がとても可愛い赤ちゃんだ。


『いえいえ、全然大丈夫ですよ。』


 俺の行動は正しかったのだろうか?何が正解か分からないままだが、電車を降りる時にお母さんがまたお礼を言ってくれて、俺はやっぱり嬉しかった。赤ちゃんの笑顔から貰ったパワーで、俺はアルバイトの面接もすらすらと対応できた。交通費も出るとの事で、今日はいい事たくさんの1日だったなぁ。


 俺の行き先わからぬ人生はまだまだ続く!

 




 


 


 





 



 

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